追い詰められた美女が塀を背に、怯えた表情をしていた。
「へっへっへ、観念するんだな」
「いやぁああ、やめて!」
悲鳴を上げる美女を救うべく、リー刑事は悪漢Aに対して強烈な蹴りを放っていた。
「ぐほっ……」
それがヒットした悪漢は吹っ飛び、地面に転がった。
「白昼堂々、悪事を働くとはいい度胸だ。このボクがせいば――」
「きゃあああ!」
助けたはずの美女が、悲鳴を上げる。
何が起きたのか分からず、リー刑事は唖然と表情になった。
「カーット!」
空の方からやけに通る声が、辺り一帯に響いた。
「え?」
見上げると屋根上った小太りの男が、メガホンを持って立っていた。
「ちょっと、なんだよあんた。困るんだよねえ。いま、映画の撮影中でね」
「映画?」
よく見ると、木製の撮影機材を抱えた映像スタッフらしき人物が数人、道の脇に立っていた。
「え……おい、撮影許可は?」
一応は警官らしい発言をしつつ、リー刑事は警察手帳を見せた。
そんな話があれば、耳にしているはず……なのだが。
「あ……刑事さん?? 春節にちなんだシーンなんだが、
メガホンの男――映画撮影という話が本当なら、監督らしい彼が弱り顔で手を合わせた。
「紛らわしい真似はよしてくれ! こんな場面を公共の場で撮るなんて。こうして誰か飛んでこないとも限らないだろう? そうじゃなくとも、春節の時期は警備に力を入れてるんだ」
「まあ、このあたりに待機してる警官に対しては……その……」
監督の目が泳いだ。
――春節警備の警官連中や、ここらを取り仕切ってるヤクザ者にはいくらか渡して黙らせてるってことか――ったく……腐りきってるな。
公共施設及び公道での撮影は許可が必要なはずだが、彼の様子を見れば分かる――なあなあでやり過ごすことは幾度もあったのだろう。
「でも、あんたの身のこなしは見事だった。さすがは刑事といったところだな。……そうだ! いまのシーンは生かしで……あとでうまく繋げるとして――あんた主演でスピンオフ作品を撮ろう! 『痛快爆裂★アフロ
「アフロ刑事って……好きでこの頭をしてるわけじゃ……」
「悪くない提案だな。俺もさっきの強烈な蹴りを食らって、いい筋してるなって思ったところだ。やられ役を引き受けるぜ」
脇腹を押さえながら、悪漢ふうの役者がニヒルな笑みを浮かべた。
「いや、だから……」
困惑するリー刑事だったが、「お願いします!」と役者や裏方の者たちに囲まれ、身動き取れない状態となっていた。
――ああああ、こんなことしているうちに、列がどんどん進んで……
気づけば列のナディアたちは随分と前へ進んでいた。
「ちょっとぉおお! ボクは
「あんたの年棒の倍は出す、悪い話じゃないはずだ」
「誰に向かってものを言ってるんだ! 公僕のボクが副業なんて出来るわけないだろうが!
しかし、この悲痛な叫び声は遠く離れたナディアの耳に届くことはなかった……。