牙瑠風の店で昼食を済ませ、天結と藤右衛門は天結の居住予定地に向かって歩いていた。
「さっき話していた鑑定の話なんだが。」
「はい。」
「殺魔でも探せば見つかるだろうか?」
「恐らく。でも殺魔はそれを必要としなかったから探さなかったのでは?」
「まぁ、それはそうかもしれないが……。単純に自分は何か気にならないか?」
「まぁ、その気持ちはわからなくもないです。」
「どうにかこっそり見れないかなぁ。」
「あの、一回見たとしても成長や環境によって変化することもあるのでいつでも正しいとは限りません。」
「そうなのか?」
「はい。まだそのあたりに関してははっきりしていなくてよその國では専門の学者がいるくらいまだよくわかっていないようです。」
「つまり鑑定という物自体が歴史が浅いのか。」
「というより貴重なものだったので上流一族の後継者選定などの儀式の道具として使われていたので神聖視されていて民間には出回らなかったんです。ところがその鑑定できる……神器?がダンジョンから発見されてしまったことで状況が変わりました。冒険者協会が能力を特定して少しでも伸び幅が大きく強い冒険者を増やそうとしました。」
「伸び幅が大きい?」
「鑑定には職業の他にもその人がどんな能力を持っているか、どんな神の守護を得ているかがわかります。その能力を極めていくと他の人より習得や成長が早くて、まぁ、簡単にいうと人より強くなれる。ってことですね。それもあって特性を極めたい専門の職人とか職業が一般化していったんだと思います。昔は職業は家系で定められていた國が多いので。」
「家系で定められているって自分で選べいのはつまらなさそうだな。それに比べると鑑定は便利そうだ。」
「はい。なのでダンジョン攻略や魔物退治をしてほしい行政の思惑と強くなりたいという冒険者の心理が噛み合って今鑑定に関する研究が進んでいます。」
「なるほど。」
「でも、さっき教えてもらった殺魔の百姓の考えでいくとたぶん得意不得意程度の認識で済まされちゃいそうですよね。」
「まぁ受け入れられはするだろうが……。」
「ただ便利だねぇ〜で終わりそうですね。」
はははははは〜と二人で笑う。今日も天気がいいなくらいのさわやかさで。
「完成度が低くていいなら簡単な鑑定できますよ。」
ぴちちちちちち〜と小鳥が飛んでいく。春が近いかもしれない。
「は?そんな能力があるのか?」
「私にはそんな能力生えてないですねぇ。」
「は、はえ……?」
「いえ、そういう能力の人がいるのは確認されています。ただ鑑定の神器ほど完璧な人はまだ発見されてないです。」
「じゃぁ、どうやって?」
「これです。」
そういってごそごそ出したのは両手を広げたくらいの大きさの絵。
紙のど真ん中には一枚の鏡とその後ろに鉾と前に玉璽が一つずつ。
「これが神器?」
「私が受けたのはそうですね。何度も描いて実験しましたが、これらが3つ揃わないと効果がありませんでした。」
「そういうものか。」
出した絵の表面を撫でてから天結はじぃっと藤右衛門を見上げる。
「鑑定は基本的に人に見せません。見られたくない結果が出てしまったりすることもあるので文字の理解できない幼児の鑑定に保護者が立ち会うだけで、識字が終わったら子供だろうと結果は1人で確認します。」
そこで区切ってからまだじぃっと見つめる。
「なるほど?」
「せいぜい見せるなら伴侶だけです。でなければ自分の弱点を晒してします結果になることもあるので。でも私のこれはあくまで神器の劣化版で、私の遊び心からできた産物なので結果が私しか見れません。それを伝えることしかできません。それでもやりますか?」
鑑定の結果が全て本当とは限らない。殺魔に鑑定の神器が無い以上それが本当なのかの確認すらできない。辻占程度にしかならない。それでもリスクは伴う。
「もちろん結果は誰にもいいません。」
「それはもちろん信用してるが。」
ポロっと出たであろう藤右衛門の言葉に天結は目を半眼にする。
