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第21話 だって初めてだし


 狛犬東郷藤右衛門視点


 1日の報告も兼ねている夕食はジュージューと肉の焼ける音と共に始まった。何たちの仕事ぶりと弟の学業や武道の成果、使用人達の申し送りや甥姪の今日の過ごした様子など和やかに話題が流れていく中でふと視線が自分に集まっているのを感じる。


 やはり気になるのか。これは何か話さねば収集はつかないと諦めの境地と半ばヤケクソな思いで今日の報告を行うがあえて天結については触れない。俺だって待っだよく知らないのに話してやるのはもったいない気がしたからだ。


 「ところで兄上、今日他國からの移住希望者で身元引受人を小犬族当主としている者がいました。何かご存知ありませんか?」


 「小犬族の当主……。思い当たらなくはないが、何という名だ?家門は?」


 「小柴と。」


 「小柴……。聞き覚えがない。父上はいかがです?」


 話題を向けられたおやじ殿が膝の姪に小さく切った肉を口に放おってからこちらを見る。


 「いや、私もないな。だが別の名で思い当たる節がある。もしかしたら家門が分化した可能性もあるから私から小犬尊に問い合わせておく。」


 尊とは各氏族を束ねる長のことである。犬族だけでも大犬、小犬と分化されていて我が家は大犬の家門である。けして大型犬、小型犬の分類ではなく、もともとは2人の兄弟がそれぞれ家門を立ち上げ尊となったことから始まっている。


 尊の下には八十以上の家門が連なっていて氏族全体の人数は計り知れない。


 「よろしくお願いします。」


 父の言葉に頭を下げれば次兄が何故か食いついてくる。


 「その小犬尊を身元引受人っていったのはどんなやつなんだ?」


 どんな。と、言われ昼に見た天結の姿を思い出す。


 好奇心に満ちた眼は甥姪よりも輝いていてくるくる変わる表情は可愛かった。和犬種の尻尾は丸まってて可愛いと女子供からは定評があることは知っていたが、あの尻尾がこんなに愛くるしいなんて知らなかった。内側の白い毛がチラつくのもまた可愛い。


 「そう、ですね……。豆柴種の女性で……。」


 サラサラ揺れる前髪の間からちらつくまろ眉も愛嬌があって可愛らしかったし、編み込まれた長い髪は艷やかで美しかった。


 「髪長族で……。駿河からやってきたと。」


 「駿河?なぜ駿河なんだ?大和なら心当たりもあるというものだが……。」


 酒の入ったグラスをゆらゆら回しながらおやじ殿が何か考え始める。


 「大和ですか?そういえばあちらは代替わりでだいぶ頭の痛いことになっているとか……?」


 「あ〜。そんな話もあるな。」


 「あちらから今度使節団と称して今後を見てほしいと託宣を聞きに来るそうですよ。」


 「お前そんな情報流していいのか?」


 「兄上が悪用するとは思えませんがね。第一それこそが我々の仕事でしょうに。」


 自分の話を聞きながら真面目な長兄は少したじろぐ。そのうちハゲるんじゃなかろうか。


 「というかお前自覚ないのか?」


 「藤兄さんのそんな顔初めてみました。」


 「そんな……?」


 「その女性の話をしてる時は藤の目尻が下がってた。」


 「口角も上がってたぞ。」


 「は?えっ!?」


 慌ててマズルを抑えたり頬を持ち上げてみるも後の祭り。


 「これはあたりじゃないか?」


 「誰がどう見たってそうだろう。」


 親父殿と料理長まで言い始める。使用人含めみんな犬族なのでこういう変なとこで団結力を発揮する。非常にやめていただきたい。


 まぁ、良き伴侶を迎えた諸先輩方がそう言うならそうなのかもしれないが。


 「ちなみに……。」


 「お、なんだ?何でも聞いてみろ。」


 「奥方たちはその時どういった反応をしてくるんですか?」


 そんなにわかりやすい反応をするんだろうか?


