「それでは、こちらで――」
ルオ家の別宅に車が到着したころには、夕日が沈み、空が群青色に染まりかけていた。
到着の10分ほど前に、ナディアとマリーは揃って目を醒ましていたため、スムーズに降車の準備ができていた。
「とても助かりました。ではこちらで……」
かなり美味しい報酬が書かれた小切手をマリーが運転手に渡した。
――言い値より上乗せしてくれてるってのは、さすがだな。
書かれた数字に満足したように微笑み「ありがとうございました」と、帽子を取って挨拶すると、三人を降ろしたジオットは車を走らせた。
「長い休暇は終わり。しっかり働いてもらうからね」
自宅のアプローチを歩きながら、ナディアがラウルの腕を突いた。
「え……休暇、扱いですか……?」
「当たり前でしょう。ほとんど勝手に飛び出していったようなものですから。まず、手始めに庭の草むしりから――」
「ええ?」
――しかし……誰の為に……俺は……??? しかもまさか、ダメ児童のお手伝いのようなミッションからのスタートか……?
ラウルの額から汗が流れ落ちた。
なぜか、庭先には意図的に荒れ地に仕立て上げられたようなエリアが用意されていた。
そこだけ妙に草が乱雑に生えている。
――これは新手のイヤガラセか……?
一気に疲労感を覚え、ラウルは額を押さえた。
そんな会話を聞きながら、ルオ家別宅から数キロ離れた公道で、ジオットは車を走らせていた。
「――実はおまえに盗聴器、仕込んどいたんだけどな……それに気づかないとは、青いよな……」
そう、呟いたと同時に、草むしりを開始したラウルの纏うヴィンテージ衣装のタイピンがきらりと輝いた。
ちなみに、彼がルオ家のタウンカーに細工して不具合を起こさせ、まんまと運転手を務めることに成功していた……というのは、ここだけの話。