流石にこの人数ともなれば動くだけでもざわめかしく、集団行動にも慣れてない上に子供たち以外は女性陣も含めてみんな大柄なので天結は身の置きどころに困る。というか正直潰されてしまいそうだ。
それなのに周囲を子どもたちがチョロチョロ動くものだから自分が潰してしまわないか焦る。そのたびに藤右衛門が庇ったり支えたりするものだからいたたまれなさが半端ない。
別の場所へ移動した先は屋敷に隣接する道場で普段は郷中教育のという集まりに使われたりするらしい。
どういったわけかいつも膝下まである泉上都市の水もこの道場の中には入ってこず、剣術を学ぶ場ともあって床は土間造りとなっている。
その道場の最奥には一段上がった見渡せる板間があり、郷中の時は年少組が読み書きの勉強をしていると藤右衛門が丁寧に教えてくれた。
家族たちは自分たちのポジションをどうするか、どういう並びなら絵面が良いのではとか段差を使ってはなどと楽しげに意見を出し合っている。
画角のことを考えながらもイーゼルと椅子を空間鞄から取り出し、モデル後よく見えるようにあえて斜めに設置すると今度は小さな台を出していくつかの鉛筆と鉛筆線を消すためだけに調教された小さなスライム、額縁のような小さな枠を載せて最後に手持ちの中で一番大きなスケッチブックをめくり白紙のページにしてからイーゼルに乗せた。
あーでもないこうでもないと好き好きに喋っている家族ををぼんやりと眺めて、いつだったか自分が夢見ていた 仲の良い家族像そのものだなぁ。とどこか寂しくも眩しいけれど、けっしてもう手にすることのできない光景を目を細めてみていた。
「全く何をしているのか。」
ただそれは手に入れられないとわかっている天結だからこそ感じる諦念で、日々この家族に触れている藤右衛門にとっては別なようで。半眼にした眼差しにため息まじりで家族に向かって歩き出す。
いつの間に用意していたのか、大きな布を取り出すと上り口から少し離れたところの土間に広げて子供たちを呼ぶとそこへ座るように指示して玩具を持たせる。用意がいい。
その子供たちを見守るように真ん中に先代夫人である桃香を座らせ、その両脇に長男次男の嫁である雪と鈴花を座らせ、母二人は子供たちがウロチョロしないように声をかけている。それから雪の隣に四男の婚約者、詩を座らせて女性陣の後ろに番達が立つように指示をだす。
騎士団で鍛えられたのかその指示出しは分かりやすくて的確。
当の本人は詩の座っている反対側、次男穣一郎の隣に立った。
「天結、全員収まるだろうか?」
離れたところから掛けられた声に、天結は台に乗せた枠を手に取って一家に向けてかざす。その枠には縦横二本ずつ糸が掛けてある。
「まぁ、あれで何を見ているのかしら。」
「眼鏡や観劇用の双眼鏡ではなっそうですが。」
「あれはデッサンスケールと言って絵に納める大きさや配置の基準になるものですよ。」
「母上が絵を描いているのは見たことありませんが、なぜそんなに詳しいんですか?」
「あら、あなたたちが小さいころに描いてもらった時の画家さんに教えていただいたのよ。」
「あ~階段の上り口にあるあの絵ですか。」
「孫たちが小さいうちに描いてもらえる機会があって良かったな。子供はすぐ大きくなって機会を失ってしまうからな。」
「本当ですわ。生まれたときはあんなに小さくてヨチヨチして可愛かったのにいつの間にか私よりも大きくこんなにごっつくなっちゃって……。小さな絵ででいいから小まめに描いてもらえばよかったわ。」
「大型犬なんですからデカいのは当たり前でしょう。」
「大体ヨチヨチって何年前だと思ってるんです。一番上の兄上はもう39ですよ?手遅れにもほどがあるでしょう。」
「だからこそ孫の記録はとっておきたいじゃない!ねぇ、雪さん、鈴花さん。」
『そうですねぇ。』
「ほら二人だって同意してるじゃない。」
「姑から意見を求められて拒否なんて言えないでしょう。」
「ましてや家族勢ぞろいで人目だってあるんですから。」
「まぁ、何て言い草かしら。我が家は嫁姑良好ですぅ!ねぇ?」
『はい。お義母さま。』
「大体あなたたちだって執務室の机に番やわが子の絵が置いてあるの祖想像してごらんなさい!まさかいらないなんて言わないわよね。」
「それは、まぁ。」
「必要かどうかは置いておき良いか悪いかで言えばある方が励みにはなりますが。」
「ほらみなさい。最初からそうですねって言っとけばいいのよ。本当に男ばかりゴロゴロと可愛くないわ~。それに引き換えうちのお嫁ちゃんたちのなんてかわいい事か!」
「今更ですがまだ嫁いでもいない私が家族の肖像画に入ってしまってよいのでしょうか?」
「問題なんてあるわけないよ。詩は僕の番なんだから。成人したらすぐお嫁においで。」
「そうですよ。そこ何年かの違いしかないんですもの。次はいつ描いてもらえるか分からないんだからせっかくなら未来のお嫁さんもいたほうが良いじゃない。」
「詩殿申し訳ないね。うちの奥さんは君がお嫁に来てくれるのを楽しみにしているんだ。」
「まぁそんな光栄です。」
片目をつぶって一家にかざした枠を右に左に上へ下へと動かして、枠を持たない手を一家に向けてちょいちょいとポジションの微調整を行う。スケッチブックにデッサンスケールと同じように縦横二本ずつ等間隔に線を引く。
一言では 書き始めますと声をかけスケッチブックに手を伸ばしながら、家族の方をじっと見つめてはシャッシャと短い線を描いて行く。本来なら対象物8手元2と言われるくらい手元は見るものではないと言われているが人物は描きなれない天結には難しいので6:4の割合で対象物を見る。
その分人と人の間隔や幅、高さなど細かい場所を調整する。大体の位置が決まったら顔のパーツの位置、服装の装飾などを簡略化してどんどん描きこんでいく。
一方の家族たちは モデルということもあってか頭や体を微動だにすることなく、きちんとその場にとどまっている。にこやかな顔のままただただ 口だけを動かし、会話をするという絵面だけ見ると何とも奇妙な図が出来上がっていた。
さすがは騎士を輩出し続ける武器の名門とも言われる犬族である。男性陣のみに関わらず、女性たちもきちんと背を伸ばし体幹がブレることなく根気強くその身形を維持している。
画家としてはありがたいモデルであるが肩一つ揺らすことなく止まることない会話にとても器用なご一家だなぁ。と感心しきりの天結であった。