ひとまずその場は言葉を飲み込んで了解の旨を伝えれば、住む場所と目処が立てば騎士団と商業ギルドの今いる窓口に申請に来て欲しいと言われ、それにもうなずきを返してから商人ギルドを出た。
1階の物々交換掲示板にどんな者があるか気になったので見ていきたいところではあるが、次は冒険者ギルドにいかねばならない。
基本的に天結の活動は画家を主軸にしているものの、画家として絵を描くためには画材が必要になる。ただ見て飾るだけなら一般に売られる紙と絵の具に少しの筆記用具ですむが、天結の能力を活かすためには紙や画材から自分で作る必要がある。
そのためには冒険者に登録して自分で材料を取りに行くついでに採取依頼のいくつかをこなして小銭稼ぎをしていた。
ただ採取に行くだけなら個人で好きに動いてもいい。しかし冒険者ギルドに登録するのはそれなりにメリットがある。まずは國と國と跨ぐ際の公正な身分証ができること。これは商人ギルドでも同じものを発行してくれるし、天結は敢えてこちらを使用している。
それから身分証を持っている者の行方捜索システム。これまた商人ギルドでもあるが、これに関しては商人ギルドだと一度冒険者ギルドに依頼を出すので時間がかかるのと依頼者または身元責任者に手数料がかかるのだが、冒険者は同業の吉見とか、組合というのがあって行方不明や死亡に際して身内に手厚い保証をしてくれるシステムがあるのだ。
まぁ、天結はその手厚いシステムを故郷の身内に享受させるつもりは全く無いので商人ギルドの身分証を積極的に使っているし、番が見つかった暁にはさっさと登録の変更をして冒険者ギルドの身分証に切り替えてしまおうと思っている。
そして一番のメリットは探索完了していない魔窟に入れることである。
この世界には魔窟と言われる魔物もしくは魔物の巣窟地点がある。これらはまだ詳しく解明されていないのでそれこそ真相は神のみぞ知る。といったところだろうが、現文明人では解明出来ていないのでそうだろうといことで話が進んでいる。
ダンジョンは現実の空間とは切り離されたといか考えられない空間に多様な環境が生成される。例えば殺魔は亜熱帯に近い通常地なので雪が降ったりしないし、寒冷地域にいるような魔物はいないし植生もまたしたり。つまりその地域の何かが欲しいときはそこまで遠征するか貿易するしかない。
しかし、魔窟は常識が通用しない異常発生地なのでその空間内に普段ではお目にかかれない気候や地域の動植物が発生するため採取、魔物素材などは早い者勝ちとなる。
魔窟は発見が報告されると定期的な騎士の探索、もしくは冒険者による冒険の末にダンジョンボスと呼ばれる魔物が討伐されるまでは危険地帯として一般人は立入禁止となる。
つまり、攻略組が前線でボス攻略に挑んでいる間にすでに安全がある程度確保されいる場所の採取が可能なのが冒険者なのである。一般への開放までに入手困難な物で荒稼ぎしてしまおうってことである。
なおこういう冒険者のことを魔窟頭の攻略組に対してハイエナ組という。
苦労せずに前線組のおこぼれにあずかっているという意味で使うらしいが、余計なお世話である。立ち回りは個人の自由だと思っている天結はそういった名称は特に気にしてなどいないが、中にはそう言って冒険者同士で下げ落としたりといったこともあり酒の席では定番の議論としてどのパーティも一度は議論するところである。
今の所天結は誰かと一緒に魔窟にはいる予定がないのでそういった議論を熱く展開することないのが多少残念でならない。
そして最後のメリットそれは採取や魔物討伐の際に土地ものち主への了承確認をいちいちしなくていいということだ。他國だとどんな山も野っ原もその土地の持ち主が個人だったりギルドだったり公共機関だったりと所有者がいてその所有地で採取や討伐は所有者への立ち入り許可が必要となる。
所有者の許可なしに採取すれば窃盗とされることもあるのでうっかりではすまないのだ。
なので冒険者はどこになにをしにいくのかおおよその届け出と完了届けが必要となる。なお、当然だが取り尽くしなど以ての外である。
素材だけを冒険者から購入する方法もなくはないが、色によっては足元を見られかねない素材もあるし、薬として利用するわけじゃないので求める質の基準が変わる。それを理解して採取してきてもらうにはいちいち説明するのも面倒なのである。そんなわけで素材を自分で揃えて画材を制作する天結にとって冒険者登録は必須なのだ。
そんなわけで、殺魔で生きていくならば冒険者ギルドでの移動届けは欠かすわけにいかない。
詰め所でもらった地図を頼りに角を曲がり曲がって辿り着いたのはこれまた大きな建物だった。やはり1階は商人ギルド同様に素材交換や依頼のための掲示板がメインで手続きは2階となっていたが、とにかく一つのフロアが広い。
もしもスタンピードが起こったってこれだけ広ければ関係者を全員入れて一回で伝達も済んでしまいそうだ。なんてちょっと違うことを思いながら階段を目指していて、ふと1人の人物に目が吸い寄せられた。
黒い毛並みに白く長い髪からは黒い耳と白い短い角。ばちりとあった視線のもとは金色の瞳をした牛族の女性。
「あ。」
相手も何か思ったのだろうか。天結と同じく「あ。」と口を開いたがこちらに半身を向けたところで誰か知り合いに話しかけられ、天結は天結で人混みに遮られて再び同じ場所を見たときにはその女性はもういなかった。
それは一瞬の出来事で普通ならすぐに忘れてしまう出来事だった。