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第58話

『さてさて、滞りなく進んで参りました、闘茶王座決定戦ですが――次は優勝候補と名高い本大会の主催者カク家の執事である、ウイキョウ・バランタイン・シャン氏の登場となります!』


 司会者の掛け声を合図に、会場の後方で待機していた二本のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの四者による弦楽四重奏がはじまった。


――ちょっと、なんで急に盛り上げてるの? ズルくない⁉


 ナディアが立ち上がりそうな勢いで、腰を浮かせた。


――主催側の特権というものでしょう。紛れもなく、これはウイキョウ氏を目立たせるための大会だったのかと……。


 マリーがナディアを落ち着くように促しながら、冷静にそう呟いた。


――出来レースってこと? ホントに卑怯な女ね!

――出来レースもなにも……実際ウイキョウ氏に敵うような執事なぞ、おりませんでしたわ。少々嗜んでいる風情の者がせいぜい……。


――結局、わたしをわらうための大会だったってこと……?

――分かりませんが……それもラウルさんが現れれば、の話ですわ……。

――どういう意味?

――彼が来なければ嗤われるもなにもありませんから。ただ、屈辱的な言葉を浴びせられる可能性はあるかと。ですからナディアさま……気分が優れないなどとおっしゃって、退出されたほうがよろしいかもしれません……。


 出番のひとり前になっても、ラウルは現れない。

 普段のナディアなら、腹を立てて帰っていたかもしれないが……今回は様子が違っていた。


――何を言ってるの? わたしの話を聞いていなかった?

――ナディアさま……?


 ナディアの言葉に、怪訝そうな表情をするマリー。


――わたしはラウルを信じると言ったわ。だから、この局面で退出するなんてことはあり得ない。

――……そうですが……数分以内に現れなければ失格の可能性が……。


 しばらくすると、弦楽四重奏の奏でる『貴婦人の乗馬』に合わせるかのように、ビロードの布に包まれた『背の高い何か』に跨るウイキョウが登場した。


「なに、あれ……?」


 思わず、ハッキリとした呟きとなって、ナディアの口から言葉が漏れた。


――なんでしょう? あれは……。


 いかにも高品質の燕尾服えんびふくに身を包んだウイキョウの乗るそれは二メートルほどの高さがあるが、それはタイヤやキャスターなどが付いた移動を考えた『乗り物』ではなく、どうも、跳ねながら前進しているもののようだ。

 加えて微かに聞こえる、カシャ、カシャンという金属音が、心地よくリズムを刻んでいる。

 決して耳障りなものではなく、極力音を立てないよう、細心の注意を払っての移動に思えた。


――脚立、ですわ……。


 マリーが息を呑んだ。


――え?


「脚立だ」

「脚立に乗ってる……!」

「そんな……バカな……なぜ、脚立で乗馬のように……あそこまで気品をあふれさせることができる⁉ あれは只者じゃない!」


 会場が騒然とする中、乗馬を思わせる動きでウイキョウはステージ中央まで移動していた。


「ブラボー。ここまででもう勝負はついたようなものね。あんな優雅な乗馬――いえ、乗脚立じょうきゃたつは初めて見たわ」


 発言を求められなければ特に喋ることがなかったマダム・タンが表情をやわらげ、手を叩いた。

 おお、と皆が彼女に注目する。


『タン先生がここまで賞賛されるとは、珍しいっ……これはすごい演技が見られそうです!』


 ウイキョウがゆるりと前進するのを眺めながら、司会者が続ける。


『……改めましてナッツイート式闘茶について、簡単なルールを説明させていただきます。茶を茶碗に注ぐさいの茶壷の高さと、茶碗が受け止めた量が主な得点を判断する基準となり、さらには優雅な振舞、技の難易度など総合して採点されることになります。――それでは優勝候補と名高いウイキョウ氏の演技をご覧ください――』


 まるで脚立と一体化したかのような自然な動きで一例すると、ふわっとシルクの布を取り出し、それを揺さぶった直後には煌びやかでかつ上等なティーポットを出現させていた。


「しかも、あのような技を……奇術すら麗しいわ。まさに神の領域……」


 恭しく審査員に頭を下げると、ウイキョウはさっそく美麗な弧を描くようにティーボットをステージの台の上に置かれた茶碗へと注ぎ始めた。


 二メートルという高さから注がれる茶は、多少の飛沫しぶきを上げるものの、ほぼすべてを受け止めていた。

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