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第23話 卵焼きで全てがわかる


 翻訳待ちの長い長い列は昼になっても途絶えることはなく、天結は貰ったお菓子が小山になってるのを見て本当にもらっていいのかと冷静に考える。が、まぁ貰ったものは返すわけにもいかないのでありがたく頂戴しよう。ということで普段はスケッチブックしか入れないバッグに一時的にとしてお菓子を入れる。


 「では行きましょうか。」


 お菓子を全部しまったタイミングで狛犬東郷藤右衛門から声がかけられる。


 「はい。」


 返事をしてから席を立ち椅子を机に入れてなんとなく一礼すると、来た時は2人しかいなかった2席向かい合わせにつけられた机の列は満員になっていて、会釈をかえす人やこちらに手を振ったりと様々だ。


 なんとなく手をふr返すのは憚られたので、浅い会釈だけして先に歩きだしてしまった藤右衛門を追いかける。


 今朝の話では午後から検査をすると言っていたが、一度解散して午後に現地待ち合わせなのか、一緒に昼食を挟むのかがわからなくて様子を伺えば、正面の大門を過ぎたあたりで藤右衛門がこちらを振り向いた。


 「さて、これから食事に行こうと思うのですが何か食べたいものはありますか?逆に苦手なものがあれば避けますが。」


 天結は殺魔に来てまだ日が浅い。恐らくだが「どの店にしますか」とは聞かなかったので多くの店をまだ知らずどこがおすすめなどと会話を広げられないということに気遣ったのだろう。とその小さな心遣いが嬉しくなる。ならばここは下手に何でもいいなどと言ってはいけないと判断して考える。


 「特に食べたいものは無いですが、きのこは苦手です。あと辛いものやしょっぱいものは得意じゃありません。」


 「甘めの味は問題ない?」


 「はい!むしろ好きかもしれません。あ、でも食事のおかずに果物が混ざってるのはちょっと苦手です。」


 「ちょっと?」


 「ちょっと……少し。」


 「少し……?」


 「すいません、あんまり好きじゃないです。」


 ただの確認で聞き返したであろう言葉になぜかちょっと自分を誤魔化してる気がして確認されるたびに言動を変えてしまう。


 「ふっ……ふはっ!」


 「す、すみません。」


 なんではじめから好きじゃないって言わなかったのか、自分でもよくわからないまま観念したようにそういえば藤右衛門は堪えきれなかったのか吹き出して笑う。なんだかいたたまれなくてつい謝ってしまった天結である。


 「いや、誰でも苦手なものはあるし、教えてもらうほうが私は店が決めやすいからありがたい。……そうだな、一つ言うなら芋のサラダに入ったりんごはシャリシャリとして食感もいいし、味のアクセントにもなるからいいと思うし同じ理由で干した武道が入っているものも好きだ。グニグニとした食感も面白いと思う。」


 「そういうものですか?私はむしろそれが見が手です。」


 「たしかにこういった話は好みが分かれると思う。騎士団でも食べ物の好みではよく話題に登るが、その好みが良い悪いではなくてなぜそう思うのか如何してそいういう結論に至ったのか意見の交換をすることのほうが私は大事だと思う。」


 「意見の交換ですか?」


 「そうだ。存外自分のことはわかっているようで案外それを言葉にするのは難しい。だが自分を正しく表現できなければ相手に誤解されて無用の諍いが起きる。余計な恨みや禍根は自分を苦しめるしめぐり回れば家族にも害が及ぶ。玉もまた然りで相手の意見を正しく汲み取ることは難しいから何がいいかどうかではなくて意見を交わすことが大事なのだと私は思う。」


 これまで家族とは稀薄で修行をともにしていた同性ですら蹴落とし合いをしていた天結にとって、自分の行動がどこに影響を及ぼすなどという考えはなかった。行動の全てが自分の興味関心が基本で、会話とは自分の興味を満足させる情報を聞き出す手段か、気に入らない相手を貶める手段としか思っていなかった。


