「――プラス10センチ。なるほどなー。でも、よくできてんじゃん」
戦利品である靴を怪盗のアジトである場末のバーのカウンターに並べながら、ジオットが言った。
「モデルの商売道具ってのがシークレットシューズとはな」
少しかかとが高くなっているのは分かるが、そんなに盛って見せる効果があるようには思えない、優れもののようだ。
「依頼人の話では自信が持てない所為でモデルとしての魅力に欠けると言っていた。おそらく、これを盗み出せばモデルは廃業せざるを得ない……が」
なんだか歯切れの悪いローザの台詞を怪訝に思ったように、ジオットが首を傾げた。
「??? ん? あれ? なんか変だな。依頼人ってのは、本当に……アガルト・ハンに恨みを持つ女、なのか……?」
「恋人関係にあり、彼の秘密を知る者のひとりではあるがな、うだつの上がらない彼を変えるための、荒療治のつもりらしい」
「ええ? どういうことなんだ? ボス、オレに……ってか、オレたちにウソを……」
「恨みを持つ者の依頼、ということにした方がおまえらも容赦なく盗み出せるだろうと思ったんだ。彼女曰く『彼には役者の才能がある。だから、モデルなんて廃業して役者を目指した方が建設的』だと。俳優業ならば小柄な者の成功例はいくつもあると言ってな」
「ええ? 逆じゃないのか? 自信を持てるアイテムのおかげでモデルをやっていられたんだろうし、役者だって……そのまま……」
「まあ――そこは、彼女の腕の見せ所だ。いずれにせよ、こんなものに頼っていては、成功するものも成功しない。ありのままで努力してみようって気になったら、化けるぞ?」
「~~~~よくわかんねえな。ったく、こんなわけのわからん依頼に駆り出されたなんて知ったら、エッジのヤツ、どう思うんだろうな」
「まあ、執事と怪盗――二足の草鞋を履く実践演習になったと思えば一石二鳥だ。いきなりハードな仕事に駆り出すわけにもいかないだろう」
「……そういうもんかね……ただ、お嬢と対峙したときのあいつの動揺っぷりを考えると……あいつに仕事を振るのも考えモノだと思うけどな」
目の前に出されたナッツを摘まみ、ジオットは嘆息した。
★
「へっくし」
豪快にくしゃみをしたラウルは「大丈夫?」と、ナディアに額を触れられたため、身体のバランスを崩しそうになった。
「あ、いえ……まだ、風邪が抜けきれないようで」
ルオ家の雑務をこなしている最中にも関わらず、ラウルの体調が気になるようでナディアが張り付いているような状態だ。
「もう、気を付けてよね。ホント、昨日はあなたを借り出せなくて、散々だったわ。結局怪盗アルテミスを捕らえることができなかったんだから」
「申し訳ありません。現場への送迎もできず」
体調不良を装い、ジオットの発明品である身代わりのリアルな形状で少し動く――簡単な言葉ならば応答できる人形をベッドに置いて、怪盗アルテミスのアジトに戻った上にミッションをこなした。
なんとかバレずに済んだことには安堵したが、気が気じゃない。
「それだけじゃないんだけど……マリーも
「それは……お役に立てず。あの……」
「ん? なぁに?」
「あの……リー刑事に送ってもらったのでしょうか。ゆうべ……」
なんとなく訊きづらそうな雰囲気で、ラウルが尋ねる。
「え? あ、ああ……ううん。別の警官の人にね。……どうしたの?」
「いえ。仲がよさそうだという噂を聞きましたので、もしかしたら付き合っていらっしゃるのかと」
思い切って尋ねたところで、ナディアが苦笑した。
「え? あの人とわたしが? 冗談キツイわ。確かにあの人が協力してくれるとワガママが通りやすいし、現場で張り込むのに賛同してくれるから、あの人がいなきゃ困るんだけど……そういう対象じゃないのよね」
「はあ……」
「っていうか、あり得ないから。変な勘繰りする人がいたら、ちゃんと否定しておいて?」
「え、ええ……」
その台詞に心底安堵する自分が居たりするのだが……
何故、ホッとした気分になるのか、ラウル自身にも分からなかった。