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第32話第三の巫女

 それはまるで雷にでも撃たれたかのような衝撃。


 あの日、あの山の開けた場所で一株の花を挟んで天結と椿が出会ったときのように。


 見えない何かを探り確認するようにしばし黙って、ただ視線が重なっているのに二人は相手を見ていない。深いところの何かをじっと見ている。


 やがて先に口を開いたのはロップイヤーの麗と紹介された娘の方だった。


 「すごぉい!私椿ちゃんと凪ちゃん以外で初めて会った!」


 「吉葛の巫女か……。」


 「え、見ただけでそんなことまでわかっちゃうの!?殺魔は私たち三人しかいないから外から来た他國の巫女さんだよね?私のことがわかるなら椿ちゃんのこともわかってるの?」


 天結はこくりと頷きはしたものの、麗から視線を外すこと無く呟く。


 「埴輪の巫女。」


 「凄いねぇ!大正解だよぉ〜!!私じゃあなたが何の巫女なのか検討すらつかないよぉ!」


 「ちょっと複雑だから……。」


 困ったような顔をして天結が肩をすくめれば、麗は「そうかぁ~」とだけ言ってなにかうんうんと頷いている。


 それ以上は触れない方がいいと判断したのか、そこから深くを聞く様子はなかったが爛々とした目の輝きは変わらない。


 「あ、お名前は聞いてもいぃ?」


 「小柴 天結です。駿河からきました。」


 「駿河?遠くから来たんだねぇ。」


 はへぇ~と関心したように麗は天結を見上げた。そんな麗をからかうかのようにニヤニヤした椿は肘でツンツンする。


 「あの蝶ね、青いやつは天結の能力なんだよ。」


 「え!凄い!!具現化の力椿ちゃん以外にいるなんて知らなかった!天結ちゃんも折り紙なの?だから椿ちゃんのお店に来たの?」


 「あ、いや。私は折り紙じゃなくて……。」


 「折り紙じゃないの?ん~あ、じゃぁあれだ!最近噂の幻想画家さんだ!!」


 『幻想画家?』


 なにやら新しい単語が出てきたぞ?と天結と椿は顔を見合わせる。


 「うちの郷中でさつま路の女将さんが絵を交換しててさぁ!すぅっごくいろんな種類あっていろんな動きしてめちゃくちゃ奇麗でねぇ!私も一回見せてもらったけどほんと凄くて!あれってお願いしたら描いてもらえる?私のお店にも置きたくて!」


 口を動かす勢いもさることながら、天結の両手をにぎるとぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながらきらっきらの目を向けてくる。


 「大きさにもよるけど……。急がないなら大丈夫。今住むところ整備してる最中でまだ画材を広げて置けるアトリエもないから。」


 あまりの勢いに若干……いや大分及び腰になる天結だが麗はその様子を動きをピタッと止めてつかんだ両手に己の額を擦り付けた。


 「そうだよねぇ~忙しいよねぇ~。」


 ただでさえ垂れている耳が心なしかさらに垂れ下がった気がして天結はどうしたものかと椿を見つめた。これまでの人生で同性異性問わず人と深い付き合いをしたことのない天結にとって彼女の距離の近さにどう対処していいのかがわからず戸惑うばかりである。


 ほとほと困って椿を見たのに当の椿は肩をすくめただけで助け舟を出すようなそぶりはない。


 「でも、私もお手伝いしたら早く描いてもらえるよね!?」


 「へ?」


 光の速さで回復した麗はまたぴょんぴょんと跳ね始める。天結は泣きだすんじゃないかとおっかなびっくりだったのに。驚くほどのポジティブの元に戻る麗である。


 「あ、別に今すぐに描いてほしいんじゃなくて、お手伝いする報酬として描いてもらえたら嬉しいなって思ったの!私も自分の店兼店舗は自分で整備したから何か役に立てるかもしれないし!それで早く住めるようになれば天結ちゃんも落ち着けるし殺魔での基盤も作りやすくなるでしょ?住むとこ整備するってことは旅人じゃなくてずっとここにいてくれるんだよね!?」


 「多い。多いよ。情報量が多い。しゃべる連撃か!?」


 『たしかにぃ~』


 止まることない麗の話に思わず素で突っ込みを入れてしまった天結である。初対面からの突込みになぜか不快を示すこともなく麗は椿と顔を並べて納得顔である。


 「おかしいおかしい。なぜそこで納得するのか。」


 「やぁ。麗の垂れ流しのしゃべりをそんな的確に表現するなんて!」


 「口から生まれた子なんてみんなに言われる私のことをそんなに素敵なことばで表現してくれるなんて!」


 「なぜそこで喜ぶのか……。」


 よく言えば距離が近く悪く言えば馴れ馴れしい麗であるが、本人に一切の悪気はなくそれどころか多角的に物事をとらえている賢さと気遣いさえ伺えて不思議なことに天結は不快にならなかった。


