「ナディアさん!」
一気に階段を下りたところで、リー刑事はエントランスで拳を握りしめているナディアと、数人の警官の姿を目にする。
「あと一歩のところで取り逃がしたの。追い詰めたと思ったら、窓から飛び降りて……さすがに――なんの道具も持たずに飛び降りるわけにはいかないじゃない。すぐに見失っちゃって……」
怪盗は明け方の街に溶け込み、どこへ消えたのか分からなくなっている。
「また、ワイヤーの道具を使って……逃亡した……?」
ワイヤーに限らず、いろいろな道具を持っていて、厄介な相手だというのは分かっている……が。
そういったアイテムに対抗する
「そう。それで、被害者はどうだった? 大丈夫?」
「あ、ええ……縛られてはいましたが、特に怪我などはなく……」
「そう……それは不幸中の幸いね。怪盗アルテミスはむやみに人を傷つける手合いじゃないと思ってたから……変だとは思ったんだけど。それで、何を盗まれていたの?」
「それが……何も盗まれていないと……」
怪盗アルテミスのことをそれほど『悪』ととらえていないような発言を意外に思いながら、リー刑事は気まずそうに言った。
「えーー⁉ どういうこと? 住人を縛っただけで立ち去ったっていうの?」
「ボクだって怪しいと思ってますよ。だけど……当事者が口を割らないんでどうしようもないんです」
「……まったく、わけがわからないわね。もういいわ。わたし、帰る」
「では、ボクがお送り――」
「現場で指揮を執っておられるリー刑事がご令嬢をお送りするなんてとんでもない。私が」
ひとりの警官がそう申し出たために、リー刑事の思惑どおりにことが運ばず、人知れず舌打ちをしたのだった。