 「そうだな。その時の反応は個々の性格にもよるが、必ず共通するのは互いに目が離せなくなることと、身体的接触をしなければそれが治らないことだな。」


 話題が話題なだけに幼子の前でどれくらいの質問までなら許されるか考えつつもいつになく饒舌な兄弟たちとその伴侶の気配を探りながら純粋な疑問を投げかける。


 「身体的接触……。それはどの程度のものでしょうか?」


 「そうだな……私の時はハグをしたな。雪と視線があって雪の方から近寄ってくれてじっと見つめられたから触れることを許されたのかと思って思わずハグをしたな。」


 とは長兄の言。ゆっくりと天井を見上げ懐かしむような物言いなのになぜかはにかんでるところが絶妙に気持ち悪い。と思うのは同じ男兄弟として切磋琢磨してた帰還が長いせいだろう。たぶん。


 「俺の時は近づいたのは俺の方だったな。近づいたのはいいものの手をだしていいかわからなくて動けずにいたら鈴花がそっと手を繋いでくれたんだ。」


 にかっと笑う次兄があまりにもはっきり言うもんだからとの隣に座っている嫁の鈴花殿は下を向いてしまった。次兄は基本的に考えるより本能が走るタイプである。その兄が動けなくなるとは……。


 鈴花殿は元々内気でおとなしいタイプだからそういう表現になったのだろうか。


 「うちの嫁御たちは随分としとやかだったんだな……。」


 若干失礼とも取られ枯かねない親父殿の顔を見れば純粋に驚いた顔をしているので悪気はないんだろう。


 「桃香と俺ん時は気づいたらもう目の前に飛び込んできてて驚いたのと番から目が離せないのとでとまどう暇もなく落とさないように抱きとめたら頬ずりされるわ、首の匂いかがれるわ匂いつけられるわで……。」


 「まぁ、御義母様過激〜!」


 「素敵です。」


 なぜか嫁殿たちと母上がきゃいきゃいと盛り上がり始めた。


 「それは、髪を触るも身体的な接触に含まれますか?」


 自分の質問に何故か女性陣が会話をピタリととめてじぃっとこっちを見る。


 「髪を触る……。ちょっと微妙だな。」


 「頭を撫でるではなく?」


 「正確には手袋越しで髪触れて布に包んだだけです。身体的接触と言えるようなことはそれっくらいでしたが……。」


 言葉をすすめるほど何故か女性陣の目はチベット砂狐種のようななんとも言えない呆れ顔に変わってしまった。


 「流石にそれは身体的接触と言うには無理がないか?」


 「そうですか、私もそう思います。」


 「そう思うってお前……。」


 女性陣に続いて呆れた顔の長兄。


 「ですが彼女との接触はそれだけです。そもそも彼女は自分に対して番を見つけたような反応はありませんでした。」


 「はぁ!?藤がこれでもかって反応してんのにぃ?」


 「犬科獣人で番を間違えるなんてことがあるんでしょうか?」


 「聞いたこと無いが……。」


 長兄の疑問に答える形で親父殿が首をひねる。


 「相手の女性が番がわからないとか?」


 「いやいやいや。ないないない。風邪で鼻詰まってたって番の匂いはわかるんあだからそんなことになるはずがない。」


 「いっそ直接確認できればいいんだが。」


 「直接って番でもない一度あっただけの男の家にホイホイついてくるとは思えないですけどね。」


 「というかそれって知人ですらありませんよ。まず友人になって距離を縮めることから始めませんと。」


 「そうですね。普通に考えて一度あっただけの騎士に自分のかゾックにあって欲しいなんて言われたら恐怖でしかありませんよね?しかもその方旅してきたってことは殺魔に家族はおろか友人すらいない状態では?そんな中でのお誘いなんて……。」


 「私なら警戒するわね。」


 兄弟どころかその奥方たちまで好き放題言い出す始末。


 番かどうかの真意は置いておくとして、1人異國にいる彼女のことを思うとまずは気のしれた友人に鳴ってみるのはいい考えのような気がした。




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