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第19話 いいえ、趣味です

 住居申請と入國手数料の労働のため騎士団を訪れた天結であったが、緊張状態でそれどころではなかった。


 何故か館内を歩き回る騎士たちがこちらを一様に見ている。ひどいものは用事もないのに近くをウロウロしている。暇なのか?向こうのやつはさっき通り過ぎたのにもう戻ってきた。しかもこれで4回目だ。


 「それで住まいはどちらに?」


 目の前のハスキーに問われて視線を戻す。


 「ご紹介頂いた宿のそばです。ちょうど良さそうな建物があったので。」


 「あの夫婦のそばなら安心ですね。」


 何故か心底ホッとされてしまった。そんなに危うい小娘に見えていたんだろうか?と疑問に感じつつも紹介してくれたことには感謝しているので礼を述べる。


 「はい!ご紹介いただいてありがとうございました。今もお世話になっていてとてもよくしていただいてます。子だぬきちゃんもかわいいしごはんもおいしいし。宿を出入りするたびに必ず声掛けしてもらえてもう家族みたいで。」


 「家族……?」


 「はい。実家は別でありますが、なんだか家族のように接してもらってて毎日とても嬉しいです。」


 話題の中心なので自然と狸夫婦を思い出して頬が緩む。


 「家族、声掛け……そうですか。」


 なぜかしょんぼりされてしまい慌てて新しい話題を探してもらった地図を出す。


 「えっと、ここです。このおうちの雰囲気とお庭が可愛かったんです。」


 宿のそば一点を指で抑える。表通りからは入った位置にはなるが広い通りがそばにあるし、そんなに不便な位置ではない。


 廃墟ではあったが店舗権住居の3階建てで屋上には小屋まであったので小さな菜園くらいならできそうな感じだった。1人で住むには3階建ては大きいかとも思うがすぐに使わないなら手入れはあとでもいいし、使えるようになったら物置にでもしてしまえばいい。


 「絵を飾ったり保管できそうな部屋もあってとても気に入ってて今から整備するのが楽しみなんです。1人で整えるのはやったことがないので不安だったんですが女将さんが得意な人を紹介してくれるって……。」


 「紹介!?」


 絵を描く技術を持っている天結でも、流石に建物の修復は門外漢である。


 ならば然るべき人物を頼るのは仕方がないというものなのだが、なぜか騎士は驚きと同時に目に見えて狼狽えだすので天結は不思議に思う。


 「あー。書類提出に際して建物の強度などの確認をしたいので立ち会ってもらえるだろうか。」


 騎士の言葉に天結は二つ返事で了承を示した。他國でも新築物件は設計図やら配管やらと色々審査があるのでさつまでも何らかの確認はあるだろうと納得したのである。


  「では作業が終わり昼食を挟んでから午後に確認をしよう。天結も早い方が作業に障りがないだろう。」


 前回会ったときに呼び捨てで呼んでほしいといったのは自分であったがこうもすんなり異性に名を呼ばれるとちょっと照れる。ましてふわりと微笑みを向けるのだから騎士服と相まって見惚れないものはいないだろう。


 「そ、そうですね。そうして頂けるとありがたいです。」


 真っ直ぐ見つめ返すのは恥ずかしくて、出された書面に竹筆で記入しているとふと一枚の紙に辞書のようなものが置いてある。


 「これ……。龍体文字ですか?」


 「凄いな。見ただけでわかるのか?」


 それは大和國の一部で使われる難解文字で書体にだいぶ癖があるのが面白くて、暫くその地域に滞在していた天結である。もちろん読める。


 「旅の間に大和にも行きました。その時に一部地域でこの文字が使用されていて特徴的な形が面白くて暫く現地の人に教えてもらってました。」


 「では、これは訳せるか?細かいニュアンスがわからず困っていた。」


 「私が見ても大丈夫ですか?」


 差し出された書面を直視しないように気をつけて受け取りつつ、本当に見ても問題ないものなのか確認をしてみる。 


 「問題ない。」


 「そうですか。」


 翻訳を頼んでる時点で一般人が見ても問題ないのだろうとわかっていても、後で何か言われてはいけないので念の為である。


 「食物アレルギーの確認ですね。……同行者に1人生物アレルギーの方がいるので滞在中の食事は生食を出さないことはもちろん動物の乳製品は必ず加熱したものを使用してほしいそうです。また、卵も同様でそのままでは食べると湿疹の原因になるとのことです。穀物のアレルギーは無いため穀物に関しては通常の扱いで良いそうです。」


