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第40話確かめること

 狛犬東郷藤右衛門視点


 「それにしても驚きました。藤さんのご自宅が意外と近くにあったなんて。」


 ふいに掛けられた言葉に俺は明後日の方向を見ずにはいられなかった。


 別に隠していたわけではない。聞かれなかったから答えなかっただけ。などという子供の言い訳じみたことを後ろめたく思いつつも、ちらりと天結を見れば純粋な驚きで見つめられている。


 どうやら付きまとい犯罪者と認定されていないことに安堵する。


 宿を紹介したときは単純に女将や大将の人柄を信頼しきっていることが大きいわけだが、今思えばなかなかに良い判断をしたのだと自分をほめたくなる。


 おかげで騎士団への往復で宿の前を通り異常がないか確認がしやすかったので必要以上に騎士団に出入りしてしまったのは秘密である。


 宿を紹介した建前と天結の活動範囲に出没しても不自然ではない理由をつらつらしゃべりながら二人で我が家を目指す。


 「今日は初日ですから皆さんいらっしゃるんですよね。緊張します。」


 いつもより固くなった雰囲気に言いたいことが察せられて、苦笑いを浮かべる。


 うちの家門は元をたどれば霧島にいた大犬氏族の守り人である。


 今後の国の発展と隣国からの侵略を警戒するにあたって霧島から加護へと遷都を表明した統治王イサハヤに付き従ってやってきた一族で、他國でたとえるなら中の上か上の下というまぁまぁな役割だ。


 しかし、殺魔ではそもそも身分などあってない飾りというか、普段は何の役にも立たないのにめんどくさい責任だけはやってくる。その程度の認識である。


 だからそれ自体にないかを思う必要はないわけだが、どう説明したものか……。


 上手く回らない口でどうにかこうにか説明をするが果たして伝わったかどうか。だが話を進めてみると、どうやら身分以上に対面する人数に緊張しているらしい。


 確かに逆の立場になるといっぺんに何人も初めましてをするのは面倒だし、一回で顔と名前が一致するわけもないな。と反省し少しでも落ち着いてもらえるようにできるだけ穏やかに語りかけゆったりとしたペースで歩く。


 決して二人の時間を家族に邪魔されたくない。とかいうことではない。……はずだ。


 とはいっても、そもそも物理的距離が近いのだ。引き延ばそうとしたところで限界がるので家族の集合が遅いことを祈るのみである。


 が。 


 玄関ホールから左に抜けた応接間には家族全員がそろっていた。これでは天結が息つく暇もないではないか。


 「集合するのが早くないですか?」


 眉間にしわを寄せて男性陣を睨みつけるもののどこ吹く風。むしろ親父殿に至ってはニヤニヤとした表情を繕う気はな異様だし、背後からは使用人と思われる気配がするからおれの番かもしれない天結を見に来ているらしい。


 ため息をつきたいのを堪えて、彼女が居心地悪い思いをしないようその背後にピタリと寄り添う。けして野郎どもを威嚇しているわけではない。……たぶん。


 「なんのなんの。お客様を待たせるわけにいかないからな。……お客人、お初にお目にかかる。藤右衛門の長兄で桃吉郎だ。」


 胡散臭い笑顔はそのままにちらちらと俺の様子を伺ってはニヤニヤとした視線をよこしてくる長兄は外行きの笑顔で天結を見定めている。彼女がいなかったらあの顔面にこぶしをめり込ましていたところである。


  だがまぁ、天結の負担にならないよう家族の紹介を簡単なものにしたのはさすがは家門をまとめる者といったとこだろうか。


 一通り全員の紹介をして彼女が描きやすいように場所を移動する。


 その間も家族たちは天結から視線を外さない。母上に至っては甥っ子姪っ子よりも少し大きいだけの彼女を撫で繰り回したくて仕方ないに違いない。義姉上達だって母上に負けず劣らずの可愛いもの好きである。先ほどから視線を交わしては何か頷きあってはニコニコしているのが逆に怖い。


 移動したらしたで今度は自分たちのポジションをどうするか、どういう並びなら絵面が良いのではとか段差を使ってはなどと存外真面目に意見を出し合っている。


 そんな家族を尻目に天結のそばを陣取り彼女がカバンから必要な道具を出すのでそれを受け取って、家族がたむろしている場所から距離を図り、ここで大丈夫だろうかと声をかけてから並べていく。


 一通り必要なものを出したのか彼女の手が止まってじっと我が家の面々を見つめている。実家の家族は人数が少ないと言っていた。我が家はただでさえちびっこたちが5人もいるて煩いのである。


 叔父ばかではあるが、子どもたちが悪ガギなわけではない。むしろ歳の割には落ち着いてるし聞き分けも良い。だがそれでも五人いればうるさいのは当然なのだ。まして乳児もいれば尚更だ。だというのに大人が騒いでいる。


 あまりの大人気のなさにドン引きされてるのではないかと心配になって天結をちらっと見るが、彼女はそのまま目を細めた。


 知ってるこれ。遠い目ってやつでは?ドン引き通り越しちゃって無我の境地に陥ってませんか……?


