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第20話 え、番ってまじですか?

  狛犬東郷藤右衛門視点


 1日の仕事が終わって業務日報を書きながら何度も手が止まりその手元をじっと見つめる。


 その日朝から落ち着かない原因はわかった。


 肥後を経由してやってきたという旅人の少女。ほんのり植物と脂の混ざる匂いもした。以前統治王いさはや様の護衛で他國に赴いた際にも嗅いだことがある。絵を描くために使われていた絵の具の匂い。


 そして、それ以上に香る瑞々しくも甘い水密桃。


 好奇心を隠そうともしない淡い花紺青の瞳はクリンと大きく、長いまつげに覆われてふと伏し目がちになるとそれが影を落として大人の色香が漂う。


 瑠璃色のキャスケットからピンと立った耳は小柄な体と相まって小さくて愛らしかったし、感情を隠そうとしない柴犬種特有の上に来るんと丸まった尻尾が何科をみつけるたびにふわふわ揺れて、殺魔を楽しんでいることが見て取れた。


 ふたつに分けて編み込まれた長い髪は毛づやが良くて柔らかそうだ。これだけ伸ばしているということは髪長族なのだろう。ならば機嫌を損ねることがないよう丁寧に扱わねば。嫌われてしまいような事態は避けたい。


 関所の手続きを終えて立ち去る彼女に名残惜しさを感じた。分けた髪の向こうからちらつく後ろ首が細くて、その流れるようなうなじに噛みつきたい衝動にかられる。


 噛みつきたい……?


 うなじを……?


 いやいや。まさか。


 さっさと日誌を記入し引き出しにしまうと今度は紙を取り出し、さらさらと記入をしていく。報告書とは違いこれに関しては手が止まることはない。隊員の顔と名前はほぼ把握しているし、何より不躾に見つめた奴らだ。容赦するつもりはない。


 紙に書かれたなまえが2枚半になったところで手を止めて騎士団総団長のところへ足を向ける。


 「団長、失礼します。」


 「おう!東郷どうした。」


 「明日集団稽古をつけます。朝市でこのリストの隊員を昼に中庭へ集まるよう指示をお願いします。」


 「あ、お前の稽古は統治王いさはや様の指南役について以来久しぶりだな!どれどれ……。いいんじゃないか?でもなんでこのメンツにしたんだ?特別問題を起こしているわけでもなければ最近話題にされるようなタイプでもねぇし。」


 「そうですね……。特に問題者ではなかったと記憶しています。」


 かといって優秀者でもないが。


 むしろいま態度が悪いのは自分かもしれない。リストアップした奴らが彼女を無遠慮に見ていたのを思い出すと鼻先にシワが寄る。


 「おあ?お前が感情をむき出しにすると珍し……。お前……。や、俺はいいぞ?団でも1、2を争う腕前のお前が稽古をつけるっていうんだから。でもな?いくら自分の番を凝視されたからって毎回こんな事してるとお前も身が持たんだろう。」


 「え……?」


 「あの子なんだろう?お前の番。どいつもこいつも暇だよなぁ。わざわざ人様の番見に行く……やっぱ、なしだ。俺も自分の番を不躾に見られたと思ったら……。」


 ちなみに総団長はハクトウワシの獣人だ。一生涯パートナーを変えない一夫一妻の種族だ。


 「任せとけ。誰1人逃げれないようにしてやる。」


 なにか思うことがあるのか黒い笑顔がなんか嫌。


 ってか、まって、本当に待って。あんた今なんて言いました?


 番?番なの!?あの子俺の番!?


 思わずマズルを掴んで固まってしまう。


「にしても良かったな!遅咲きとはいえ番が見つかって……ってどうした?」


 「や、え。番……?」


 「おう!みんなお前が朝から落ち着き無いから出会いの日に間違いないって浮足立っててよぉ。ま、無事に見つかってよかったじゃねぇか。おめでとう。」


 「あ…りがとう、ございます。」


 え?


 は?


 本当に?