 むしろ歳の近い同性はこれまで巫女修行でお互いの足を引っ張り蹴落としあう姿しか見たことがなかったので、裏も含みもなくまっすぐな言葉(ちょっと連撃だけど)とこの距離の近さは居心地が良かった。


 「まぁまぁ、天結。描くかどうかは置いといてさ?」


 「なんでよぉ~。」


 「手仕事するなら仮宿暮らしよりも腰を据えて作業できる方がいいのは間違いないし。」


 「だよね!だよね!」


 「家の整備は一生終わらないって言われるくらいには時間も手間もかかるし、細かな作業する人ほどあちこち気になって永遠に手直しするんだから。」


 「わかるぅ〜!」


 「使えるものはどんどん使っちゃたほうがいいよ。」


 「立ってるものは親でも使えぇ〜!」


 「お礼をするのが何かは置いといて。」


 「そこは味方してよぉぉ〜。」


 断りたいのかただの遠慮なのか煮え切らな天結の様子に椿が助け舟を出すべく話ているが、ちょいちょい合いの手のように麗が言葉を挟むので全然頭の中に入らない。


 「えぇえいせがらしか!話が進まんがね!んでぇ?麗は薬包紙どれくらいいるの?奥から持ってくるから。天結はこの前の紙できてるけど大きさはあのままでいいの?小さくしたいなら断裁できるよ。」


 「ひとまず500枚!」


 「ひとまずって何よ。それ以上のストック今のこと無いから。大量に欲しいんだったらもっと前もって連絡しときなさいよ。そのために連絡蝶渡してるでしょ!?」


 「いやぁ、あとちょっとしか無いからもったいないしさぁ〜。それに連絡しなくても今日椿ちゃんに会いたいなって思ったらもうお店に閉店の張り紙貼ってこっちきちゃうんだもん。」


 「〜〜〜っ!!言えばちゃんと次の連絡蝶あげるから惜しんでないでちゃんと連絡しなさい!」


 「あ、椿ちゃんデレたぁ〜。」


 「うっさい!連絡なしにきて私がいなかったらどうするのよ。」


 「え〜。そのときはぁ……。椿ちゃんと会えなかったなぁ〜ちぇ〜って言いながら帰る。」


 そこまで聞いて天結と椿はじっと麗を見る。


 すると2人の脳裏に耳も方も落として背中を丸めながら通りをトボトボ歩く麗の姿が浮かんだ。なんなら「ちぇぇ〜。」っと言いながら水面をシャバシャバ蹴ってる姿すら見えた。


 「ふっ。ふふ。……麗はちゃんと連絡してからのほうがいいと思うよ。」


 「そ、それは同意する。」


 「え〜なんで2人とも笑うのぉ〜。2人ばっかり通じ合ってずるいよぉ〜私も仲間に入れてよぉ〜。」


 思わぬ光景に肩を震わす2人に抗議するように麗は右に左にぴょんぴょん揺れながら腕も交互に振り上げる姿は幼子のようで我慢できずに声を上げた。


 「えぇ〜。もうひどいよぉ〜。てかさてかさ?私のはあとでいいから天結ちゃんの紙準備するの見に行ってもいい?」


 「私は構わないけど、実質作ったのは天結だから……。」


 「施設は椿のだから椿が入ってもいいっていうなら私は気にしない。」


 「じゃぁ、いいんじゃない?」


 「やったぁぁぁぁ!中から降りる?」


 「はいはい。はしゃぎすぎて階段から落っこちないでよぉ〜。」


 いうが早いか。勝手知ったる他人の家と言わんばかりに勘定台横の扉をあけて中に入っていく。その後ろを椿がのんびり歩いていく。


 「天結ごめんね、動くのも喋るのも麗はちょっとせっかちなの。でも悪い子じゃないからできれば嫌いにならないであげてほしい。」


 「うん。いい子なのはわかる。巫女ってさ育った環境でどういう方向に向くかは置いといて、良くも悪くもみんな真っ直ぐだよね。」


 「あ〜それはなんとなくわかる。っていっても私の氏族は巫女は私だけで母親から引き継いだだけだし、他の巫女は麗ともう1人の凪さんだけなんだよね。」


 「殺魔の巫女は一子相伝なの?」


 「私はそうだね。麗のとこもそうみたい。凪さんのところは単純に龍族だから子供が一人しかいないって感じ。逆に私や麗は多産家系なせいかそもそも素質のある子が1人か2人しか生まれてこないんだよ。天結のとこはどうだった?」


 「私のとこも多産だったけど絶対的な血統主義で血の濃さを守ってきたから生まれてくる女の子はほとんどの子が資質は持ってる。というか生まれてすぐに鑑定でどれくらいの能力を備えてるか検査されて能力の強い子供を筆頭に巫女修行が一族の長老連中からされる。」


 「あ〜鑑定か。私も赤ちゃんの時にやったみたいだけど。その後は全然だなぁ。」


 「あるの?鑑定?」


 まさかの衝撃である。


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