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第56話

 エクセレント・シュベルラティブホテル最上階にある、天河の間――

 開放的で見晴らしのいいそこは、300平方メートルほどの大広間で、天井は5メートルをゆうに超える高さがあった。

 フロア全体に赤いカーペットが敷かれ、客席のモダンな雰囲気のラウンジチェアが整列するように並べられていた。

 前方には大きなステージ設けられ、『真聖翼女学院13期生お茶会』の幕が掲げられていた。


「あ、ナディアちゃん、久しぶりぃ~」


 会場手前のカウンターで受け付けを済ませて中に入ると、ピンクのカクテルドレスを身に着けた、ややぽっちゃり気味の愛らしい淑女が、会場入りしたナディアに声を掛けてきた。


「サリーナ、久しぶりね」


 彼女とはそれなりに仲の良かったナディアは顔をほころばせた。

 学生時代と変わらぬ様子で、安堵する。


「どうしたの? 珍しいね。いつも来ないのに」


 茶会自体はそこそこの頻度で行われてはいるらしいが、こういった場にナディアが顔を出すのが非常に稀なため、驚いている様子だった。


「まあ……グランナ直々の誘いを受けたから、今回は。だからたまには参加してみようと思ったの」

「あ、そうだね。今回は初の試みっていうか……闘茶王座決定戦が行われるからね。うちの執事も参加するの」

「ナディアさま。我があるじサリーナがお世話になっております。私、執事のセバスチャン・トと申します」


 と、恭しく頭を下げるのは、サリーナの近くに居た従者の男性だった。

 年の頃は20代前半といったところか……若いがラウルと比べると、品があって物腰が柔らかい印象を受ける。


――大丈夫なのかしら……ラウルうちの……。


 途端に自信がなくなってきた。


「ど、どうも……」

「ところで、ナディアさまの執事殿は?」


 セバスチャンがキョロキョロと辺りを見回す。


「えっと、わ、忘れ物を取りに……」


 まだ到着していないというと、よくない印象を与えてしまうのではないかと、ナディアはとっさに嘘を吐いた。


「そうなんだ。ナディアちゃんの執事さんってどんな方なのかすごく興味ある」

「あ……ええっと、最近入ったばかりの新人なの。だから、そんなに慣れてなくて……」

「へえ、でもこんな大会に参加できるくらいだし、ナディアちゃんのお眼鏡にかなうほどなんだから、きっと素敵な方なんだろうな」


――や、やめて。そんな期待した目でこっち見ないで……。


 うっとりと羨望のまなざしを向けられ、ナディアは焦ったように後ずさった。

 一応は優等生で華やかな容姿を持つナディアは学生時代、目立つ存在ではあった。

 ゆえに、妥協した人材選びなどするはずがないと思われているらしい。


――やっぱり不参加にすればよかったかしら……。


 おっとりした性格のサリーナの執事のほうが、負けず嫌いの自分が従えるラウルよりは俄然しっかりして見えたため、ナディアは完全に気後れしてしまっていた。


 グランナがステージ上がると、カチっと手元のマイクにスイッチを入れる音が会場に響いた。

 その後の『えー』という落ち着きある第一声で、皆がそちらへ注目した。


『本日はお忙しいところ、真聖翼しんせいよく女学院OGお茶会にお集りいただき、ありがとうございます。本会主催を務めさせていただいております、グランナ・アンディーブ・カクです。さて、堅苦しいご挨拶は割愛して――お越しいただいたみなさまにお知らせがございます。詳細のご案内は出来ていませんでしたが……まずは本日の目玉のイベントであります、闘茶王座決定戦を行い、そののちに通常のお茶会という流れで進めさせていただきますので、オーディエンス席の方にご移動いただくよう、お願い申し上げます』


 ざわざわと会場が騒がしくなり、会場スタッフの誘導で並べられた椅子に腰かけていく。


――ラウルさん、まだいらっしゃいませんね。


 出入りしやすいようにと、最後列の右端に3人分の席を確保したマリーはナディアに小声で語りかけた。


――もう時間になったのに。なにやってるのよ。

――まだ、立て込んでいるのでしょうか……。

――どこにいるのか分からない以上、連絡の取りようもないし……。


 さすがにこの規模のホテルに電話が設置されていないはずはないが、電話が使えるのは連絡を取りたい相手の居所が明確で、さらには電話があるという前提の話だ。

相手方の番号が明確でないとどうしようもない。


『それでは受付でお名前を頂戴した方の中で、闘茶の順番をランダムに決めさせていただきました。プログラムは御覧の順番となっております』


 グランナの後ろの壁に白い布が現れ、そこに番号と大会に参加する者の氏名が記されていた。


――ラウル……は……

――18番……最後トリ……ですわ。


 プログラムを眺めていたマリーが呟いた。

 茶会に訪れた全員が参加するわけではないため、ここにいるOGの半数といったところのようだが……。


――ちょっと、なんで……わざとらしくラウルがトリなのよ? なんのいやがらせなの、あの女。うちの執事を悪目立ちさせようって魂胆じゃ……。

――どういった意図があってのことかは存じませんが、肝心のラウルさんが到着していないのですから、この場合はむしろ幸いなのではないですか?

――そうだけど……その前がよりによってグランナの執事のウイキョウじゃないの。

――でも、ラウルさんの電話の声は明るかったのでしょう?

――まあ……。

――お嬢様は信じて待つとおっしゃっているのですから、信じて待つ以外にはございませんわ。わたくしが何度もご欠席を促したのに、出席するの一点張りだったのですから……今更、グズグズおっしゃっても詮無き事だと思いますわよ?

――わ、分かってるわよ。

――大人しく観戦すると致しましょう?


 マリーは表情を引き締め、ステージの方を向いた。


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