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第62話

「ナディアちゃん! すごかったねえ! うちの執事もなんとか三位にはなれたけど、ぜんぜんふたりには及ばなかったなあ」


 表彰式が終わり、ざわついているところでサリーナが笑顔で駆け寄ってきた。


「え、ええ……ありがとう……」


 恥をかかずに済むどころか、目覚ましい結果を出せたことに安堵あんどしつつも、うまい返答が思いつかず、ナディアは気まずそうな笑みを浮かべた。


「きっと、執事さんとはいい信頼関係なんだろうなー、羨ましい」


 そう言われて、ますます居心地の悪い思いをしながら、曖昧な笑みを浮かべたナディアは後ずさった。


「うちの執事をねぎらってくる。じゃあ、ね」


 こちらへ向かってくる彼女の従者であるセバスチャンに手を振りながら、サリーナが立ち去った。


「ナディアさまもラウルさんを労って差し上げてはいかがですか?」


 マリーに言われ、ナディアは表情を強張らせながら、前方を見た。


「ご心労おかけして、申し訳ありませんでした。お陰様で無事、闘茶を終えることができました。寛容なご対応、感謝いたします」


 賞状とトロフィー、そして闘茶で使用した茶器の入ったケースを持って現れたラウルが目の前に現れ、恭しく頭を下げた。


「寛容もなにも、電話で帰れないって伝えられた以上、どうしようもないじゃない? 居場所だってハッキリ分からないわけで。それに、きょう遅れてきたことに対して、叱らないとは言ってないわ」

「しかし、結果を出せればご容赦いただけるのでは?」


 茶壷を意識してデザインされたトロフィーを見せ、ラウルが訊いた。


「……そんなの見せつけながら言われたら、なんにも言い返せなくなるの、分かっててやってるわよね?」


 彼から視線を反らし、ぶつぶつとナディアが言った。


「では?」

「よくやったわ。逃げ出したのかと思わされたあとだったから、余計に感慨深いわね」

「やはり、信用なかったのですね……」


 ラウルが苦笑すると「当たり前でしょ」と返された。


「なんにしても、連絡は密にしてもらわなきゃ。ここにきてからだって、気が気じゃなかったんだから」

「ナディアさま、これからご歓談、ということですが……?」


 マリーが周囲の様子を見遣り、声を掛けてきた。


 会場は本来の目的である茶会のレイアウトに替わり、次々とテーブルに茶菓子やティーセットが配置されていく。


「帰るわ」

「え?」


 マリーが驚いたように、ナディアを見た。


「どうしてです? 望む結果になったわけですし。鼻高々で会に参加できる筈ではないですか?」


 ナディアが肩をすくめる。


「別に。わたしは最初っからお茶会には興味がないわよ。ただ、グランナに挑戦状をたたきつけられたから、鼻を明かしてやろうと思って受けただけ」

「え……それだけ、ですか?」

「そうよ。あとはサリーナと会えたことくらいかしら、きょうの収穫は」

「………」


 唖然としているマリーを尻目に、ナディアは会場の出入り口へと向かって歩き出した。


「ナディアさん、見事だったわ」


 グランナが手を叩きながら、ナディアの前に立ちはだかった。


「どうも」

「でもね。勘違いしてほしくないの。主催者であるうちの執事が優勝っていうのも、バツが悪いじゃない? だから、審査員のみなさまが空気を読んで、あなたの執事を優勝させたのよ。本拠地ホームはホームなりに気を遣うから大変だわ」

「へえ、遠征側アウェイのほうが有利だってこと?」


 負け惜しみを言うグランナを冷ややかに見据え、ナディアが言った。


「そうは言っていないわ。ただ、この勝負で勝利したからって、調子に乗らないでちょうだいと言いたいの」

「別に調子に乗ってなんかいないじゃない。ただ、うちの執事はあなたの執事に劣ってはいないって証明できたことを満足しているだけよ」

「メイン行事のお茶会に参加せずに帰ろうとしているところが、調子に乗ってるといいたいのよ。あなた、わたしをバカにしてらっしゃるの?」


 ナディアが挑発的な笑みを浮かべる。


「ふぅん、そんな自覚があるんだ。じゃあ、わざわざ言うまでもないけど、一応、言っとくわ。バーカ」

「! な、なんですって、もう一度言ってごらんなさい⁉」


 ナディアのストレートな罵倒に、顔を真っ赤にしてグランナが怒鳴った。


「あらやだ、聞こえなかったの? あなたってもしかして難聴? こっちだって何度も言いたくもないわよ。あなたとくだらないやり取りする気にもなれないんだから、低俗な挑発はご遠慮願いたいわ」


