午後のお茶の時間……
「パーティー……ですか?」
お茶のお替りを令嬢に注いだところで招待状を見せられ、ラウルは首を傾げた。
「そ。ハン会長からお呼ばれしちゃったの」
「ハン会長が、ですか……? お嬢様、まさかとは思いますけど……ご出席されるとおっしゃるのですか?」
茶菓子を皿に取り、ナディアの前に置いたマリーが口を挟んだ。
「まさかってなによ。いつもは「ぜひ、ご出席なさいませ~」とかって言うくせに」
小さめの蒸しパンに見える――マーラーカオという菓子――を口に運びながら、ナディアが憮然とした表情を作った。
「あ、もちろん、乗り気でいらっしゃるなら素晴らしいことだとは思いますが……」
言って、マリーは視線をラウルに遣った。
「もちろん、彼を同行させてもいいわよね?」
彼とは執事のラウルのことだ。
普段のやり取りからわざわざ固有名詞を上げずとも、通じている。
「え、ええ……」
「マリーがOKだって言ってるから、是非同行お願いね?」
ナディアの台詞に対しラウルは「承知致しました」と、頷いた。
「でも、パーティーというには随分フランクな様子というか……プライベートビーチで……というのは、意外と申しますか……正装で、というわけではないのですよね……?」
「遊泳もお楽しみいただけます、って書いてあるわね。水着、新調しなくっちゃ」
招待状の雰囲気も
ゆえに、格式ばったものではなく、本当に楽しめそうなイベントだと予想がついた。
「⁉ み、みみみみ、水着? そんな、お嬢様が人前で肌を晒すなど! あってはならないことです! 言語道断ですわ!」
顔を真っ赤にしたマリーが、ばん、とテーブルを叩いた。
食器類が一瞬跳ね、お茶が零れないようにナディアがティーカップをキャッチする要領で持ち上げた。
「じゃあ、どうやって泳げっていうのよ」
「水遊びなど必要ですか? 景色を楽しんだり、食事やお茶、お話などをお楽しみになられたりすることで充分ではないですか?」
「せっかく海に行くのに、どうしてわざわざ陸でもやれることだけをやるのよ? わたしは海に入って遊びたいわ。ねえ? そう思わない?」
同意を求められたラウルは、答えに窮した。
「そう……ですね」
マリーからは「余計なことを言うな」という凄みを感じ、ナディアからは「わたしが
まさに板挟み状態というか、どっちに賛同してもやりづらくなるため、意見を言えない状況にあった。
――どちらでもいいが、
「でしたら、お断りなさればいいですわ。どのみち、コミュ障のお嬢様はこういったイベントは苦手でいらっしゃいますでしょう?」
コミュ障というところを強調しながら、マリーは意図的に棘のある言い方をした。
都心の富豪ではなく、ピカン・シティを取り仕切っているハン会長の招待するイベントというのが、どうも引っ掛かるようだ。
「またコミュ障って言ったわね……。残念だけど、これは断れないの」
お茶を飲み干したナディアは、カップをソーサーに戻した。
「何故、ですか?」
「個人的に借りがあるのよ。ハン会長に」
言って、ナディアがラウルを見た。
ラウルが硬直気味に姿勢をただし、頷く。
「借り?」
「そ。お願いを聞いてもらう代わりに、次回開催するパーティーに参加してくれって言われちゃった」
――つまり、絵を借りるのと引き換えにパーティー参加を承諾した、ということになるのか?
ナディアはルオ家の令嬢でありながら、ピカン・シティを仕切っているスマイル・ハン・カンパニーの長であるハン会長との接点はほぼなかった。
だが、彼の主催する展覧会の絵を執事であるラウルが気に入ったことで、それを譲ってほしいと申し出たのだ。
大事な絵画を譲ることはできないが、レンタルは出来る――今回のそれは、その交換条件としてのパーティーなのだ。
――責任の一端は俺にもある……と。
「そんなわけだから、早速水着、見に行きましょう。ラウル、お供してね?」
「は、はい」
恨みがましい視線を向けてくるマリーを尻目に、ラウルはそそくさと車の鍵を取りに向かった。