「はぁ〜うんまぁ。たまらん。」
騎士団での入國料代わりの奉仕活動を行ったあと、藤右衛門につれてきてもらったラーメン屋で天結は目を輝かせて一息で麺をすすり、今度は半熟卵に麺をからめてひとすすり。
「大変失礼かと思いますが、これは騎士のみんさんが店にしろっていうのも納得です。趣味でたまになんて言わずにずっと食べたい。」
「だろ?騎士の奴らは夜呑んだ締めにここに食べにくるんだ。」
まるで自分が褒められたように喜んで藤右衛門もラーメンをすする。
「おかげさんで俺は毎日寝不足だよ。」
「おまけにコイツが退団したから同期の俺が繰り上がって見事今のちいについたってわけだ。」
「あのなぁ、俺が辞めたからって繰り上がりでなるわけ無いだろう。お前ずっと声かかってたのにむししてたじゃねぇか。第一俺が辞めたあとだって散々のらりくらりと逃げ回ってただろう。隊長ここに何度も来て愚痴ってたぞ。」
「いや、どう考えても器じゃないだろう。武芸以外何もできないのに。」
ポンポンと繰り広げられる会話に何かを言えるわけでもないのでただ天結はラーメンを啜りながらその様子に仲がいいなぁとぼんやり思う。
「天結ちゃんも聞いてよ!」
「え、あ、はい。」
「おい、気安く呼ぶな。」
「はぁ?狭量なやつだなぁ〜。あ、おれ牙瑠風ね。」
「小柴天結です。」
「じゃぁコッシーで!したの名前呼ぶとうるせぇやついるからな。」
にひっと笑う男はどこまでも陽気である。
「こいつさぁ、15のときから同年代では負け知らずで神童って呼ばれててさぁ。」
「そんなのただの社交辞令だろ。」
「これだもんなぁ。」
「12部隊全体でも5指に入る程の強さなんだけどさ、こいつは刀だけじゃなくて盾も弓も長物だって使える上に体術だって完璧でさぁ。」
「ただの器用貧乏なだけだよ。」
「な?こんな調子だからさぁ、やっかんでるやつがたまに嫌味言っても全然通じねぇから変に下から尊敬されちまっててさぁ。コイツが昇進しないのに上に立てませんって何人俺に泣きついてきたか。」
「大げさなんだよ。」
「これだもんなぁ。」
「……殺魔では鑑定しないんですか?」
『なにそれ。』
「おぅ。」
重なった2人の声に天結は箸を止めて、口にしていた麺をちゅるんと口に納めた。
「どこの國でもあるってわけじゃないんですが、前文明遺跡から発見される遺物の特定条件を満たすと鑑定という機能が使えるらしいです。何でも個人の生まれ持った能力や適性職業が見れるんです。私も子供の頃に一度見てもらったことがあります。」
見てもらったというか見させられたというほうが正しいのだが。駿河での修行時代6歳になると女子は皆必ず受けさせられる。その時に鑑定された能力で強さの順位が決まり、能力によっては真名がつけられることもある。
「大体は子供の頃に受けさせてその適性職業に合わせて将来を決めます。有力貴族にもなれば一族の後継者をその鑑定結果を重視するところもありました。」
「そもそも殺魔は他國のような職業意識がないからなぁ。」
何かを考えるように顎を撫でながら言うのは牙瑠風である。この様子だと彼も他國に出たことがあるのだろう。
「物々交換で流通しているからですか?」
「まぁ、それもあるかもしれないが、そもそも殺魔は専門職っていしきがないんだ。」
肩をすくめて狼はのたまう。
「殺魔の住人はみんな自分を百姓だと誇っているから何か一つの仕事を専門でしようなんて思わないんだよなぁ。かくいう俺だってこの店は生活しててやること無いときとか気分が向いた時に開けてるだけだし。」
「そうなんですか?」
百姓といえば他國ではだいたい農家のことをさすので殺魔の人はみんな農家なのか?と疑問が湧く。そもそもこのあたりに住んでいる人がみんな農家ならそこらじゅう畑のはずだが今の所天結はそれらしいものを見たことがない。
「あれ?でも騎士は職業ですよね?」
「あれもほぼ趣味だよなぁ?」
