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第50話

「――もう、なにやってんのよ! 結局、お茶会に間に合わなかったし。なにしに行ったわけ⁉」


 令嬢の甲高い怒鳴り声でびりびりと空気が振動する。


――いったい……あれから……どうなったんだ?


 島の爆発に巻き込まれたところまでは記憶がある。

 だが、それからどうなったのかは……


――救出されたってことなのか……?


 どういうわけか、身体が妙に重く、指先ひとつ動かすことができなかった。

 まるで金縛りに遭ったかのように、ベッドに横たわった状態のラウルが視線を令嬢に向けようとするも、目を開けることができない。


――ああ、きっとこれは全身ひどい火傷やけどを負って、包帯まみれのミイラ状態なんだろう。そうでなければ、この状況の説明がつかない……。


「ねえ、聞いてるの? なんとか言ったらどうなの?」


――なにか言いたいのはヤマヤマなんだが……口が開かないし、声も出ない。しかし、重体の人間に対して、なんたる言い草だ。何故、俺はこんな娘のために命懸けで……え?


 そこで疑問符が浮かぶ。

 仮にそんな状態だとして、意識がこんなにもハッキリしているものだろうか。

 いや……


――『意識』が『ハッキリ』?


 びりびりとした振動を感じた令嬢の声はリアルな気がするが、自分の感覚としては夢うつつで妙に現実味がなかった。

 触感や嗅覚が奪われている――おそらく、酷い状況にあるはずなのに、痛みも遠くに置き忘れてきたような、違和感を覚えた。


――妙だな……。


……と、思ったところで――


「おい、意識はあるか? オレの声、聞こえてる?」


 急にジオットの声が耳に届き、ラウルは金縛りが解けたように目を開け、ベッドに寝かされていた身体を起こすことが出来た。


「――⁉」


 が、瞬時に脇腹に激しい痛みが走った。


「大丈夫か? おい、無理すんなって」

「……な……ん?」


 息が詰まるほどの激痛に、うまく言葉が出ない。

 服の上からでも、腹部から胸にかけて包帯が巻いてあるのが分かった。


「すんげえ重症ってほどじゃねえにしても、アバラが何本かイっちまってるって。これじゃ、闘茶は無理だな」

「じゃ……」


――俺はなんのために……


 脇腹を押さえたまま、汗をにじませ、うつむいた。


「まあ、いいじゃねえの。闘茶対決に向けての努力はした。その結果、こういう事態に陥ったって――帰ってから、お嬢に説明すりゃ、納得してくれんだろ。よかったじゃねえか。その方が恥かかずに済む」


――帰ってから……お嬢に説明?


「あ……ここにナディア嬢が居るわけじゃない……のか?」


 さきほど、確かに彼女の声を聞いた。

 いや、聞こえただけじゃなく、空気の振動もしっかり伝わる感じがあった……筈なのに。


「あ? いねえよ……って……あ~、ずっと寝てたおまえが目を醒ましたのって、あの声掛けのお陰か……やっぱ」

「寝てた? いったいどれくらい? あの声掛……っ」


 息を吸うと脇腹が痛む。

 聞きたいことは山ほどあるが、質問を消化できそうにない。


「落ち着けって……おまえは怪我人なんだからよ。気になることに答えていってやるから。まず、おまえを救出してから5日。ずっと目を醒まさねえから、いいかげんやばいってことで、『お嬢ボイス』でさっき声掛けたんだよ。それが目覚めのきっかけになったってことだよな」


 ジオットがメカメカしいメガホンを取り出し、口元に当て、『そっくりだったでしょ? お嬢に』と、喋った声がナディアのものに変わっていた。


「~~~~~~」


 とすると、このボイスチェンジャーによって、彼女の声を作り出していただけなのか。


――つくづく、腹立たしい演出を……。


「……ここは?」


 身体の痛みの所為せいで怒りをぶつけることもできず、ラウルは脂汗をにじませたまま、そう尋ねた。


「イングスのじいさんのおうち。なんやかんやでいろいろ世話にはなってるな」

「ようやく目を醒ましたようじゃのう」


 イングスの声がして、トレイに湯飲みを載せた彼が姿を現した。

 ふたりの会話を聞いて、状況を察したようだ。


「………」


 一方、ラウルは事態が飲み込めていなかった。


「爆風で吹き飛ばされたようでの」


――吹き飛ばされた? どこまで?


 まさかグレートナッツ大陸の陸地まで飛ばされたというわけではないだろう。

 どういう経緯でここに居るのか知りたいと、ラウルはジオットを見た。


「おまえがバンプフ島に向かっていったから、慌ててオレらもそのあとを追ったわけ」


 ボイスチェンジャーの持ち手に指を引っかけてくるくる回しながら、ジオットが応える。


「どうやって……?」

「まあ、ある筋から聞いたんだけど、たまに密航するヤツがいて、バンプフ島の近くまでアマナ島行の船に乗ってくんだと」

「それで、俺の進んだルートが分かった……?」

「――アマナ島行の船に乗ってバンプフ島に向かったんじゃねえかって話。憶測だったんだけど、それが大正解っていうか……まあ、ほかにまともな行き方ってのがねえからな。島に行くにはこのやり方法がもっともスタンダードで確実性が高いって」

「それで、どうして……」

「ワシのクルーザーが大活躍での」


 ラウルに湯飲みを渡しながら、イングスがニカっと笑った。


「船を……持ってらっしゃるんですか?」


 湯飲みを受け取ったラウルが驚いたように瞬きをした。

 おそらく、爆風によって吹き飛ばされ、漂流していたところを救い出されたのだろう。


「それにしても……随分といいタイミングで駆けつけてくれましたよね……もう少し遅れていたら……」


 溺死か凍死を免れなかっただろう。


「運よく海に着水せずに、近くの岩場に引っ掛かってたんだ。爆風で叩きつけられたって感じっぽかったぜ。そのショックで負傷して、長いこと気絶してたみたいだけどな」

「そう……か」

「最初っから、このじいさんに相談すりゃよかったのによ。そしたら最短ルートで島上陸。おまえ、さっさと姿消しちまうから……」

「いや……あの爆発を思えば……行くべきじゃなかったと思うがのう」

「無駄足……」


 身も蓋もない言い方をすればまさにそうだ。



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