「あの、自分でいうのも何ですがまだ2回しか会ったことのない人間をそんなに信用して大丈夫ですか?」
「もちろん誰にでもそうするわけではないが、天結は大丈夫だと思える。伊達に歳を取っているわけでもないからな。人を見る目はある。どうしたらいい?」
ちょうどタイミングよく居住予定の建物の前に来た。
「ちょうどついたので中でしましょうか。流石に道端では憚られます。」
「わかった。」
門をくぐって左と庭を横切った奥にもう一つ扉がある。
「そっちはギャラリー兼お店にしようと思ってるんです。ちょっと離れてますけど玄関はこっちです。まだちょっと掃除しただけで改装らしい改装はしていないんですけど。」
そう言って玄関をあける。
外観よりも奥行きがあって、入ってすぐは開けた空間で左がすぐキッチンになっている。キッチンの横には扉が一つあってその扉はギャラリーにする予定の部屋に繋がっている。
「外観のふるさからして中も相当かと思ったがずいぶん綺麗だな。」
「本当ですか?頑張ったかいがありました!下水をどうしていいかわからなくて水を使うの躊躇ってしまって。」
「あぁ、それは不便だな。一部の場所だと勝手に浄化されることもあるがそれは珍しいケースだし、こういう場所なら浄化されるっていうのは殺魔でもわかってない。使ってみて浄化されたら運がいい程度の感覚だからな。」
「そうなんですか?」
「さつま路の入り口がそうだろう?どこの入り口でも必ずってわけではない。」
「そうなんですね。じゃぁ、普通はどうしてるんですか?」
「大体はスライムと呼ばれる魔物を捕まえてきて排水場所に置いとく。」
「スライムってつるんとプルンとして酸を履く魔物ですよね?」
「ああ。あれを1匹捕まえて奥場所に合う大きさに切って置いとく。あいつらは何でも溶かして食べるから餌がもらえると学習したらそのまま居着く。」
「スライムですか……。」
「捕まえたことは?」
「ありません。」
「それなら……鑑定してもらう礼にスライムを捕まえてくるというのはどうだろう?」
思わぬ申し出に天結が驚く。鑑定は単純に面白そうだから聞いてみたが誰かに試すのは初めてだったから絵にかいた神器の欠陥を忘れていたのだ。
「私は願ったりかなったりですけどいいんですか?」
「もちろん。スライムなんてちょっと街から出ればどこにでもいるしコツさえ掴めれば子供でも捕まえられる。そんなことで鑑定してもらえるなら運がいい。」
笑顔でそう言われてしまうと天結としてもうなずくしかない。貸借帳を交わして、先程の絵に神通力を流すと絵に描かれた道具が出てくる。
そのうちの鉾の柄を藤右衛門に向ける。
「神通力を鉾にのせてこの鏡に刺してください。」
「わかった。」
言われるままに鉾を構えた藤右衛門は天結が両手で持っている鏡の鏡面に突き出した。動作に加えて神通力を載せていることもあり普通なら天結が吹き飛ばされそうなものだが、鏡は全ての勢いごと何の反動もなくただ鉾を飲み込んだ。
それを見届けると天結は鏡面を自分に向けて鏡の真ん中に玉璽をそっと押し付けると鉾同様に鏡にズブズブと沈んでいく。
すると鏡から光がさして鏡面に文字が刻まれていく。
「職業が騎士、転職は芸能人……凄いですね。いくつの武術をされているんですか?」
鏡面の文字を追うことは辞めずに独り言のようにつぶやく。
「げいのうじん……。」
そこはかとなくこれなじゃない感を漂わせる藤右衛門に内心苦笑しつつも文字に集中していると、天結の足元に落ちたままのた白紙が燃え上がる。
「天結!」
とっさの判断で藤右衛門は天結の腕を取り、紙を踏みつける頃には灰になってしまっていて、怪我がないかどうかを確認する頃には天結の手から鏡もなくなっていた。
「大丈夫です。絵に受け止めきれない負担がかかるとこうして紙ごと燃えちゃうんです。」
いつものことなのか天結は慣れた様子で驚きもしていない。
「先ほど職業と天職と聞こえたが。」
「はい。職業は今その人が一番多く従事してる職業です。私だど画家と出ます。そして天職は生まれながらにして備わった能力です。」
