目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第16話 再び

 冒険者ギルドに訪れて移住の手続きは終わった。


 頭の中でもしや。と思いつつも試しに受付で採取における申請や許可が必要か聞いてみたら、とてもとても不思議そうな顔をされてしまった。


 つまりそういうことだろう。


 さすがの天結もだんだんわかってきた。


 殺魔の人々は金銭の感覚がない。ということは金銭価値と所有の概念がない。


 自分の持ち物はあるが必要以上に何かを持つことはしない。だから人と物を交換しても手放すことが惜しくならないし、自分が作ったり採取したものが誰かの役に立つというだけで喜びになるのだ。


 一番に必要なのは生きる上での衣食住とそれに必要なスキル。その次に大事にしているのは周囲に喜ばれる生き甲斐。明日に自分が生きているかどうかもわからないのだ。大切なものやりたいことがシンプルで自分が納得さえできるのなら他人がつける経済レート(価値観)なんて視界にないのだ。


 だからこそ全ては神の采配であり恵みで誰か1人のものなんてことはなく、みんなのものなのでわざわざ人間同士の許可なんていらないのである。


 手続きなどは利便性の上で必要だからやってるだけ。他國から「足並み揃えてくれよ、頼むから!」みたいな外交されたからこっちに有利な条件押し出すためにやってやってるだけ。


 別になくても困らない。


 それが辺境の向こう、秘境すら超えて魔境の殺魔。それが他國からの評価である。


 名のある氏族は300年前により良い土地を求めて北上し、権力争いの中枢も土地の取り合いと共に北上した。かつて立ち去った土地に執着するものは少なく、また物理的距離がある分他國からの鑑賞は少ない。


 ギルドに関する殺魔への干渉も友好國である日向が公益の際に不便だからと再三忠告したにも関わらず「なんでそうんな面倒なことを」と放置し続けた結果、日向が兄弟國である大和に泣きつき「大和に従う」という古の約束を盾にされたので仕方なく設置した次第である。


 なので、蓋を開ければ殺魔は殺魔。他でのルールと同じとはならないのである。


 そんなこんなで天結は加速していくこれまでの常識崩壊に頭を抱えながら冒険者ギルドを去ることになった。




 殺魔に来て数日。


 「歩き回ることからは解放されたと思ったのに。」


 好きなところに住めばいい。そう言われてすぐに決められる人はどれほどいるだろうか。もらった地図を頼りにいろいろな場所を見て回ったがここぞって言う場所が見つからない。


 日当たりはいいけど建物が脆そうとか、建物はいいけど周りが狭くて食料確保が難しいとか。土地が広いけど周りに店がないなど。


 ここ数日でわかった殺魔のことの一つが貨幣経済がなくても商売は成り立つことだった。


 天結は基本的に自炊ができない。


 修行中はもらえるものだけで満足するようにしてたし食べ物が欲しいときは修行とかこつけて山に入って木の実を探した。旅の間は絵で稼いで宿泊と食べるものに使って自分で作ることはなかったこともあり自炊できない。湯を沸かすとか煮るとか焼くはできるがそれだけだし、自分じゃそれ以上のことはできないと自覚もあつので料理という分野に手を出そうと思えないのである。


 今の所問題なくやって行けているのは宿で朝晩のご飯を出してもらえるからだ。それでも昼過ぎには小腹が空くので何かないかと見ていれば子供がは野菜を1個抱えてどこかに入ってく。


 商売気がないのか看板も宣伝文句もないただの建物だが人はちらほら出入りしてるしとが開け閉めするたびに食べ物の匂いがするから食べ物屋なのだろう。 すこしたつと両手が空いた子供が出てきた。


 その話を女将にすると食事と材料の交換だと言っていた。技術を持っている人が作れない人のかわりにやってあげる代わりに材料を多めにもらうということらしい。


 それで成り立つものなのかぁ。とも思ったが、さすがは客商売。女将が子守に使ったあの絵がご婦人方のなかで評判になり小さな絵が続々売れるようになった。


 売れるという言い方は語弊があるが、絵を求める人が増えて代わりにいつかの食事だったり、家が決まったとに必要となる物を持ってくるだったり。


 そんなわけで貨幣がなくても経済は回るものなんだと目で見て実際体感した。


 今日も今日とて売れた絵の代わりを描こうとしたら絵の具と紙が切れそうなので昼のうちに材料の確保に動こうとした次第である。


 家探しに加えて材料探しで今日も歩き回っている。


 天結の使う絵の具の多くは鉱物ではなく植物由来のものが多い。野山に分け入ってその土地tで取れる植物由来で作るので入手は困らないが季節でだいぶ色の偏りが出るのは仕方ない。


 下を向きながら歩いていると頭の上にポフンとふって着地した。


 「あびぃちゃん、なにかいいもの見つけた?」


 両手を差し出せば頭の上からひらりと降りてきてころんと乗っかる。抹茶色ベースのマーブル模様まん丸毛玉のあびぃちゃんである。


 何かを指し示すように体を上に伸ばしたあとに一定方向に曲げて「あっちあっち」と示しているような気がする。なにせ泣かない歩かない絵画生物あびぃちゃんなので何を伝えたいのか正確にはわからないが、なんとなくそういってるのかな?程度に書いた本人の天結は捉えている。


 ボディランゲージをしてまで何かを伝えてくることはなかなかないことなので、示されたままに藪を避けて歩いていく。


 「何があるの?」


 問うたことで答えなどはないがついついはなしかけてしまう。


 ところがあびぃちゃんは天結の肩に乗ったままでなんのサインも示さない。


 暫く歩いて何もないので一度引き返そうかと思ったとき、視界がぽっかり開けてちょっとした広場のような陽の光が差し込む場所に辿り着いた。その広場も真ん中にすっと背筋が伸びたように目線の高さまで伸びた茎の花に目が留まる。


 「オニゴロシの花?」


 光るように抜ける白い花はラッパのように開いていて中には黄緑の花粉が特徴の可憐な花だがそのいかつい名前はの由来はその昔美しい村娘が恐ろしい鬼に求婚されたが過去に姉を生贄にされた娘は頑として首を立てに振らず金銀財宝を鬼が持ってこようと相手にしなかった。そこで業を煮やした鬼は無理やり連れ去ってしまうが、娘は神通力で指一般触れさせはしなかった。家に帰れないと覚悟した娘は毎日天に祈りとうとう神通力で自身を花へと姿を変えてしまい、その花から漂う花粉で鬼を退治した。という逸話からついた名前である。


 花粉ごときというものもいるが毎年花の季節になると花粉でうまく呼吸ができなくて死にそうって人を何度か見ているのであながちなくはないんだろうと思っている。


 その凛とした佇まいを見ればそういった逸話がつくのも頷ける美しさだ。


 そしてもちろん絵の具の白として使える。ただしこの花扱いが難しい。採取から1時間以内に処理してしまわねば変色を起こして黄土色になる上に輝きを失うのである。


 ここから宿まで全力で走って処理をするのに間に合うかどうか。


 場所だけ把握して準備ができてからまたくるか。だがその頃に人に取られたり枯れたりしては元も子もない。どうしたものかと思案していたとき、視界の向こう側がガサガサと揺れた。


 魔物か!?


 と瞬間身を固くしたが魔物のような凶悪で指すような気配はない。


 「あ。」


 互いに見つめ合った先。


 黒い毛並みに白く長い髪からは黒い耳と白い短い角。ばちりとあった視線のもとは金色の瞳をした牛族の女性。冒険者ギルドで視線を交わしたあの人だった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?