目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第39話スケッチ

 天井に据え付けられた窓から入る日差しが埃に反射してキラキラと光っていた。この家族の在り方を祝福するような幻想的な光景だった。


 が、しかしそこはやはり子供。時間もたってしまったこともあり、飽きてしまった 一番小さな琴葉が黄色のドレスを揺らして よちよちと天結のそばにやってくる。


 ちなみに一番小さな乳児海李は祖母である桃香の膝ですぴすぴとお昼寝を決めていた。


 その祖母の足元で式布に座って走り回ることなく座っていたのだ。子供にしてはずいぶんと我慢強くそこにいてくるものだと天結地震は内心拍手を送っていた。


 なので琴葉が動き出したのは当然のことだろう。初めて見る人もどうやら害はなく近づいても平気だと思ったのか無警戒で天結の膝に手をかけてつかまり立ちをする。


 連れ戻したいご婦人方ではあったが今江がどういう段階で動いていいものかわからず、口では「こっちにおいで」とか「戻っておいで」など言っているが、天結が大人に「動いていい」とも言わないし、琴葉に向かって「戻りなさい」ということもないのでどうすればいいか分からず手をこまねいてるのだ。


 そんな大人たちの様子を察知した賢い子供たちは一人集団からはみ出た従妹を連れてきた方がいいとは思いつつも今動けば「お前もか」と言わんばかりに叱責されそうで足を一歩動かしただけで大人と従妹を見比べている。


 しかしそれも長くは続かず、大人が客人の前で叱らないことは気づいていたし、そばに来た琴葉に対して文句を言うてもなく一口饅頭のような可愛い手をつんつんして「あきちゃったよねぇ~。ごめんねぇ~。」なんて言ってるのが聞こえたものだから、この人は怒らない認定をしてその場から飛び出した。


 一方の天結はやってきた琴葉の両脇に手を入れて抱き上げると。膝の上に前を向くように座らせ小さなふわふわの頭を撫でる頃には残りの子供たちも駆けてきた。


 「あぁ~あ、うぅあ?」


 抱き上げられたことで視線が高くなったらしい。今まで何の反応もなかったのにスケッチブックをいてきゃっきゃと喜び手を伸ばいいている。


 「そうよ。みんなの絵を描いているの。」


 琴葉の言っていることは理解できなかったが絵に身を乗り出そうとしたので、興味があるのだろうと無難な言葉をかけてみる。


 「でもみんなのお顔には線しかかかれてないよ?」


 少女はまっすぐな瞳でじっと天結を見上げて何をしているか問うその姿に、故郷に残した妹の姿を重ねた。小さい頃はあの子も不思議そうに 私のそばに来ていたな。と。


 当主の子供たち 3人は 駆け寄ってくると、これは誰、これは誰と実物と絵を見比べ聞きながら家族の肖像に自分がここにいると喜んでその紙を見つめた。


 故郷では妹と接していたこともあり子供の扱いに慣れている天結は止めどなく続く 質問に答えながらこの道具は何に使う、こういう時はこういう風に描く。誰と誰の顔が近くて誰と誰の肩の間に誰の頭がくるなどと、並んでいる大人たちを指さしながらスケッチブックと見比べてどういう風に書いているかを子供相手とは思えないほど 丁寧に説明してやる。


 ある程度は事前に大人たちから口頭説明されていたかもしれないが、いきなり初めての人間にジロジロと眺められ何十分もそこにじっとしているようにと言われて、子供がそうすることは難しい。


 幼い子供たちにも今やっていることが何なのか、何のためになぜそこにいるけれど動いてはならないのかどうして大人たちは 指先一つ動かさずにじっとしているのかもスケッチブックと自分の鉛筆を動かして実際に見せてやることで子供たちでも分かりやすく理解できるよう噛み砕き丁寧に説明をしてやる。


 子供達が座っていた場所から飛び出した時には 大人たちに一瞬の動揺が見えたものの、天結の子供たちへの態度に安心したのか 大人たちはその様子を 朗らかに見つめていた。


 子供たちは今やっていることが最終的に何になるのか、どういう風に仕上がるのか、そういった説明がされて理解をした年長組が自分の映りが少しでもカッコよくかわいくなるようにと納得し元の位置に戻ろうとする。


 年高の子供たちに手を引かれるものの、まだ理解することは難しいことや、まだ見ていたいという気持ちがあるのだろう。足は一向に動かない。


 それを見て天結は 腰に下げたポーチから小さな絵を取り出して、片手を従妹たちにつながれた琴葉を後ろから抱き込むと空いているその手にそっと描かれた二匹のスライムと仁王立ちした棒人間が良く見えるように絵を乗せてやった。


  まさかこんなに小さな絵を取り出すと思わなかった子供たちは、戻ろうとする 足を止めてその絵をまじまじと見つめる。


 なんだなんだと言わんばかりに視線が天結の顔と絵を交互に見つめ、そんな子供たちの姿に天結はくすりと笑う。子供たちが再び絵に視線を落とした タイミングで天結はそっとその絵に手を重ねて神通力を流す。


 すると、何か書かれていた絵は白紙になりその中から青と紫のスライムがポヨポヨと飛び出してきた。


 「これは私がお世話になっている宿の子供たちが今一番気に入っている絵と同じものなのよ。みんなも楽しんでもらえたらいいんだけど。」


 スライムの動きに合わせて子供たちの頭も上に下へと動く。天結が声をかけしばらく子供たちはその様子を見つめていた。やがてその絵の中から半袖の白シャツに茶色いハーフ丈のトラウザーズを履き、麦わら帽子、虫取り網に 虫かごを装備した紺色犬顔の棒人間がかけて出てくると、子供たちはわっと声を上げて喜ぶ。