 後者に至ってはほぼ受ける側であった天結にとって会話とは面倒なものと言う意識が大きい。旅をする中で会話のずべ手が攻撃されるものでは無いというの体感していたが、それでも街に住まう者にとっていつかいなくなる旅人の天結に向けられるのは見知らぬ他人への警戒か、良くても当たり障りのない上辺のもので相互理解を深めようというものではなかった。


 だからこそ正面から向けられるその考え方に衝撃を覚えた。天結の苦手なものに対し否定するのでも馬鹿にするのでもなくて藤右衛門が天結を理解するために会話をしたいと言っているのだから。


 「そうですか。」


 家族ですら天結に歩み寄って理解をしようとするものはいなかったし、殺伐とした人間関係ではなおさらそうだった。暑いていた妹は幼さ故に自己主張はあっても天結を知ろうとする会話など起きようはずもない。


 これがコミュニケーションというやつか。と半ば他人事のように思いつつも自分を素人努力してくれる姿に戸惑いつつもおもばゆく感じる。


 「ちなみに新人が入ってくるとよく質問するのは卵焼きの味付けは何がいいか。だな。」


 少しおどけたように喋る藤右衛門を見上げて天結はキョトンとする。


 「卵焼きですか?」


 「朝食の定番で当たり前の料理だが、だからこそ各家庭で味付けが違ってそれまで自分の知っているものが当たり前だと思っていたのがそうではなかったと気づくのもおもしろい。新しいやつがはいるたびに新しい発見もある。」


 「新しい発見ですか?」


 「たとえば私は塩味でネギを入れたものが好きなんだが、隊員の中には砂糖を多めにした甘いものが好きだというものがいたことに最初は驚いた。私には甘い卵焼きは菓子のように感じる。」


 「たしかに甘いのは焼き菓子にも似ているかもしれませんね。」


 「だから米に合わせるのは違和感がる。大体は塩か砂糖かで別れるんだがたまに醤油というものもいる。塩とは味付けが違うということで第三勢力などと言う奴らもいる。」


 「卵焼きで派閥ですか?」


 なんでそんなことで派閥までできるのか。


 「そうなってくると今度は中に大葉を入れて大根おろしと醤油をかけるというやつまで出てくるんだ。」


 同じ醤油を使うから第三勢力に分布されるかと思いきや混ぜるのとかけるのでは意味が違うし、大根おろしがあるのが前提だから同じにするな。として別派閥になるらしい。


 ちなみに藤右衛門の塩にネギは塩派の中では割と歓迎される調理方法らしくて塩派のネギ派閥として内部分派なのだと笑う。


 「天結は卵焼きなら何味が好きなんだ?」


 あえて多様な意見があって少数派の意見も面白いと先に提示することで天結が喋りやすくしていることに好感を覚えつつ、旅の中で地域によっていろんな味があったな。と思い出す。


 「そうですね……旅の中でいろんな味がたしかにありましたが、個人的には砂糖で甘めの味付けにした卵でチーズを巻いたものが好きです。甘いのとしょっぱいのもいいしチーズが溶けて伸びるのも好きです。」


 「チーズか……。卵焼きでは食べたことがないな。今度試してみよう。」


 頭ごなしに否定するのではなくまずは試してみようとする姿勢も好感が持てる。頭上から向けられる微笑みが力強く、こういう人に部下がついていくのだろうと天結は見上げた。


 「そうだな……天結は麺は好きだろうか?」


 「はい!旅先でもどこの国にいっても必ず食べていました。」


 「それなら良かった。私も好きなんだ。」


 そういっていくつかの角を曲がって辿り着いたのは黒い暖簾がある建物。なんで黒なんだろう。他國だと大抵のラーメン屋は赤い暖簾に黒い文字だったなと天結はひとりごちた。





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