初めて来た殺魔の商人ギルドは真ん中に階段があった。古代文明時代には動く階段だったと言われるそれはわりとどの國でも見られるもので、天結も何度か見たことがあるものだ。
それ以外はすこーんと抜けただだっ広い空間なのだが、ただ何もないのではなく、整然と並べられたパーテーションにいろんな人がたむろしていた。
どうやらパーテーションは掲示板の役割を担っているようでいくつもの張り紙がしてあるし、パーテーションの右上に何に関する掲示板なのかがわかるように表記がしてある。
どうやらここの掲示板でほしい人とあげたい人をマッチングさせる他の場所らしい。
「いらっしゃいませ。こちらははじめてでしょうか?ご案内いたします。」
しげしげと周囲観察していたので初めて来た利用者というのがわかったのだろう。受付嬢といった感じの兎獣人がよってきた。
「こんにちは。えっと……。移住登録をしたいんですが。」
「それなら2階の受付で対応しております。 」
そう言ってにこやかに手のひらを階段へと向けた。
中央の階段は獣人が二人ギリギリ並べる程度の幅でとても離合できそうにはない。そのため階段は上り用と下り用で別れている。これはどの國も共通なので、使い方はしっている。
人波に乗るようにして天結は2階へと向かった。
2階も同じように上の階への階段が互い違いのようにかかっている。何階まであるのか気になるところではあるが今日の目的はそれではない。
上がりきってふと見れば天井から下げられた書類看板に手続きは右、交換手続きは左と二段に分けてわかりやすく書かれている。
今回は入国と移動手続きなので右に進むとかうんたーがあって、獣人が3人並んで揃いの服を着用している。
「いらっしゃいせ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「入国手続きと移住手続きをお願いします。」
入國に関しては詰め所でもされているとは思うが、騎士団と商人ギルドが連携しているとは限らないし両者のパワーバランスは國や街でだいぶ違うのでやってて損はないのだ。
「畏まりました。」
にこやかに対応してくれるのは白亥のお嬢さんだ。なんかいいことありそつだな。と思いつつ身分証を渡した。
受け取った受付嬢はひっくり返すとこれでもかと目を見開きおどろきの表情を見せた。それもそうだろう。天結の通行証裏はこれまでの出入りした國がびっしりと記載されて昨日殺魔を記録してもらったのでもう書き込む余地は存在しない。
身分証裏に記載する時は国を跨ぐ移動だけなので行商や吟遊詩人以外は大抵の者は更新することはないので、長く旅をしてきた天結は珍しいタイプだ。だからこその受付嬢の驚きである。まして天結は若者なのでなおさらだ。
「こちらも更新いたしましょうか?」
旅の目的地は殺魔なのでこれ以上移動する予定はない。なので必要ないとは思いつつも念の為頷いておく。
入國、移動、更新の為に書類を3枚書き受付嬢に渡すとしばらく待つように云われたので待合用の椅子に座りつつも階段挟んで反対側の受付の様子を眺める。
あちらは物々交換専用のようで、数が多いし赤と黒とに別れていて赤の受付はものを持ってきて書類を書きものを渡して紙だけ持って去っていく人。逆に紙だけ渡してものを受け取る人がいる。つまり物を預けるのと引き出すためのカウンターらしい。
一方の黒い受付は紙と物を持ってきて確認してもらうと受付嬢といっしょに上の階に移動している。次に降りてきたときは荷物が変わっているので物々交換用のカウンターということだろう。
商人ギルドが預金を預かるシステムと似ている。
「しっかり経済が回ってる。」
当たり前の話なのに当たり前じゃないことがここで起こっている。
天結の中で常識の崩壊が始まったのは言うまでもない。
そうして時間を潰しているうちに名前を呼ばれたので受付屁と足を向ける。
「おまたせしました。手続き終了いたしましたのでご確認ください。こちらは古い身分証です偽造防止のため四つ角に穴が開いております。保管にはご注意ください。こちらが新しい身分証になります。」
言葉と共に受付に置かれる新旧の身分証を確認して頷き礼を述べると受付嬢もニコっと笑う。
「すいません、一つ聞きたいのですが……。」
「はい。何でしょう。」
「永住希望なのですが、物件はどこに問い合わせれば良いでしょうか?」
「場所はお決まりですか?」
「いえ、その候補を扱ってる人を……。」
何やら会話がおかしい。
しばし二人で見つめ合う。何だこの時間。
「あ、あぁ〜!」
すると受付嬢が何か合点がいったように声を上げた。
「えっとですね、殺魔では不動産?というのはありません。」
「え?」
家って不動産じゃないの?とよくわからない質問をしたくなる。
「殺魔では住むのも出ていくのも自由です。棲む場所が決まったら保安上の問題で騎士団に届けを出してもらうのと、他國からの手紙や荷物の関係で届けを出してもらいます。」
自由とはなんだ。
と、よくわからない哲学みたいになりそうな天結である。
「先に誰か住んでいる場所でなければどこに住んでも個人の自由です。所有権?は個人にありません。全ては神々の物に我々が住まわせて貰ってると殺魔では考えるので人同士で売買とかはないんです。誰かに迷惑かけないようならどこに住んでも自由です。」
「そんなんでいいんですか?」
「もちろん。ただ……住めるようにするのも全部自分ではありますが。」
そこまで聞いて天結はようやく合点がいった。女将に永住希望と言ったときに「決まってから時間がかかる」といったりゆうがここにあると理解したのだ。
つまり気に入った土地があって先に誰も住んでいないなら勝手に住み着いてもいいが、原っぱ生活するわけにいかないから家を建てなければいけない。つまり、家が立つまで引っ越しできないし、前文明の廃墟を再利用にしても内装、家具、水周りの確認が必要となるのでやはりここに決まったからはいどうぞ。とはいかないのだ。
一人で準備するわけにはいかないので友人知人に頼みたくはあるが、昨日他國から来た天結にはこの地に友人と呼べる人は居ないし、家を建てるなんて職人じみたことできるはずもない。
よそならば不動産屋が専門の業者と連携し家を整え賃貸か販売のかたちで住みたい人取引する。
これは住むのに時間がかかるのは仕方がないというものだ。
昨日女将の言っていた「住むのに時間がかかる」の場面が頭の中を何度もリフレインする天結であった。
「ゲシュタルト崩壊だぁぁ〜〜〜!」