 「なるほど、過熱か。動物の乳を燃やすとは一体どんな料理だと関係者が頭をひねっていたんだ。」


 「あ〜。火を表す文字は解釈が難しいですよね。」


 「助かった。」


 「いえ、お役に立ててよかったです。」


 訳した内容を別の紙に書き留めると、藤は近くにいた騎士を呼ぶ。


 「すまない、これを厨房長に持っていってくれ。」


 呼ばれた男は書類を受取つつもじぃっと視線は天結を捉えている。何かやらかしているだろうかとヒヤヒヤしていると藤が咳払いをすると男は去っていった。


 「部下のしつけがなっていなくて申し訳ない。」


 「いえ、珍しい毛色なのは自覚してますから。」


 「私は綺麗な色だと思うが。」


 間髪入れずに返ってきて天結は目を丸くした。


 「そ、そうですか。」


 旅の中で何度変な色、変わっていると言われたことか。褒められることなどなかなかないので意外すぎた呆気にとられてしまった。それなのに男は嬉しそうに笑むのだから困ってしまう。


 そんな2人の空気をぶち壊すようにそっと寄ってくるものがいた。


 「あの〜龍体文字が読めるならこの本のここの部分を呼んでもらえませんか?」


 「自分もここを訳してほしいです。」


 「すみません、筑紫文字は読めますか?」


 「お前たち……。」


 騎士たちが持っているのはそれぞれ本である。禁書でもない限りは問題ないだろうとあたりをつけた天結ではあるが、ここでの身の振り方を部外者である自分の一存で決めるわけにはいかない。


 「えっと、筑紫島の文字は全てわかると思います。それから大倭島の西側も大体わかります。あとは阿比留文字と阿波文字までならわかります。」


 「は?」


 「え、お嬢さんは言語学者さまですか?」


 「いえ違います。」


 趣味です。とはいい出せそうにない。


呆気に取られる藤をよそに騎士たちは黙って縦に並び列を作り始める。


 「えっと。私は構いませんが……。」


 そっと見上げれば男は一瞬視線を外して思案していた。


 「許可する。天結、すまないが騎士たちのわがままに少し付き合って欲しい。」


 「もちろんです。」


 「お願いします!ここです。」


 藤からの許可が出た途端に列の先頭にいる男が臙脂色の表紙の本を見せてきた。


 内容はどうも武術指南書のようだった。


 「これは……やれることをやれるようにやっているだけでは、限界はすぐにおとずれる。ですね。言い回しがややこしいですね。」


 そう言って伝えると天結の横に座った藤が翻訳をさらさらと殺魔文字に書き起こして渡している。


 「ありがとうございます!」


 騎士は本と翻訳した紙を受け取ると深々頭を下げて列の先頭から外れる。


 「次!」


 「お願いします!」


 藤の合図に次の騎士が進み出て今度は深緑が表紙の本を渡され、翻訳して欲しい部分を指す。気がつけば列は1人減ったはずなのに5人に増えている。


 「えっと……三角で入身し、丸く捌いて四角に収める。天は丸く地は四角い。」


 「なるほど形を言っているのですね!ありがとうございます!」


 晴れやかに立ち去る騎士の一方で、慣れない武術書に何だこれ?となりつつも隣の藤は至ってまじめに書き綴るのでそういうものかと思いふと列に目を向ける。


 3人が本を持って来ていた。さっき1人翻訳してあげたのに列は5人に増えている。今更に1人翻訳が終わって列を見れば8人に増えている。


 ひき算って何だっけ?


 翻訳しても翻訳しても列は一向に減るどころかどんどん伸びている。幻覚でも目の錯覚でもない。伸びてる確実に。もう通路の向こうまで伸びてて最後尾は見えないし、なんなら騎士の制服と違う服を着ている人も何人かいた。


 どうなってんの?


 「天結、大変申し訳なんだが。」


 「はい。ちょっと薄々感じています。」


 「どうにも収集がつかない状況になってしまったので、入国手数料の一回目の労働はここに並んでいる者たちの翻訳作業で頼む。」


 「わかりました。」


 これが労働としてカウントされるなら天結としては願ったりかなったりである。


 基本的に絵を描いてばかりなので体力にはそれほど自信がないので、どんな労働を申し付けられるか緊張していた。苦役ではないと事前に聞いていたので鞭打たれながら石を運ぶなど馬鹿げたことはないと思いつつも文化の違うところに来たのだから労働の基準も違うだろうと思っていたのだ。


 労働は労働でも体を動かさない頭脳労働まして文字に関することなら得意だ。


 正午になると騎士団の時報の鐘が鳴るらしいので、それが鳴るまでもしくは列がなくなるまでで良い。とのことだったので天結は気合を入れる。


 「はい!次の方〜!」


 騎士団員ではない上に小型種である豆柴獣人。まして隣に大柄のハスキー種の騎士が座っていることもあって割増に小さく見える天結は騎士たちからかなり好感が持てたようだった。ある中年の騎士はお礼だ、と言って小さな焼き菓子をくれた。


 天結も甘いものが好きな女子である。遠慮はしたものの、好意だとわかっているから安心して無邪気に受け取ったものだからさぁ、大変。


 翻訳終わりにお菓子を上げると幼女(に見える)から満面の笑顔でお礼を言われる。とあってお菓子持参の2回目に並ぶ者も現れ始めて列は門の方まで伸びて関所を通過していく人々が何事かと騒いでいたことなど天結は知る由もなかった。


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