目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第31話牛さんの紙漉屋

 自称お散歩クエストである牛獣人の牛牟田椿が拠点としている自宅兼工房兼店舗の前に立つ。建物は四階建てで右と左に入り口が一つずつあり、建物のちょうど真ん中は四階のバルコニーと思われる場所から滝のように温泉が流れ落ちている。


 前に来たときは左の扉から入ったが、そちらは工房への入り口で普段は材料や荷物の搬入以外では閉め切っていて、次に来るときは右側の二階店舗につながる階段があるからそちらから入ってきてほしい教えてもらった。


 左側の扉は前回にはなかった茶色のいつ幅の棒暖簾に緑の文字で小さく【紙漉舟】と書いてある。一段上がって暖簾をくぐり、扉を開けると壁に沿って階段を上ると茶色い半間暖簾の片側にやはり緑の文字で今度は大きく【紙漉舟】と書いてあることからこれが屋号なのだろうと推測する。


 ちなみに紙漉舟とは紙を漉く際に原料を入れる長方形の水槽のことである。


 暖簾をよけてマットで足の水気を落とし扉を内側に押せば隙間から漏れる紙の香り。扉につけられた鈴がチリンと音を奏でて来訪者を告げる。


 「いらっしゃい。ああ、天結よく来たね。この前の紙できてるよ。」


 「こんにちは。気になっちゃって早速来ちゃった。迷惑じゃなかった?」


 黒い毛並みに白く長い髪からは黒い耳と白い短い角。ばちりとあった視線のもとは金色の瞳をした牛族の女性がぴこぴこと耳を動かしながら会計場所と思われるカウンターの向こうから天結を穏やかな瞳で見つめていた。


 「そんなことないよ。ちゃんと伝言が伝わってよかった。」


 「うん。完成楽しみにしてたから凄く嬉しかったの。」


 店内には目的の応じて作られた紙や色とりどりに染められたものなどさまざまであったが、中でも天結の目を引いたのは壁に並べられた折り紙のグラデーションで、虹と見紛うような美しさだった。


 「すごい。奇麗だね。」


 「ありがとう。この前は時間もなかったし下の工房しかみなかったもんね。」


 本人は毎日見ているということもあって何とも思わないのかちょっと照れながら肩を竦めただけだったが、初めて見た天結はそうではなかった。


 壁面の美しさに圧巻されて思わず足が止まる。店内の中央にはいくつか代が並べられその上にも色んな紙が重ねられていたり筒状の紙が陳列されているがそれも身に入らない。


 「そっちの折り紙は子供たちに人気でこの色が欲しいって言われるたびに試行錯誤してたらそんなことになっちゃってね。」


 「確かに折り紙は子供たちが喜びそう。」


 「まぁそれもあるんだけど。私の能力は紙業だから。」


 「カミワザ……?」


 「見ててね」


 そういうと椿は壁から1枚の折り紙をとると、かさり、かさりと音を立てて丁寧に紙を折る。


 「できた。」


 ころんと手の上に乗っているのは簡単だけど丁寧に折られた黄色いちょうちょ。椿はすぅっと吸えるだけの空気を吸うと。


 「ふぅー。」


 それは長い長い息でゆっくりと細く吹きかける。すると、ふわっとした光……蛍のような淡い光を纏うと扉から入った風に乗ってひらひらと店内を舞い始めた。


 「え、すご。」


 一羽で飛び続ける蝶を見上げて思わず出た天結の言葉に、そばに立っていた椿が呆気に取られる。


 「凄いって他人事みたいに言うわね。」


 「え、だって折り紙でこんなことできる人初めて見たよ。これって職業由来の能力なの?」


 「まぁそうだけど。ってか私だって描いた絵を動かす人初めて見たよ。」


 「え?」


 「今話題になってる神通力で動く絵を描いてるのって天結でしょ?」


 「は?え?何で知って……てか今話題ってなに?」


 「天結この辺の奥様方と絵を交換したでしょ?」


 言われてふと考える。


 直接やり取りした人はいない。せいぜい旅館の女将だけのもんである。


 だが女将、生粋のできる人なのか商売人なのかお願いしてもいないがこれまで天結が絵を売って日銭を稼ぎ旅をしていたという話をしてから、ちょいちょい絵を別の人が交換してほしいと言われるんだが構わないか。と聞かれることがあった。


 直接その人が選ぶわけでないのなら、いくつか選べる方が良いだろうと4、5枚小さな絵を預けていたのだがそのたびに全部交換してきた。と、いろんな戦利品を渡されて、ほかの人も欲しがったから。と、次の絵を求められてはちょっと嬉しくなった天結も家探しの合間をみて描いてはどんどん渡していたな。と思い出す。


 「そういえばそんなこともあった。」


 「奥様がたって郷中のつながり凄いから。あっという間に広がるのよ。教育熱心な人も多いし。」


 「どういうこと?郷中ってなに?」


 「あーそこからか。郷中っていうのは……。」


 そういって椿が教えたのは殺魔独特の教育方法で、それは本人のやる気さえあれば大人だろうと老人だろうと学べる場なのだという。基本は狭い範囲の地域ごとに集まるようなのだが、さすがは奥様方、よその地域に嫁いだ娘だとか従妹だ姪だ。と、多種多様な情報を仕入れては互いに披露してゆくのだそうだ。その逆もまたしかり。


 その横の繋がりがあって天結の絵が話題になっているらしい。


 「だから天結だって蝶くらい飛ばせるでしょう?私より。」


 なんだちょっと期待するような目で見られてしまうと何もしないわけにいかない。強請ったわけではないが、椿は自分の手の内を見せたのにここで天結が出し渋ってはもう仲良くなんてなれない気がした。


 ごそごそとウェストポーチにつけられた空間鞄をゴソゴソ漁ってちょうちょの絵を探す。残念ながら黄色の蝶は最近女将さんに渡したばかりだったので先日描いて完成したばかりの青色の蝶の小さい絵を引っ張り出した。


 両手で包み込むようにして神通力を流して手を開けば真っ白な紙から青色の蝶の大群がわっと飛び出てきた。


 「え~!なになに凄いねぇ!!」


 突如聞こえたソプラノの声に天結と椿は振り返る。


 「え……。二人目?」


 店の入り口にいる兎獣人を見て天結は動きを止める。


 「あ、いらっしゃい。麗じゃん。どうしたの?」


 「椿ちゃんこんにちは~。薬包紙が切れそうだったからもらいに来たの~。にしても今日の具現化ずごいねぇ~。何匹ちょうちょ折ったの?」


 天結よりも頭一つ小さい珊瑚色の長い髪にこれまた長い垂れ耳は薄い朱鷺色の毛並みで好奇心を隠すことのないどんぐりのような大きな目は翡翠のようにキラキラしている。


 トコトコと椿の方に歩いてきながらも視線は蝶を追いかけている。よそ見していて大丈夫かなと天結が見つめていると案の定、紙を乗せている台の角で腰のあたりを強打している。


 「ゔっ!」


 「あ~あ、よそ見するからぁ。大丈夫?」


 心配しているのかいないのかよくわからないくらい軽い感じで椿が安否確認をし、聞かれた少女も強打したと思われる場所をさすりながら、へらりと笑って「大丈夫、大丈夫~。」と大したことなさそうにしている。結構いたそうだったのに。


 「天結、こっちは薬師の兎戸口 麗。麗、こっちは……。」


 二人の共通知人である椿が橋渡しをするように兎の女の子を紹介するが、当の二人は互いに探り合うように見つめあうのであった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?