 番ってもっとお互いが惹きあってとか何かあるんじゃ……。


 どうにか例だけは述べてその場を離れ、そのまま帰路につく。


 番?俺の?


 たしかにそう言われればシックリくる。ずっと一緒にいたいし、できれば連れ帰ってしまいたい。なんなら早に閉じ込めて自分だけ見ててほしい。


 これだけ見れば確かに犬獣人が番に見せる独占欲だ。だが、向こうは?


 何も反応してなかった。成獣でなければ番の判別は難しいと言うのはわかるが、彼女は15を超えた立派な女性だった。


 つまり番に気づかないはずはない。


 だが、彼女から番を見つけたようなリアクションは清々しいほどなかった。


 だからといって今日接した異性で番だと思えるような人物はいない。


 この歳まで番に出会えずにいたせいでそういう器官が鈍っているんだろうか。


 なんてことを考えているうちに自宅についてしまった。結論はまだ出ない。だというのに玄関扉を開ければ珍しく家族や使用人が集まっている。


 何事だ?


 「ただ今戻りました。……全員揃ってどうしました?何かありましたか?」


 なんと両親までいる。


 「何かも何も、お前の帰りを待っていたんじゃないか。」


 なぜか呆れたような長兄の物言いに納得いかないが、そんな自分の様子などお構い無しで背後をのぞき込んでくる。


 「で?お前のお姫様は?まさか見せなくなくて隠してるじゃないよな?」


 「いえ、私1人ですが。」


 鼻先にシワを寄せたく鳴るのを堪えつつそっけなく答えると何故か長兄だけでなく全員が唖然としてこちらを見る。


 だからなんなんだ。


 はっきり言えば俺だってあの人を連れて帰りたかった。囲い込んでしまいたいとは思う。だが犬獣人としてそれは許されない。多くの種族はそうだがパートナーの決定権はメスにあってオスが単独で判断して囲うとそれはただの誘拐監禁事件である。


 まして犬獣人はメスが発情期になってオスに触れて誘発しない限りその権利はもらえないし、自分が運命を感じていても相手が認めなければ一生童貞待ったなしなのだ。


 え、待って。俺このままだと童貞コースとかありえる?


 そこは断固拒否したい所存である。


 「今朝の様子だと間違いなく番が近くに来た証拠だと思ったんだが……。今日初対面で何か感じた者はいなかったのか?」


 「そ、れは……。」


 いた。間違いなくいたが……。


 日頃軍人らしくハキハキ喋る自分が歯切れの悪いものだから何か事情がると気づいたらしい。ひとまずその話はあとにしてこのまま皆で食事にしようということになり食堂になだれ込む。


 それぞれ席について今朝狩ってきた肉が綺麗に着られ赤々としたそれが大皿の上で花を咲かせてテーブルに並んでいた。


 「焼肉……ですか。」


 狛犬家伝統祝料理……とまではいかないが、なにかちょっとしためでたいことがあると大抵我が家は焼肉を用意するのが定番である。


 「いあやぁ、てっきり今夜はお前が番を見つけてくるとばかり信じて疑わなかったからな!」


 「長年連れ合いを見つけられなかった弟につがいをみつけられたとなったらついな。つい。」


 長兄に続いて次兄までこれで、使用人達にはすっと目を背けられた。


 兄2人は成人前に番をみつけ、番の成人と共に結婚しそのまま蜜月に突入した。弟もすでに番をみつけていて、今は相手の成人待ち。あちらの意向で同居はしていないが、弟は朝に晩にと足繁く通っていてお相手は番とわからずとも信頼関係を築けているようで、定期的に我が家に来ては弟自ら世話を焼いている次第である。


 なんだろうこの敗北感。


 仕方ないだろう。


 そんなこんなで微妙な空気を晴らすべく俺の番祝の会改め、次こそ見つかるといいねの会と称し焼肉は続行された。まぁ、自分としても肉は好きだし甥姪が大いに喜んでいるので異存はないが、会の名前には不服が残るもののここでそれを言い出すと空気が悪くなることは目に見えているので敢えて黙ることにした。



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