藤右衛門に案内されるままに関所とは反対側に向かって歩いていると大きな河にぶちあたった。河には前文明の石橋がかかっていたようだが長年放置されていたせいで真ん中から崩れていて、そのうえから人がやっと離合できる程度の木製の橋が掛かっている。
橋の手前は広場のような作りになっているが河から流れ込む水で浸水している。
「ここですか?」
「ああ。ここは定期的にスライムが湧く。まだ魔物を倒したことのない子供が狩りの練習に使ったりするが、スライム処理用の捕獲場にも使われる。ちょっとここでまっててくれ。」
そういうと上着を脱いでその辺の低木に引っ掛けると腰につけられた鞄から大太刀を引っこ抜いて方に担ぐとざぶざぶと広場に降りていってしまう。
今日は他に人影も見当たらないので近所の子供もスライム捕獲のものもいないようだった。
待っているということはここから動かなければ何をしていててもいいな。と曲解した天結は腰の鞄から鉛筆とスケッチブックを取り出しめくり、じっくり藤右衛門を観察することにした。
広場に降りると暫く周囲を見回ると植え込みの手前で足を止めると刀を鞘から抜くこともなく濃口のあたりを握ってスライムのつるんとした頭をバシンと叩いた。
するとスライムは口からピュッと液体を吐き出したが、それは藤右衛門には届くことなく水面に落ちるとジュッと音を立てただけで水に掻き消えてしまった。
それからも藤右衛門は数回スライムの頭を叩いて酸を吐き出さなくなったようで、スライムに寄っていってなんの戸惑いもなくむんずと鷲掴みにした。
「青か。」
スライムなので半透明ではあるが若干色が青みがかっているのが遠目の天結でもわかった。先程大太刀を出した腰の鞄から今度は鉄製の捕獲器を取り出すと、それにスライムを入れる。その姿はさながら夏休みの虫取り少年である。
先程から藤右衛門を観察していた天結はスケッチブックにいくつも藤右衛門のデッサンを走り書きしていたが、ふいにその端っこに線だけで身体に簡略化した犬の頭をかいでその細い身体にᎢシャツに短パン、麦わら帽子まで被せると虫取り網をもたせた。
「ふ、ふふ。」
思わず出た笑いを隠すように鼻先をスケッチブックに押し当てる。
「これは案外可愛いかもしれない。」
離れたところにいてもそこは獣人。うっかり聞こえてはいけないので誰に元ぢくことが内容唇だけでつぶやいた。
存外に気に入ってしまった天結は棒人間の少年が木のセミを虫取り網で叩いている所、でもセミに逃げられて恨めしそうに視線だけで追いかけている少年、虫取り網を立てて持ったまま地面にしゃがみこんでアリを観察している少年を描いたところで視線を上げると今度は赤いスライムを捕まえたところだった。
今度は虫取り少年の絵のしたに、棒人間の少年にTシャツじゃなくて簡略した騎士服を着せてスライムを片手で掴ませてみる。
藤右衛門の方をスケッチブック越しに見るとこちらに向かって振り向いたものの何かを発見したの過疎の足はすぐに止まり、地面の1か所をまた叩いている。
天結はなんとはなしに興が乗ったので今度はその騎士がしゃがんでスライムとにらめっこする騎士や遠くから鞘でスライムを叩く騎士も描いた。スケッチブック越しにちらりと再び藤右衛門を見ると紫半透明のスライムを捕獲しているところだった。
紫のスライムは旅をしていた天結も初めてみた。
スライムが3匹入った捕獲器を濃口を封している紐に結んで大太刀ごと担ぐと天結のもとに戻ってくる。
「紫のスライムなんた初めてみました。」
「そういう種類がいるのは知っていたが捕まえたのは私も初めてだ。」
「レアですか?」
「いや、この色自体は珍しいがスライムはあくまでスライムで素材としての特別な価値は無い。」
「あら、それは残念。でも綺麗ですね。」
「そうだな。まぁ珍しくはあるから面白いかと思ってな。戻ろうか。」
そういうと藤右衛門は上着を手に持って歩き出そうとして、ふと天結の手元を覗き込む。
いくつも描かれた犬獣人のデッサンの周りには犬頭の棒人間がたくさん描かれている。そういえば近所の子供が文字を覚えるための本にそんな落書きをしていて怒られているのを見たな。と遠い記憶で思い出す。
「もしかしてその棒人間も私か?」
「なんだか遠くから見てたらつい。」
「まぁ、虫子供の取りとスライム取りには既視感があるな。」
ふはっと笑う藤右衛門につられて天結も思わず笑ってしまう。
「昔弟を連れてきた時にそう思ったことがある。」
「弟さんがいるんですか?」
「ああ。男ばかりの5人兄弟で俺ま真ん中なんだ。」
「お兄さんもいるんですか。賑やかそうですね。」
「子供の頃は取っ組み合いの喧嘩もしたものだがな。今じゃ大人だし一番下の弟は霧島の氏族の学び舎に行って静かなものだ。」
「そういえば大犬族も小犬族も霧島が本拠地ですよね。」
「そうだな。」
「一度はそちらに行って帰郷の挨拶をとは思っているのですが。」
「人まずは住まいの件が落ち着いてからでいいんじゃないか?」
「そうですね。そうします。」
スケッチブックを鞄にしまうと帰路につく。
「天結は人物も描くんだな。」
「あまり得意ではないですが描くには書きますよ。」
「家族の肖像画を描いてもらいたいんだがどうだろう?」
「肖像画ですか?」
「昔一度描いてもらったきりで最近のものがないんだ。甥や姪も入れてやりたい。」
「何人ですか?」
「12人なんだが……。多いか?」
さすがの天結もその人数を一度に描くのは未知数である。せいぜい4人か5人までしか一つのキャンバスに描いたことがないのである。大きさも見当がつかない。
「描けなくは無いともいます。ただキャンパスが大きくなるし一度では描けないので順番にデッサンを描かせてもらってそれから制作になります。それに描く場所ができないと制作に取り掛かれないので家の完成を待ってから清書描きになりますから大分おまたせすることになりそうですが。」
「ああ、それはかまわない。時間も手間も取らせてしまうし……こちらとしても家の完成が早くなる方が助かる。毎日とまではいかないが、家が完成するまで手伝う。それがお礼ということではどうだろう?」
「なるほど……でも私も絵を描くための材料を集めたりがあるので毎日は家の整備とはいかなくて。」
「そうか大きな絵と慣れば材料や道具の消耗も激しいか……。ではその材料採取を手伝おう。全て請け負ってもいいがどんなものがいいのかわからないから天結が同行してもらえるといいんだが。」
「強くて地理にも明るい藤さんが同行してもらえるなら心強いですね!ではその条件でお願いします。紙については専門家に相談してから材料を探しに行きます。」
「わかった。では興は帰ったらスライムの設置と必要なものを相談しよう。」
「はい!よろしくお願いします。」
1人での作業には薄々限界を感じていた。元々あったものを運び出そうにも大きなものは叩き壊さなきゃ運べない。1階のものは庭に運び出して掃除をしたがそれだけだ。2階から上は手付かずだ。そんな中での助っ人は天の采配では!?と思いたくなる程にありがたい。
今までに経験のない絵の制作にはちょっと不安だがそれはそれで楽しみでもある。自分の限界を知るのはいつだってワクワクするのだ。