その2日後――
開場より一時間ほど早く、会場であるエクセレント・シュベルラティブホテルの前に到着したナディアはきょろきょろと周囲を見渡した。
30階建ての高級感あるホテルだ。
宿泊だけではなく、大広間や結婚式場も備わっていて様々な用途で利用できるような施設でもあるため、人の出入りは多い。
「まだ一時間前ですから、到着していないのではないですか?」
ナディアに付き添って茶会に訪れたマリーが苦笑混じりに言った。
「……そう……かもしれないけど……でも……」
「ご不安なのは分かりますわ。でも、ここで立ち往生していても仕方ありません。ホテルの中にもカフェがありますから……あちらでお待ちになるのはいかがです?」
そう、マリーが声を掛けたところで……
「――あら、ナディアさん。随分早いご到着ね。どなたよりも張り切っていらっしゃるようで、驚いたわ」
茶会の主催者であるグランナが現れ、ふふん、と笑った。
装飾の多い豪奢な紫のAラインドレスに身を包んでいる。
自分のシックなマーメードドレスがやたら地味に思え、ナディアは怯んでしまった。
――パーティーならいざしらず、お茶会なら、シンプルな服装がいいと思ったのに。
「思った以上に道が空いていたの。それにわたしが遅れて登場したんじゃ、目立ってしまうから、主役気取りのあなたに申し訳ないと思って」
「主役気取り?」
言って、グランナは鼻を鳴らした。
「主催者のわたしがもてなす側だということは、心得ているわよ? 主役は参加される皆様だわ」
――そうは思ってないくせに……。どうせ、圧倒的な力(経済力)を見せつけたいだけでしょ、ほんとにいやな女ね……。
ナディアは彼女をにらみつけそうになるのを堪え、うつむいた。
そのとき――
「お嬢様、会場の方へお越しください。ご指示をいただきたく存じます」
ホテルのエントランスから、グランナの従者が彼女に声を掛けた。
「ああ、いま行くわ。では、ナディアさん、のちほど。――ごきげんよう」
「ごきげんよう……」
グランナがホテルに入っていくのを見て、ナディアは妙に心細い気分になった。
――ラウル、いつ来るのよ……?
「きちんと約束なさったのですから、大丈夫ですよ。中で」
「……ええ」
不安そうな表情で背後を見遣るナディアを引き連れ、マリーはホテルのエントランスへ入った。
★
「……はあ……はあ……これなら……なんとか……」
執事の扮装のまま、汗だくで仰向けに倒れたラウルを囲むよう、茶の注がれた茶碗が10客置かれていた。
「――まだ、ここにおったのか? 14時30分に会場へいかねばならんのじゃろう? ……のんびりしておっては間に合わんようになるぞ?」
扉を開け、イングスが焦ったように言った。
「いや、しかし……まだ……多少時間は……」
「その汗だくの格好で参るわけにはいくまい? それに
「あ……! そうだ。あの……この服ではまずいですか?」
ラウルの台詞に対し、イングスが呆れたように肩をすくめた。
「優雅さを競う大会でもあるんじゃ。おぬしの姿はまみれ汗どころか、水浸しじゃ。会場入りどころか、摘まみだされてしまうかもしれんぞ?」
「え……しかし、礼服はこれしか……手元になく……」
――しまった。本番さながらの練習のつもりでいた……この服の予備がない。
「ワシのイカした
「へ……? しかし」
そう言われても、小柄に見え体格の差からサイズが合うとは思えず……。
「若い頃着用した最高のフォーマルウェアじゃ。おぬし、ワシの見立てじゃ、ワシの若い頃の体形とほとんど同じじゃからな。かなり縮んでしもうたんよ、これ」
――若い頃というと……
デザインが古臭いのではないかという懸念があるが、この格好で行くよりははるかに好印象だろう。
「お借りします」
「まずはさっぱりしてから、身支度を整えんとのう。その間、茶器もしっかり準備しておいてやるわい」
「あ……はい……」
「何をぼーっとしておるんじゃ、さっさと準備せねば間に合わんぞ? 早うせんかい!」
頭を小突かれ、我に返ったラウルは飛び起き、浴室へと向かった。
「……まったく、世話の焼ける執事じゃのう」
茶器を盆に載せながら、イングスは苦笑した。