 「もし動かなくなったらお兄ちゃんとお姉ちゃんの神通力を流してね。流す人の神通力によって動き方も動く時間も変わるから。」


 と、声をかけて「仲良くお座りしててね。」と付け加えれば当主の長男が琴葉を抱きかかえ、敷き布の上に戻って子供たちが絵を囲む。


 賑やかに戻ってきた子供たちの様子に、大人たちもその動く絵に興味津々。さすがに同じポーズを取っていることもそろそろ苦痛になってきたこともあり、子供たちの手元を全員が覗き込んだ。


 ただ一人その動きと違うのをしていたのは藤右衛門である。彼はいつだったか見たあのスケッチブックに書かれていた棒人間が、よもや絵から飛び出して元気に走り回るなどとは思ってもおらず、後ろ頭をかいた。


 どれくらいそうしていただろう。子供たちの神通力だけではスライムも棒人間もすぐに消えてしまうので、子供たちはまず一番身を乗り出してみていた祖母に絵を渡して「神通力を入れて」「人によって動きが変わるんだって!」とねだった。


 言われた桃香は好奇心が強いたちらしい。人目も気にせず「じゃぁ、おばぁちゃまがやってみるわね!」と声を出すと一度こぶしにした手と開いてスライムと棒人間の絵を撫でた。


 すると今度は青と紫のスライムが今までで一番元気にぼよぉ~ん。ぼよぉ~ん。と高く遠く勢いもよく跳ねて飛び出してきた。


 思わぬ勢いに子供立ちと桃香はバッと身を引き、桃香は夫である秋之丞に。子供たちはその保護者達に転ばないよう支えられてなおも元気に動きまわすスライムを凝視する。


 「あらあら、まぁまぁ。」


 「おばぁちゃまのスライムとても元気ぃ。」


 「今までで一番はねたぁ~!」


 「元気すぎて捕まんないよぉ。」


 「あ~消えちゃった。」


 「次はおじぃちゃまやってぇ。」


 「任されよう。」


 「おじぃちゃまのスライムころころしてたのに急にはねたぁ。」


 「動いたと思ったら止まったぁ。」


 「子のスライムは神通力を流した人の性格を表してるのか?」


 「あ~母上は健常だからな。」


 「父上のは性格の悪さが出てな。」


 「私の性格が悪いんじゃなくてその追いかけるやつが鈍すぎるだけじゃないか?」


 「あ、転んだ。」


 「どんくさいやつだなぁ。」


 などと好き放題言っている。誰かが神通力を込めてはその絵の動きを賑やかに批評しては笑いあって。子供たちに至っては転げまわって大喜びだ。


 一通り家族の中で絵が一周したころ、大人たちははっと我に返ってゆっくりと天結の様子をうかがう。


 だが彼女は何を言うでもなくじっと真剣な表情でスケッチブックに向き合っていた。止まることのない鉛筆を持つ手が時折ページをめくる。


 あまりの真剣さに一家は互いに「しぃー」と指を一つ口元に当てると気配も音も消して器用に集団移動を始めた。


 どれくらいたったのか、ふと足元に気配を感じた天結は視線をそちらに向けるとキラキラおめめの琴葉がいた。先ほどのように膝にのせて保護者の方に視線を向けると誰もいない。


 「あれ?」


 「これはすごい。」


 「へ?」


 意外と近いところから声がして嫌な予感にゆっくり振り向くと一家総出で天結の手元を立ち見していた。


 「こんなに表情豊かに描いてもらえるなんて。」


 「下書きでこんなに良い出来なんですもの。出来上がりが楽しみですわ。」


 「全員揃った絵も良いですが、旦那様や子供たちの絵も欲しいわ。」


 「お義姉さまそれは素敵ですね!」


 「わたしはこのスケッチブックそのまま欲しいくらいだわ。私が死んだら棺桶に入れてちょうだい。」


 「桃香縁起でもないこと言わないでくれるかな?それは家宝として我が家の宝物庫に飾ろう。」


 「宝物庫なんて我が家にあったかしら?」


 「これから作ろう。」


 「絵も凄いですがそれを描いている間の集中力たるや。」


 「この人数が動いても全く気付く様子がありませんでしたからね。」


 「職人としては良いことだがこの質はちょっと心配だな。」


 「え、あの?」


 「まぁひとまず今日はこれまでにしてみんなでお茶にしよう。」


 「そうねそうしましょう。ついでに今日描けた分を見せてほしいわ。」


 今日はひとまずこの辺りでと言ってお茶に誘われた天結のであったが、その間ずっと一家にスケッチブックを回覧されるという。改めて見せるには描きかけの絵は恥ずかしいと思いつつも、どんな仕上がりになるとか洋服はもっとこうすれば良かったとか、アクセサリーはもっとこうだったのが良かったかもしれないなどと話す一家が微笑ましく胸の中を温めて帰路につく天結であった。


 なお子供たちに大好評だったスライムと棒人間の絵はそのまま狛犬家に残った。対価は後日女性陣合作の刺繡をくださるとのことでそれには絵一枚では釣り合わないのではと言う天結の意思を組んでもう少し大きな絵を描くという話でまとまったのは余談である。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?