 「全く何をしているのか。」


 それぞれが思い思い好き放題喋って収集のつかなさそうなのでひとまず放置されてる子供らを落ち着けよう。

そう思ってベルトの腰の位置に通してる空間鞄から布を取り出すと上り口から少し離れたところの土間に広げて子供たちを呼び、そこへ座るように指示して玩具を持たせる。


 子供の居場所が決まれば自然と女性陣の場所が決まるというもので、我が子を守り何かしでかさないか睨みを利かすためにも子供のそばなら落ち着くのだ。


 そして悲しいかな男側は番近くなら場所などどうでも良いのである。


 「天結、全員収まるだろうか?」


 彼女の思う形になっているか分からず並んだままに声をかけてば四角い枠片手にちょいちょいと合図を送られ、ぐっと中央による。


 描き始めると宣言した彼女をじっと見つめる。前にあったときに描いていたのは半分以上が棒人間の少年?だったし、自分はスライムを捕獲していたのでこんな風に正面から描いている姿は見れなかった。


 あくまでもモデルとして見られているわけで、きっとそれ以上の意味はない。そう分かっているのに時々向けられる視線にドキッとしてしまう。家族を見てるときは真剣そのもので手を動かしてるというのに俺を見てその表情を緩めて微笑むのだからずるい。


 「あら、何あの表情可愛い。」


 「真剣そのもののときと力を抜くときのギャップがたまりませんわ。」


 「私あんな義妹なら大歓迎ですわ。小型種ってなんであんなにかわいいのかしら。」

 「我が家には小型がいませんものねぇ。」


 「だが彼女と藤右衛門だと体格差が大丈夫なのか?」


 「確かにそこは心配になりますね。」


 「やぁねぇ下世話なこと言っちゃって。こんなに息子孫がいるんだから一人くらい子供がいなくたって大丈夫でしてよ。」


 「勝手に人を種なしみたいに言わないでもらえますかね。」


 『ブフォ!』


 離れた天結に聞こえないようこの密集地帯だけに聞こえる音量で話していたのに急に噴出したやつがいるもんだから、スケッチブックに向かっていた天結がきょとんとした顔でこちらを見つめて首をひねった。


 『なにあれかわいい。』


 「リス族も真っ青な可愛さだわぁ。」


 「はやくお嫁に来てほしいものだねぇ。」


 「そもそも番なんでしょうか?」


 「藤右衛門の反応は完全に番のそれだな。」


 「それにしては彼女の様子は普通過ぎませんこと?」


 「確かに番を見るメスの反応ではありませんわね。」


 「家族の前で遠慮しているってわけではなさそうだし。」


 「番でしたら誰の前でも関係ありませんわよ。」


 「それは蜜月だっただけでは?」


 「ふふ。まだまだ青いわね藤は~。そういうところは可愛いわ。」


 「息子相手といえ、三十超えたおっさんに向かって青いとかかわいいとか辞めてもらえませんかね。悪寒が走りそうです。」


 「そういうところは可愛くないわぁ。すっかり武芸馬鹿になっちゃって。」


 「おかげさまで。」


 「まぁ、可愛くない。あのこはあんなに可愛いのに。」


 「おっさんと妙齢の女性を比べては失礼ですよ母上。」


 「それはそうね。」


 母上の言い分になぜかみな納得が押していくのも癪に障るが、いくつになっても母親にはかなわないというもので。


 天井の明り取りから外れたちょっと陰になった位置。こちらには日が差し込んでいてその向こうにいる彼女がひどく遠く感じる。白い光のカーテンの向こう。まるで今にも消えてしまいそうでその体を抱きしめてちゃんとここにいると確かめたい衝動にかられ思わず手が伸びそうになってぐっとこぶしを握る。


 この焦燥を、この焦がれる想いをこの心をどう表現すればいいんだろう。


 泣きたくなるようなこの想いをどうやって伝えたらいいんだろう。



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