 いくわよ、とふたりの従者に声を掛け、ナディアはグランナの脇を通り過ぎた。


「こっちが下手に出ていれば……本当に生意気ね……この薄汚い灰被りシンデレラ!」

 その一言を聞いて、ナディアは足を停めた。

「………」

「――やっぱりあなたにはこの台詞が一番効果的みたいね。成り上がりの娘が調子に乗ると、ロクなことにならないわよ」


 グランナが唇の端を上げ、にんまりと笑った。


「……ほんっと、くだらない。帰るわよ。付き合ってられないわ」


 俯き、拳を握りしめたナディアはそういうと、会場の出入り口へと歩き始めた。


「あ……!」


 マリーがナディアに続き、そそくさと歩き去ったあと、ラウルはグランナに接近した。


「先ほどの言葉にどういった意味があるのかは存じません。ですが、我があるじは大変傷ついていたように見えました」

「なによ、彼女がわたしをバカにするから、お返ししただけでしょう? 先に失礼な発言をしたのは、あの子の方なんだから」


 そうは言ったものの、鋭く見据えられたグランナはたじろぎながら、視線を反らした。


「しかし、あなたがナディアさまに余計なことをおっしゃらなければ、こういうことにはなっていなかったのです。私は勝負に勝つために来たのではありません。主を守るために参りました。ですから、ナディアさまを傷つけたあなたを許すことはできません」

「なによ、執事風情しつじふぜいが! 誰か、この男をまみ出して!」

「グランナさま、公の場ですから……ここは冷静に……」


 ウイキョウが現れてふたりをとりなした。


「みなさま、グランナさまによる茶会開始のご挨拶を心待ちにしていらっしゃいますので。ここは、僕に任せていただいて……どうぞ、ステージのほうへ」

「え、ええ……」


 ウイキョウによって冷静さを取り戻したグランナは、促されるままステージのほうへと向かった。

 彼女がステージに上がったところで、ウイキョウが苦笑混じりにラウルに向き直った。


「ラウルさん、我が主が失礼な振る舞いを。根は悪い方ではないのですが、どうも負けず嫌いな性分で」

「それはうちの主も同じですね……」

「本心ではナディアさまと親しくなさりたいのだと思いますが……口下手といいますか、高飛車たかびしゃと申しますか……尊大不遜そんだいふそんと申しますか……とにかくこういったことに不器用でいらっしゃるので」


 擁護ようごする気があるのかないのか分からないフォローを入れ、ウイキョウは困ったように頬を掻いた。


「それにしてもラウルさん、闘茶の腕は見事でした。実は達人でいらっしゃったのですね? そうとも知らず、先日は……」

「あ……いえ……」


――カラクリ茶器がなければ、俺がやってみせたのはただの曲芸だ……。


「ご謙遜けんそんなさらず。体操との併せ技は見事でした」

 本当に感服している様子にバツの悪さを感じながら、ラウルは「主が待っていると思うので」と、きびすを返した。

「ああ、最後にひとつだけ……」


 数歩進んだところで、やたらウイキョウの声色がシリアスになり、どきりとしたラウルは思わず足を停めた。

「闘茶には『闘茶四天王』という猛者もさが存在します。僕もそのうちの一人なのですが、いつか、メンバーであなたと手合わせできればと――」

「申し訳ないですが、私はこれで」


 ウイキョウの台詞を遮ると、ラウルは慌てて会場を飛び出していった。


「ラウル・ロックフォール・ウェイ……覚えておきましょう」


 眼鏡をくい、と上げ、ウイキョウは真剣な表情で呟いた。



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