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第59話

『なんという高さ‼ とんっでもない高位からの挑戦です‼ 私も司会業を長年務めておりますが、ここまで見事なパフォーマンスを見たのは初めてですっ! 採点も楽しみだぁああああ!』


 興奮する司会者の声が響く中、ウイキョウが注ぐ茶を受け止めたすべての茶碗が審査員に配られる。

 一口すすった審査員の一人が「これは……!」と雷に打たれたかのような衝撃的な表情をした。


「なんという、深みのある味わい……」

「控え目でありながらも、存在感のある……独特の風味」

「パフォーマンスもさることながら……ここまで天晴な闘茶は初めてじゃ……」


『――審査員の先生方も唸ってらっしゃいます……これは高得点が期待できそうだ‼ それでは、点数をどうぞ――』


 ドラムロールが鳴り響き、審査員が次々と手元の札を上げていく。


『10点、10点、9点、10点、10点、8点、10点、10点、10点、10点! これは高得点だ! 合計は――97点‼ これまでの最高得点が30点にも満たなかったことを考えると、とんでもない数字だ!』


 脚立から降りたウイキョウは、恭しく礼をした。


『しかし……タン先生、あれほどまで絶賛されていたにもかかわらず、8点と、少々辛い点数のように思えますが……いったい何故なのでしょうか⁉』

「まだ伸びしろがあると思ったのよ。だから、少し辛口にさせていただいたわ。でも……わたくしはね、いままで6点以上の点数を付けたことがないの。誇りに思っていいわよ、あなた」


 厳しめの表情がデフォルトな人物ということが信じられないくらいに、マダム・タンは柔和な笑みを浮かべている。


「タン先生にそのようなお言葉を掛けていただけるとは……感無量にございます」


 ウイキョウは再び大きく礼をすると、脚立乗り「ハイ!」と掛け声を掛けたのち、ステージの下手しもてへと脚立を操縦しながら消えていった。


――さすがだわ、ウイキョウ。残るはナディアの執事を残すのみ。だけど、あんなの敵でもないわ。


 主催者として、舞台の端に特別席を設けてあり、グランナはそこから自身の執事の演技を見上げながら、拍手を送った。


『それではいったん、ステージを整えますので、しばしお待ちください』


 照明が暗くなると、スタッフたちが一斉の茶碗を下げ、移動した台などを整えはじめた。


『えー、ルオ家の執事の方、至急、舞台袖までお越しください』


 次の順番の者は待っていて当然だったわけで、わざわざこんな呼び出しの放送が行われたのは初めてだった。

 会場がざわめく。


――ちょっと、まだ来ないの? どうなってるのよ!


 ナディアが周囲を見回しながら、小声で怒鳴った。

 ラウルは未だに現れていない様子……。

 ステージの方では「5分引き延ばしてラウル氏が現れなければ、そこで締めましょう」という取り決めが行われた。


『少々片付けに手間取っております。もうしばらくお待ちくださいませ』


 司会の雑談がはじまり、どっと笑い声が沸いた。


――それはそうと、どうしてナディアのヘボ執事が現れないのかしら? やはり、うちのウイキョウに恐れをなして逃げたのかしらね?


 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、グランナは客席に目を遣る。

 どんな表情をしているのか見てやろうと思っていたナディアライバルは俯いているようで、目は合わなかった。


――まあ、せいぜい、どんな言い訳をするのか、考えているがいいわ……。


 グランナがふふふ、と笑い、周囲のスタッフがが「突然どうしたんだ、この人は?」と言いたげな怪訝な表情を浮かべていた。


――もう、出ましょう? これ以上ここに居てもいいことはありません。お行儀は悪いですが、受付の方にナディアさまが体調不良で退出すると伝えて参ります。そのあと、目立たぬように席を立ちましょう。


――あ、ちょっと……。


 マリーが席を立ち、天河の間の出入り口に待機している受付担当のスタッフのもとへ向かおうとしたそのとき――


「え……」

「遅くなり、申し訳ありません。ナディア・ピオーネ・ルオの執事、ラウル・ロックフォール・ウェイです。間に合いましたでしょうか?」


 息を切らせながら、ややレトロなデザインの燕尾服を身に着け、茶器ケースを抱えた青年が姿を現した。


「え、ええ……ラウルさま、いま、まさにラウルさまの出番だと……舞台のほうへ……お急ぎください」


――ギリギリ間に合ったということでいいのか?


 舞台は? ――と周囲を見回すラウルに対し、


「案内しますわ。ラウルさん」


 実際に連れて行った方が早いだろうと、マリーが申し出た。


「マリーさん⁉」


 ジャストなタイミングで目の前に現れたマリーに驚き、ラウルは後ずさった。


「まったく! 気が気ではありませんでしたわ。もう、現れないものかと思っておりました。……これで無様な演技をなさったら――お分かりですわね?」


 マリーはラウルを率いて舞台袖へ向かいながら、厳しくも安堵したような視線をラウルに向けた。


「ええ。酢豚のパイナップルは二度と食らわないと誓いましたから……ひと月分の成果をご覧に入れてみせます」


 ラウルは自信たっぷりに頷いた。


「頼もしい回答ですわ。期待を裏切らないよう、お願いします」

「もちろん……」


 と応えたところで、とん、と背中を叩かれた。

 振り返ると、ナディアが立っていた。


「おじょ……っ」

「ほんと、気が気じゃなかったわ。でも、ヤキモキさせられた分の成果は見せてもらうから」


 ナディアはそれだけいうと、踵を返して自席へと駆け戻った。


「では――ご健闘を」


 マリーに背中を押され、ラウルは進んだ。



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