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第30話 たぬきのお気に入り


 「おはようございます。」


 「天結ちゃんおはよう!」


 「おはようさん。」


 すっかり日課となったたぬき夫妻との挨拶をすると今度は事務室の奥に行って三つ子の様子を見に行く。


 旅籠の朝は早く、朝食の仕込みやら掃除やらしていると赤子用にとつけていた絵の幻はいつの間にか消えてしまい、最近寝返りを覚えた三つ子は気が付けばころころと転がって行ってしまう。と女将に相談を受けたため、自分の神通力を流せば親和性が高く、また神通力の力も強いので持続時間も長いから自分が補充すると申し出たのである。


 三つ子たちは毎朝顔を見せる天結の顔と匂いをすっかり覚えたようで、様子を見に行く時三回に一回は起きているが特になくこともなく、玩具を動かす人としてなつかれている。


 三つ子の中でも男の子のポンは特に懐いていて、たとえ寝ていても天結の匂いに反応するのか、のそのそ起き出してキョトキョトと周囲を見渡して天結を見つけるとにぱぁとタレ目に見える模様を広げて笑い両手を差し出すのだ。


 小上がりになった畳を囲うように立てられた柵を跨いで中に入り、ポンのリクエストに応えるようにその首後ろを支えて抱き上げる。


 ひとまずお尻をぽんぽん叩いても重さも反発もないし匂いもしないのでオシメの心配はなさそうだ。


 「おっきしたの?ん?」


 ポンの顔を覗き込みながら小さな小さな唇をチョンチョンと指先でつつくが特にしゃぶるような素振りもないからお腹が空いたわけではなさそう。


 つつかれた指を追いかけて手を伸ばしキャッキャッと笑う姿に癒やされる。


 「今度はなんの絵がいいかなぁ〜?」


 そう言いながら壁の少し高い位置に掛けられた絵の前に立つ。


 残念なことに子供とは見慣れるのも飽きるのも早いのか、壁には小さな4つの絵が掛けてある。どれもまだそんなに薄れてはいないが、毎日毎回同じものは赤子といえど慣れてしまい「またこれか」と言わんばかりにだんだんと気を逸らせなくなるので何度か女将に新しいものを依頼されたのだ。


 おかげで当面寝食の心配はなさそうでありがたい限りである。


 「これとこれどっちがいい?」


 絵の端2つを指差しながら声をかけるとポンは片方の絵をじっと見つめる。


 「そっかぁ〜こっちがいいのね?じゃぁ、こっちとこれは?」


 声をかけながら先程ポンがじっと見ていた絵の隣にまだ比べてない別の絵を持ってくると一度天結をチラ見して、今度は新しく比べた方をじっ見つめる。


 「こっちよりこっちがいいのかぁ〜。じゃぁ、こっちだとどうかなぁ?」


 最後に残った絵と比べると今度は先ほど選んだ絵から視線を外すことなくジィっと見てる。


 「そっか。最近ポンはこの絵がお気に入りだねぇ。じゃぁ、これにしようねぇ。」


 絵を壁から外して近くに持ってくると手を伸ばしてきゃっきゃとはしゃぐので早速その絵に神通力を流して壁に戻す。


 真っ白になった絵からは青と紫のスライムがぽよぉ~んぽよぉ~んと出てきて青はポンの顔の前で二度跳ねると横に通過し行ってしまう。紫は上に大きく跳ねる割に進む距離は短い。だがそれがポンは面白いらしく、首と視線がスライムを追いかけて上下に動いているのが子守をしている側からすると逆に面白い。


 スライムが好き勝手に動き出すと今度は半袖白シャツに青い短パン、麦わら帽子に虫かごを斜めに下げて虫取り網を装備した犬頭の棒人間が駆けてきた。棒人間は青スライムを追いかけて虫取り網をブンブン振り回すが当たらない。


 どうやらそれが面白いらしくポンはキラキラした目でそれを追っている。そのすきにそぉっと毛布の上に寝かせるが気にした様子もなく上機嫌で幻を見つめている。ほかの二人は気にすることなく寝ている。


 そぉっと柵を超えると事務室の入り口で女将さんが手先だけでちょいちょいと呼んでいるのでご飯の用意ができたのだろう。


 「いつもありがとうね天結ちゃん。」


 「いえ、私もポン君が楽しそうで嬉しいです。最近あの絵がお気に入りみたいですね。」


 「そうなのよ。でもあれは私や旦那じゃな物足りないみたいなのよね。」


 「物足りない?動いてる時間とかですか?」


 「そうじゃなくてね、今見てて気づいたんだけど天結ちゃんが動かすと絵の動きが変わるみたいなのよ。」


 「そうなんですか?」


 「私と旦那がやるといつもスライムが出ていく場所同じだもの。」


 言われてみればそうかも……しれない?いつも青のスライムはポンに向かって出てくるからそういうものだと思っていたが、考えてみれば絵からどの角度にいてもポンに向かって跳ねてくるのだ。


 「全然気づきませんでした。」


 「あとはあれね。単純に天結ちゃんが好きなのよ。」


 「そうなんですか?」


 「あの子最近寝てても天結ちゃんが来ると何もなくても起きるでしょ?前に朝寝過ごして天結ちゃんに会えなくて夜に帰ってきて一日会えなかったら昼間泣くわ泣くわだし。一緒まえにオシメやらおっぱいのときに寝返りしてストライキするのよ。まったくこれだからオスは。」


 なぜオスだからの結論に至ったのはわからないがひとまず朝の顔出しと夜のただいまはやった方がいいなと天結は心に誓いながら朝ごはんのだし巻き卵を口に入れる。


 今日は先日出会った牛獣人の椿に会いに行くのである。


 初めて会った時に採取した植物を使って作った紙が完成したらしい。食堂の常連が伝言を持ってきてくれたのだ。受け取りついでに大きい紙の制作ができないか相談しよう。


 これまでは旅の中で紙を作っていたため大きな紙を作る場所が確保できなくていつも小さな紙を作ってそれにばかり絵を描いてきた。絵が動く絵は材料を天結が自分で作る必要があるし、描くときも神通力を筆に流しながら描かなければならないから自分がどこまでやれるか不安しかない。


 椿の工房兼自宅兼店舗は天結が定宿にしているさつま路からは大きな通りを二つ挟んで海側にあるのでちょっと距離がある。


 途中にちょっと大周りをすると前文明では公園だったところが一面の花畑になっていて何かと便利だと土地に不慣れな天結を送り届ける道すがら椿が案内してくれた場所があるので絵の具の材料調達がてら歩こうと採取道具が入ったポーチも腰に巻いている。


 新しい土地での採取はただでさえ楽しい。それに加えて新しく出会った年の近い同性しかも同業者友達のなのだから朝から浮かれっぱなしである。


 「仲良しになれたらいいな……。」


 ぽつりとつぶやかれた声は誰かに聞かれるわけでもなく、朝日の柔らかい光さす中へと溶けさつま路の暖簾をくぐり出ていくのであった。


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