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4章 思い出の絵画

第65話

「仕事だ」


 暗い照明がなんだか怪しい感じを醸し出す――場末のバー。

 ラウルドアを開けるや否や、開口一番にそう告げられ、内心大きなため息を吐いた。


「ええっと……それは大掛かりな『仕事』でしょうか?」


 気持ちを落ち着けたラウルは諦めたように、発言する。

 無理です! とは言えない圧倒的力関係。

 普段は穏やかな上司だが、ときには抗えないほどの重圧を掛けてくることがある。

 感情的に激昂する場面はほぼないが、蛇に睨まれたカエル状態となるため、『仕事だ』と振られたらほぼ、それを回避できないと思ったほうがよさそうだ。


「大掛かり……まあ、そうだな。大掛かりといえばそうかもしれないが……」


 カウンターの一番奥の席にはバーの雰囲気にそぐわない、上品な老婆が腰かけている。


「ロジエさん、うちのエースが到着しましたので、仕事の話をいたしましょう」


――やはり、依頼人か。


 タンポポを彷彿とさせる柔らかな白髪をした老婆が、ラウルの方に視線を遣り「こんばんは」と会釈をした。


「怪盗というから、もう少しずる賢いような面構えかと思ったけど、善良そうなハンサム顔ね、あなた」

「あ……いえ。仕事というのは?」


 じっと見つめられ、居心地悪そうな表情でラウルが問うた。


「ある、絵画を盗み出して欲しいの」

「絵画……ですか?」


 とりわけ、特殊な仕事だとは思えないが、細かく話を聞く必要がある。


「わたしね、こう見えても若い頃はかなりの美貌の持ち主だったのよ?」

「はあ……」


 ここで「そうでしょうなあ、いまでもその美しさは衰えてらっしゃいませから!」などと、おだてられないのが、ラウルの不器用なところだった。

 変装している間なら、どういうわけかうまく立ち回れるのだが、素の状態ではなかなかそれが難しい。

 どこかに切り替えスイッチがあるのではないかと、自分でも思っている。


「それでね。恋多き女ってほどじゃないけど……まあ、いろいろあったのよ」

「はあ……」


 どう応えていいのか分からず、ローザのほうを見ると、笑いを堪えるような表情で飲み物を作っていた。


――自分で仕事を振っておいて、この扱いは……せめて、そっとプロンプターカンペくらい用意するくらいの気配りが欲しいものだが……。


『かなりの美貌の持ち主だったなんて、自分で言うなよ、と、いま思っただろう?』


 メモ用紙に暗号文でさっと文字を書いたローザが、ラウルにそれを見せた。


「⁉」


――そういうことじゃなく、役に立つ話を……!


 だが、ローザは意味深な笑みを浮かべるのみで、回答例を用意してくれることはなかった。


「そう――あれは何年前かしら……もう、50年は経っているのかしらね……」


 ローザとラウルのやり取りに気づかず、ロジエは遠い目をして語り始めた。

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