「まぁ、そういう側面が強いかもしれんな。」
おいおい現役騎士がそんなこと言っていいのか。
「だいたい騎士団にいるやつはイサハヤの人柄に惹かれて何か力になりたいっってやつか、魔物から家族を守るために力をつけたいやつが集まって魔物の警戒してるついでに街の見守りしてたのがいつの間にかわかりやすいように騎士って名称をつけただけだしなぁ。」
「入団試験とかは?」
「ない。くるもの拒まずさるもの追わず。ただ有事の際に優先して招集かけれるように登録名簿があるってだけだな。制服はすぐ見てわかって便利だからって理由なだけで、騎士団通いが1年続けば誰でももらえる。」
そんなんでいいのか殺魔。
それはもはや消防団なのでは?と内心思ってしまう天結である。
「そんなものでいいんですか。」
「流石にイサハヤやタケルと身近にいるのはそういう騎士じゃなくて幼少期から即金教育されたものが補佐につくけどな。」
「他所から来た天結には珍しいのかもしれないが、基本今日明日生きていければ先のことは考えたって仕方ないっていう考えが基本にあるからな。」
「今日を食うために食料を確保したら残りの時間は生活で不足していることを補う。それも終わったらあとは自由に好きに過ごす。生活で何を不足しているかはその時の状況で変わる。例えば家具が壊れたとか、服が足りないとかそういったものも基本的に全て自分でどうにかする。」
「全部を1人でですか?」
「そう。だから1人で100の役割をこなすから百姓。もちろん得意不得意があるから得意な人に先生になってもらって習ったり、礼を用意して手伝ってもらうこともあるが、基本自分で何でもこなすから専門の職人とか職業が必要ない。」
そのお礼すら食事だったり食材なのだから貨幣経済が発展しようがないのも仕方がないのである。
「つまり、騎士も百姓の一環であり趣味ってことですか?」
「まぁ、騎士団にいて武芸を仕込んでもらえたら魔物を倒せて家族を守れる上に肉も手に入る。革や骨は衣服や建材にもなるから無駄がない。」
まさかの脳筋発想だった。
「そう、なんですね。」
「ちなみに天結の適性職業は何なんだ?」
「私は玩具職人です。」
『玩具職人!?』
とはいっても、祖父による幼少期の修行のせいで玩具職人のレベルが上がって今は上位互換の技巧師へとランクアップしているので、職業を教えても構わないだろう。
「はい。物造り職人の最低辺職業と言われてます。」
「さいていへん……。」
天結は最底辺などと表現するが、正しくは基礎職という。どんな上級職も基本なくして成し得ないのだから。
「私の職は遊び心が発動源ですけど……。」
話しながらもしっかりラーメンを食べ終わった天結は腰に下げた小さな鞄から小さな絵を一枚取り出しその表面に神通力を流す。
紙の表面にポコポコと水が湧き出て水溜りが小さな池になると水の中から手のひらサイズの龍が水面を割って飛び出して天井まで昇り上がると一鳴きした。
するともくもくと雲が湧き出すと雨が降り虹がかかり龍が虹に寄り添うと虹は龍となり二頭で螺旋を描きながら降下して池へと姿を消してしまった。後には何事もなかったように二頭の龍が寄り添う絵だけがあった。
「私の絵は玩具職人の能力が発揮されてるんです。」
「もしかして今婦人会で流行ってる絵の出処コッシー!?」
「流行ってるかどうかはわかりませんが、たしかに最近ご婦人方から絵の依頼を貰ってます。」
「なぁなぁ。それってまだ頼める?うちの嫁さんも1枚貰ったんだが効果切れちまってさぁ。もう一枚ほしいんだが伝がなくて困ってたんだ。」
「これで良ければすぐお渡しできますが……。」
「いいのか!」
あまりに前のめりな牙瑠風に驚きつつも、すぐに貰えるならそれに越したことはない。ということで替わりに絵が使える間はいつでもラーメンを食べに来ていいということで話がまとまり互いに貸借帳を交わすのだった。