「それがゲイノウジン?ゲイノウジンとは?」
「よく聞くのは容姿端麗であった人に多いです。」
「自分で言っててあれだが俺は人並みではなかろうか。」
確かに藤右衛門は毛並みがよく均整が整っているが絶世の美男子ではない。美丈夫ではあるが。
だが天結にはひとつ心当たりがある。天結自身がそうなのだがこのなんちゃって神器は欠陥が多いが一番の問題はランクアップしている項目が最後に表示されることだ。
最後に天結が正しい鑑定を受けたのは出雲だが、そこでは天結の天職は技工師(玩具職人の上位互換)と表示されていた。しかし、自分の絵でやってみると天職は玩具職人で最後の最後にぽつんと技工師とでてくる。なんじゃそら。と、思わなくもないが偽物なんてそんなものだろう。
そしてもう一つこの天職でありながら藤右衛門が周囲に一目置かれている理由。旅をしている時に大和から出雲へ向かう時に護衛を頼んだ男がいた。その男はたいそう強く相手が魔物だろうと人だろうとお構いなしの鉄壁無双の強さで自分の天職は武芸者だと言っていた。
恐らく藤右衛門の天職は芸能人でそれがランクアップして上位互換されて武芸者になったのではないかと推測するが、最後まで見れなかったのであくまで推測の域を出ない以上迂闊なことは言えない。
なにやら肩を落としている藤右衛門には悪いと思いつつも余計なことは言わないほうがいいだろう。
「修練能力に10以上の武道の名前がありました。凄いですね!」
ちなみに天結の修練能力は我流絵画、遊び心がくる。これは己が努力し反復し続けることで獲得できる能力である。
「そなのか?」
「以前聞いたことがありますが武術で五つ以上ある人は数えるほどしか見つかっていないって聞きました。」
脅威の数である。これだけでいかに彼が努力家なのかわかろうというものである。
「それから突発性能力がありましたが読んでる途中で燃えたので何かまではわかりません。」
「突発性能力とは?」
「原因はわかりません。ある日突然そういう項目で能力が増えるそうです。」
ちなみに天結突発性能力は具現化。本人はこれは玩具職人がランクアップしたタイミングで増えていたので、おそらく藤右衛門も天職がランクアップした時に生えたのだろうとは思うがそれ以上見れなかったのでなんとも言えない。
なんとなく落ちてしまっている肩をどう励ましていいかわからず藤右衛門を見上げる。
「すまない。せっかく見てもらっtたのに絵は燃えてしまうしこんな体たらくだし。」
「いえ、絵はまぁ、よくあることなので。」
「よく燃えるのか?」
おっと口が滑った。と焦る天結だがそんなことはお首にも出さずに肩をすくめる。
「人に渡しても大丈夫なものかそうでないか確認する時に負荷がかかりすぎるとたまに……。」
ということにしておこう。実際最近はそうでもないしと言い分けをかましつつ視線をそらす。
「怪我だけは気をつけてくれ。」
いたずらをした子供に言い聞かせるように藤右衛門は天結の頭をポンポンと撫でる。
「中をひと通り見てもいいだろうか?」
「はい。そういう検査ですよね。」
「ん!あぁ、そうだ。」
そういうと藤右衛門を先頭に2人は室内を歩き出した。
時折壁や柱を叩いたり押したり、水道から水が出るか、排水の様子などを見ているようだ。
「1階はダイニングとリビング、2階は作業場と寝室にして、3階は今の所物置かなって思ってます。」
「屋上に小屋も栽培スペースもあるから生活には困らなさそうだ。」
一通り回ってから藤右衛門はうなずく。
「これなら問題ない。排水は2階と3階に小厨や厠があるからスライムは2匹で事足りるだろう。問題がなさすぎて思ったより早く終わったから今からでもスライムは捕まえに行けるがどうする?」
どうすると言われて「じゃぁ、行ってこい」というわけにもいかないので、天結は頷く。
「私も行きます。今後のこともあるので捕まえ方を見ておきたいです。」
「ではいこうか。」
向けられた笑顔に頷いて、2人は中天からちょっとだけずれた太陽に見守られて家を出るのだった。