「……ええっと、36足。それで、間違いねえか?」
巨大な袋の中を覗き込みながら、ジオットが縛られた家主――アガルト・ハンに尋ねた。
「いちいち靴の数なんて覚えてねえよ」
「そうやって強がる余裕があるってことは、ま~だ堪えてねえってことかな?」
「………」
「どの道……ねんごろになった女性やあんたと個人的に親しい人間は『このこと』を知ってるわけで、そんな貴重な情報ってわけじゃねえ。いままでうま~く、口止めしてたみたいだけど、今回の依頼人に限ってはそうはいかない、って想いらしくてな」
「~~~そろそろ、5時だ。もう、いいだろう。さっさと出て行け」
怪盗ふたりが部屋中をくまなく探したところで、予告の時間が迫っていた。
「ってことだ。世帯主殿がそう言ってることだし……行くか。警察チームにはオレらの不在にも気づかれてねえみたいだし、本気で自作自演だと思ってたのかね」
「油断は禁物だがな……」
念のためにアガルトにさるぐつわを噛ませたあと、ふたりは玄関の方へ向かった。
「ふぐ……んぐぐぐ」
「じゃあな。一応、ここに来たって証拠は残していってやるよ」
そのまま、大袋を持ったふたりがドアを開けると――
「やっぱり、おまえたちが怪盗だったんだな⁉」
アフロヘアの刑事――カイン・リーがこちらに銃口を向けた。
「執念深いなあ。ほれ、中の住人の救助必要なんじゃねえの? 実はいま、争って瀕死の重傷なんで」
「な、なに⁉ おまえたち、強盗行為を!」
ジオットの口から出まかせを信じたリー刑事が怯んだすきに、ラウルが拳銃を手套で落としていた。
「ああ! なんっ……! おい、早く確保しろ」
ところが、警官は少し離れた位置におり、走り去るラウルたちにとびかかってきたのは、その場に待機していたナディアだった。
「待ちなさい!」
「――!」
それが警官のひとりであれば容赦なく反撃していたところだろうが、行動に一瞬の躊躇いが生まれた。
が、その遅れを取り戻すかのように瞬時に素早い動きで彼女から逃れると、ジオットと共に階段を目指して駆け出した。
「わたしがヤツらを追うから、あなたは中へ!」
勇ましく怪盗を追うナディアに対し、逆じゃないかと思いつつも、その迫力に圧倒され、声をかけることができなかった。
我に返った彼は、慌てて近くに居た警官に指令を送るも配置ミスが響き、思うように対応できなくなっていた。
「厄介だな……っ」
とりあえず、一番被害者の位置に近い自分が救護活動に当たるべきかと、リー刑事は室内に飛び込んだ。
「……?」
『怪盗』の口ぶりからとんでもない惨状を想像していたが、住人――被害者は怪我を負った様子はなく、ただ縛られて転がされているのみだった。
「大丈夫ですか?」
急いでさるぐつわを外してやり、ロープをナイフで切った。
「……遅えよ」
アガルトの毒づきにリー刑事が「こちらで待機させていただけなかったからです」とすかさず応えた。
さすがにこのタイミングで室内に入ったことを非難されはしなかったが……。
「それで? お怪我は? 盗られたものは?」
「ねえよ。怪我も、盗られたものも」
リー刑事は、憮然として応えるアガルトを怪訝そうな表情で見下ろす。
「何も……盗られていないんですか?」
「ああ。ただ、怪盗は現れた。家宅侵入と縛られて物色されたってことくらいだ。被害は」
「本当に? 大切なもの……というのは?」
「うるせえな。なんもねえよ。もう、引き上げてくれていい」
「え???? しかし、今までアルテミスが盗みを働かなかったことなど、一度も――」
「何事も例外があるだろ? 目的のブツが見つからなかったんだよ。とっとと引き上げてくれ。縛られて緊張してた分、疲れたんだ」
「いや、しかし……」
「被害届も出すつもりはねえ。もう、帰ってくれ」
調書を取ろうにもアガルトがこんな調子では、何かを聞き出せそうにはなかった。
通常の――庶民であれば、強制的に連行するなど、対策の取りようもあるだろうが、相手はハン会長の息子である。
――下手なことはできないな。
「では……失礼して」
部下には怪盗を捕らえるように命じたが、ライ警部の不在、自作自演の可能性を疑って、普段より少数で訪れた。
自身も怪盗捕獲に全力を掛けるべきだと、リー刑事はアガルト・ハンの部屋を飛び出していった。