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第28話 困惑したいのは

  狛犬東郷藤右衛門視点


 麗らかな午後の日差しの中を白い鳥がどこかへ悠然と飛んでいく。すり抜けていく風は柔らかく、泉上都市殺魔らしく足元の水は熱くもなく冷たくもなく程よい温みに歩くたびにチャプチャプと耳に届く音が心地よい。


 手続き必要な検査とかこつけて(本当はそんな必要まったくないが)少しでも一緒にいられることが嬉しい。


 「さて、これから食事に行こうと思うのですが何か食べたいものはありますか?逆に苦手なものがあれば避けますが。」


 天結は殺魔に来てまだ日が浅い。好きな店など聞いたところでわからないのは明白でしかも他國から来たとなれば勝手すらもわからないだろうことは容易に想像できる。だからあえて好みをたずねてみた。


 「特に食べたいものは無いですが、きのこは苦手です。あと辛いものやしょっぱいものは得意じゃありません。」


 「甘めの味は問題ない?」


 「はい!むしろ好きかもしれません。あ、でも食事のおかずに果物が混ざってるのはちょっと苦手です。」


 「ちょっと?」


 「ちょっと……少し。」


 「少し……?」


 「すいません、あんまり好きじゃないです。」


 「ふっ……ふはっ!」


 「す、すみません。」


 かわいい。


 なんで食べ物の好き嫌いでそんなに誤魔化すんだろう。ちょっと必死になっているのも可愛いのに焦っている仕草も、コロコロ変わる表情も可愛くて愛おしい。


 他人から見ればそれはとてもどうでもいいことなんだと思う。実際自分が部下やなんとも思わない相手から言われても「あぁ、そうですか」で流してしまうような、なんてことない会話だ。


 だがそんな会話も大切でこの時間が嬉しい。


 パズルのピースを探して並べて繋げるような会話はとりとめもないのに互いを知るには不可欠なもの。だからこそこの時間がずっと続くことを願わずにはいられない。

 食の好みなど些細な事ではある。だがそれを彼女が気にしているというならその憂いを払ってやりたいと思うのは番として当然のことだろう。

 慌てたり恥じらったりする姿は可愛らしいが、追い詰めたいわけではない。


 耳に優しいアルトの声が言葉を一つ一つ丁寧に紡いでいく姿に自身の頬が紅潮するのがわかる。


 「ちなみに新人が入ってくるとよく質問するのは卵焼きの味付けは何がいいか。だな。」


 「卵焼きですか?」


 騎士団の食堂でよく見る光景を思い出しつつ、彼女の反応を見ながら言葉を紡いでいく。


 どうやら話題選びはよかったようで気はまぎれたらしい。先ほどまで曇りつつあった表情は晴れやかとなった。


 そのまま彼女を誘導して入ったのは一軒のラーメン店。


 かつての同期であり上司でもあった男がやっている店で、元々はやつが気の向いた時に材料があったら作るという、奇跡のようなタイミングに偶然居合わせて食べさせてもらった者たちが「こんなとこで魔物を倒してないでラーメン作ってくれ!」ということで有志で用意した店である。


 かくいう俺自身もその味に魅了されてねだった者の一人で、開店に当たりカウンターの一枚板を作るための木を探し切り出し乾燥させて磨き上げ寄贈した次第である。


 もちろん行くたびに材料の引き渡しは忘れない。


 このところちょっと忙しくて来てなかったこともあり俺自身も楽しみなわけだが、それは相手も同じだったのか店に入るなり狼とは思えない懐っこさで声を掛けられ、連れの存在に気づいた男はニマニマとこっちを見る。


 「マジかぁ〜!やったな!」


 「あ、いや……まぁ。」


 なにか期待をするようなまなざしを向けられるが、俺から何か言えることはない。自分が番だと感じている相手は自分のことをまったく意識していなないのがこれまでの様子と周囲からの教えで理解させられたからである。


 そんなことがあるのかと絶望しかないのに、こってりラーメンのにおいが充満した店内であっても甘く誘うような水蜜桃の香りに離れがたいのだから質が悪い。


 騎士団では天結が殺魔に入國した日から彼女が俺の番だという噂が出ている。ま、実際俺自身がそう自覚してしまった今なら、その噂のおかげで関係者は興味本位で眺めるだけで手を出す輩はいない。……と少しだけ安堵してるのもまた事実なわけで。


 まぁ、あの日不躾に天結を眺めたやつを後日呼び出し、鍛錬の名のもとに吊るし上げた。最初はなぜ呼ばれたのかわからなかった様子だった隊員たちであるが、通りかかったうちの副官が「人の番を不躾に見たりするから……。」と呟いたことで周囲は戦慄した(らしい)


 もちろん指南役を拝命している身としてイサハヤ様とその側近たちが最近弛んでいるという噂もあるので(という名目)しっかり吊る……鍛錬していただいたことも大きいと思われる。


 「お前……。気持ちはわからんでもないがデバガメ決めてる統治王様まで絞めたって?」


 「口の軽いやつがいるみたいだな。」


 「そう言ってやるな。氏族はもちろん騎士のやつだって長年お前に番が現れなくてどんな奴と出会うのか気になるんだろ。まぁ、かくいう俺もだけどぉ~。」


 にっと笑ってラーメンに夢中になっている天結をチラ見した男は何か言いたげである。舌打ちしたくなる気持ちをを抑えるために焼きめしをかき込む。


 「なんか思ってた様子と違うな?」


 「なにが?」


 気心知れた仲ともあり、つい口調が荒れてしまう。


 「なんかもっとこう初々しい感じなのかと思ったんだが……?」


 「言っとくが蜜月とかじゃないからな?」


 「は?なんで?だってお前……。」


 「おい、茶。」


 これ以上余計な事を言わせないために空になった急須を押し付ける。


 今彼女に俺が番と感じていることを悟られてバッサリ断られでもしたら目も当てられない。


 正直この状況に一番困惑しているのは自分である。


 イヌ科獣人の番に関してはほぼ本能で出会えばわかり、生涯そのパートナーだけを想い一生を添い遂げる。


 一方同じ番を持つ種族として鳥族がいるが、あちらはちょっと事情が違う。一度番った相手を生涯の唯一と定めて添い遂げるのは同じであるが、出会い方が違う。鳥族は主導権をメスが持っており求婚してくるオスの中から選び番うのである。


 犬種族でも大昔はメスに袖にされた者がいたらしいが近年そんな残念な者はいない。


 まさか数百年ぶりの残念男になるのだろうかとつい遠くを見るのは致し方ないというものだ。




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