「もしもし?」
さすがにラウルからのコンタクト(らしき)事柄に対し、3度目となれば、多少は落ち着いている。
少し、疑心暗鬼になってはいたが、ナディアは興奮状態を抑えるように応答した。
『ああ……お嬢様、ご連絡遅くなってしまい、申し訳ございません』
「どうしたの? きょうには戻ってくるはず……なのよね?」
『あ……いえ、実はまだ、闘茶に関して模索中でして……戻れそうになく……』
「え? なによ、どういうこと? どこにいるのよ」
『あ、その……実は……首都マカデミアにて修行中でして』
なんだか歯切れが悪い。
だが、次に来る言葉を予想し、ナディアは口を開いた。
「もしかして……あなたは首都マカデミア(現地付近)に居るから、こちらへ戻らず直接会場に行くつもり?」
『え、ええ……まだ、例の件については詰めている段階で……ピカン・シティへ戻るだけの
「まだ詰めてるって……どういうこと?」
『ようやく方策が見つかったという段階でして』
「なによそれ……間に合うの?」
『間に合わせます。だからこそ、直接会場に伺うという旨、お伝えしたくて』
「……本当に大丈夫? 明後日のお茶会……場所も時間も把握してるの?」
『カク家の所有する『エクセレント・シュベルラティブホテル・
「……『招待状』なんてちらっとしか見てないはずなのに、よく覚えてたわね?」
ナディアの声には感嘆の念が込められていた。
これで、叱責を免れられるとひそかに安堵するラウル。
『それは……まあ――』
正直なところ、ラウルは茶会の案内葉書に目を通していなければ、正確な日時の把握ができていなかった。
彼の発言は、ナディアのライバルであるグランナの実家、カク家についてもしっかり調べていたジオットに聞いたことをそのまま口にしただけだったのだが、「思った以上にデキるじゃない、あなた」とナディアがいたく感心している様子なので、黙っていることにした。
『きょうまでに戻るという約束を果たせず申し訳ありません。しかし、茶会には必ず出席して、勝利を手にします』
正直なところ、ペアとなる茶壷から注いだ茶が零れない茶碗――という、イカサマアイテムを手に入れただけで、さして自信があるわけではなかったが、ラウルはそう言い切っていた。
「―――」
ナディアは受話器を握りしめたまま、呆然と立ち尽くす。
『あ、あの……?』
急に会話が途切れたことで、怪訝に思ったラウルが声を掛けた。
「……分かった。信じるわよ、あなたのこと」
『ありがとうございます。では、明後日会場にて』
「ええ。期待してる」
それだけ言って、ナディアは受話器を置いた。
「――なんとおっしゃっていました?」
しばらくして、マリーが声を掛けてきた。
「いま、マカデミアに居るから直接会場に行くって」
「では、
「ええ。そうみたい」
「そう……みたい……?」
ラウルが帰ってこないことで、ナディアが怒りを覚えるかと思いきや、予想に反して落ち着いている彼女を不思議に思ったマリーは首を傾げた。
「とりあえず、逃げるつもりはないみたい――だから」
マリーの想いを読んだように、ナディアが言った。
「だから?」
「信じて待つことにしたの」
「え……」
「明後日、会場で合流するつもりだから、そのつもりで」
「よろしいのですか?」
マリーに真剣な表情で問われ、ナディアは微かに笑みを浮かべた。
「まだ詰めている途中なんですって。ぎりぎりまで準備なり練習なりに励むつもりみたい。それで勝利を手にするって――自信たっぷりに」
マリーは嘆息した。
――本当に信頼を寄せていらっしゃるようですわね。彼がここに勤めるようになってからほんの数か月……何故、これほどまでに……?
「別に、彼を信じる根拠はないの。ただ、なんとなく……大丈夫な気がするから」
マリーの疑問に応えるよう、ナディアは言った。
「であれば、お嬢様の不機嫌は解消されますわね」
「え……なによ、それ……わたし、不機嫌になってなんか――」
「ですから……安心してマカデミアの会場に向かえますわね」
マリーに微笑みかけられ、ナディアが照れたように俯いた。
「……不安要素がないといえばウソになるわ。だけど、その……連絡があったから……きっと……」
微かに顔を赤らめて、彼女は階段を駆け上がっていった。
――ナディアさまのご機嫌もラウルさんの動向が握っていると思うと、捨て置けませんわね……。
相変わらず、マリーにとってラウルはハッキリとした素性の分からぬ同僚という感覚だが、
「………」
受話器を置いたラウルは、ふう、と大きくため息を吐いた。
――危なかったな。大事なことはきっちりメモって持ち歩かなくては。
どうにか、ルオ家別宅の番号を書いたメモ用紙を見つけ出せたことで、会話が叶ったのだった。
「恋人相手にしてはずいぶん、そっけないのう」
「こっ……!」
背後に立ったイングスの姿に驚き、ラウルは息を呑んだ。
――いつの間に……。
「恋人なんかじゃないですよ。私が仕えているうちの……令嬢で……」
「まあ……どっちでもでもええわい。トージンのヤツもそういう事情に弱いからのう」
「あのっ、散々お世話になっていて、さらなるお願い心苦しいのですが……この間の広間を貸していただけますか?」
ラウルはナディアについて言及することなく、カラクリ茶器を使って技を見せてくれた道場ふうの広間を使って闘茶の練習をしたいと申し出た。
「もちろんじゃ、好きに使うがよい」
「親切にしていただき……痛み入ります」
深く頭を下げ、ラウルはいったん茶器を持ってから広間へと向かった。
――まあ、こちらも相応のメリットはあったからのう……ウィンウィンというやつじゃ。
左手首を彩る金の腕時計を見遣り、イングスは笑みを浮かべた。