「仕事だ」
暗い照明がなんだか怪しい感じを醸し出す――場末のバー。
ラウルドアを開けるや否や、開口一番にそう告げられ、内心大きなため息を吐いた。
「ええっと……それは大掛かりな『仕事』でしょうか?」
気持ちを落ち着けたラウルは諦めたように、発言する。
無理です! とは言えない圧倒的力関係。
普段は穏やかな上司だが、ときには抗えないほどの重圧を掛けてくることがある。
感情的に激昂する場面はほぼないが、蛇に睨まれたカエル状態となるため、『仕事だ』と振られたらほぼ、それを回避できないと思ったほうがよさそうだ。
「大掛かり……まあ、そうだな。大掛かりといえばそうかもしれないが……」
カウンターの一番奥の席にはバーの雰囲気にそぐわない、上品な老婆が腰かけている。
「ロジエさん、うちのエースが到着しましたので、仕事の話をいたしましょう」
――やはり、依頼人か。
タンポポを彷彿とさせる柔らかな白髪をした老婆が、ラウルの方に視線を遣り「こんばんは」と会釈をした。
「怪盗というから、もう少しずる賢いような面構えかと思ったけど、善良そうなハンサム顔ね、あなた」
「あ……いえ。仕事というのは?」
じっと見つめられ、居心地悪そうな表情でラウルが問うた。
「ある、絵画を盗み出して欲しいの」
「絵画……ですか?」
とりわけ、特殊な仕事だとは思えないが、細かく話を聞く必要がある。
「わたしね、こう見えても若い頃はかなりの美貌の持ち主だったのよ?」
「はあ……」
ここで「そうでしょうなあ、いまでもその美しさは衰えてらっしゃいませから!」などと、おだてられないのが、ラウルの不器用なところだった。
変装している間なら、どういうわけかうまく立ち回れるのだが、素の状態ではなかなかそれが難しい。
どこかに切り替えスイッチがあるのではないかと、自分でも思っている。
「それでね。恋多き女ってほどじゃないけど……まあ、いろいろあったのよ」
「はあ……」
どう応えていいのか分からず、ローザのほうを見ると、笑いを堪えるような表情で飲み物を作っていた。
――自分で仕事を振っておいて、この扱いは……せめて、そっと
『かなりの美貌の持ち主だったなんて、自分で言うなよ、と、いま思っただろう?』
メモ用紙に暗号文でさっと文字を書いたローザが、ラウルにそれを見せた。
「⁉」
――そういうことじゃなく、役に立つ話を……!
だが、ローザは意味深な笑みを浮かべるのみで、回答例を用意してくれることはなかった。
「そう――あれは何年前かしら……もう、50年は経っているのかしらね……」
ローザとラウルのやり取りに気づかず、ロジエは遠い目をして語り始めた。