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第43話 貴婦人の会

 手入れされた 青い芝生。 広がる青空を 見上げて思う。


 ( なぜ私はここで、こんなことになっているのか。)


 進められるままに茶を飲み 、菓子をを挟食む天結である。


 (あぁ~めっちゃ天気良い。洗濯日和だなぁ。)


 今日は狛犬家へ訪問する日で、ひとまず同性の女性がいる方が気兼ねなく描けるだろうという配慮を頂き、女性陣と子供たちに囲まれている。


 子供たちは早々にお茶とお菓子を食べ 満足したのか、広い庭をかけ回り始めた。青く柔らかな芝生が敷いてあるので、一番小さな(乳児である海李を除く)琴葉でも走り回っている。


 残されたのは狛犬家のご婦人方。名の名に恥じない薄桃色の毛並みはロングコート。この地では過ごすの大変そうだな。と思わなくもないが、この家門において絶対的な発言権を持っている前当主夫人であり藤右衛門様の母、桃香。


 (う~ん。五人の子どもどころか孫までいるようには見えない気品と毛並み。これが高貴なるお方ってやつか。)


 思わず同姓でも見とれる美しさである。それでいてゴールデン種持ち前の人当たりの良さと懐っこさがあるのも彼女がこの家のカリスマであるゆえんだろう。しかしその奥底を覗かせない厳しさも持ち合わせている。


 (どうかしたら郷中では女帝として君臨してそうだなぁ。近所の男衆に膝をつかせて。……こっわ。怒らせないようにしよう。)


 その両サイドには側近か何かのように着席するのは現在当主である長男の妻である白シェパードの雪と反対隣に次男の妻ハスキーの鈴花。


 両者とも種族的に一見クールだと思われがちだが、その切れ長のアクアブルの奥に慈愛や優しさが籠っているとすぐに天結が気づけたのは、悪意にさらされて生きていたからこそ気づけたことだ。同じい犬族でもシベリアンハスキー、シェパード、ドーベルは誤解されやすいのである。


 狛犬家の女帝(天結的には)桃香が姑ということもあり強いのかと思いきや三人はとても良好な関係らしい。テーブルの上は終始和やかな雰囲気であったが、なぜか話題の半分以上は天結自身のことと藤右衛門のことである。


 天結としては早いところが画材を広げてしまいたいところではあるが、初めてのお茶会にご婦人方のおしゃべりが止まらないのでそのタイミングを掴めずにいた。


 しばらくは会話に参加していたものの、会話に終わりが見えそうもない。女性のコミュニケーション能力ってすごいな。とか他人事に思う腐っても生物学上メスの天結であった。


 「えっと、みなさん良い表情されてるのでこのまま描き始めちゃいますね。皆さんはそのまま続けて下さい。」


 行儀が悪いと思いつつも目の前の茶器やなんやらを横によけて、腰に下げた空間鞄から前回の半分ほどの大きさのスケッチブックと筆記道具、今回は簡易的に色塗りをしたいので箱入りの色鉛筆開けるとご婦人方から感嘆の声が上がる。


 (この瞬間はどの國でも反応いいなぁ。)


 特に女性と子供には好評だったなと思いだす。


 「まぁ、とてもきれいね。」


 「渡し絵は描きませんけどこれは欲しくなってしまいますね。」


 「そうね。このまま並べて飾っていたいわ。」


 右から左に流れるグラデーションはこの世のすべてを閉じ込めたのかと錯覚してしまいそうなほど美しい。


 特にポージングの指示を出すでもなくただ目の前の光景を見るままに描いていく。まあ、今日は耳もしっかり動かしている。楽しそうにおしゃべりをする婦人たちだけではなく、ページを変えてそれぞれの服装の装飾も描き始める。


 襟はどんな形か、使われているレースの柄、切り返しの装飾、アクセサリーの繊細さにそれぞれの配色。せっかくだからテーブルの茶器にお菓子。


 どう考えても家族の肖像画にそんなところまで描きこむとは思えないが、別のことに使えることもあるかもしれない。と、目に見えるものを片っ端から描きこんだ。


 手近なものは書き終わったので遠目に遊んでいる子供たちに視線を向ける。


 陽だまりで集まって団子になって寝ている姿にコロコロと転がるボールを追いかける姿や追いかけっこをしたり玩具を広げて障害物競走をする姿。


 それは極秘地上のありふれた姿だろう。今日も明日も明後日も、いつでも見れる子供たちの光景。だが日に日に成長してゆく子供たちの姿は、毎日同じようでいて全く違う。今だけなの見れる姿と思えば他人の子供といえど、力が入るというものだ。


 体の向きを変えてあまりに熱心に天結が子供たちを見つめるものだから、どうやらもうモデルは子供たちに移ったのだろうと大人たちはちょっとだけ緊張を解く。この姿が記録として残ると自然と力が入っていたらしい。


 「もしよければ 今かけているものを見せていただけるかしら?」


 テーブルの向かい側3人が期待の眼差しで天結の手元を見ている。描けているそれがお気に召すかはわからなったが、まぁ、検閲というか残してはいけないものがあるかもしれないので確認してもらうことは必要だろう。と、スケッチブックを渡す。ついでだから喉を潤して反応を見る。


 子供たちが走り回っている姿や団子のようになって昼寝をしている姿に黄色い声を上げたご婦人たちはせっかくだからこれもきちんと書描いて欲しいと、ページをめくるたびに注文をされてしまったので天結は慌てて貸借帳に要望を描きこんでいく。誰のどんな構図で、どの大きさがいいというのを必死に書き続けることになった。


 そんな嫁たちの一方で黙ってスケッチブックを見つめているのは狛犬家の女帝桃香である。ひとしきりページをペラペラとめくりある場所で動きを止めた。


 「これはすごいわね。」


 一体何がすごいのかわからず嫁たちも「どれですの?」と言ってその手元を見せてもらっていた。自分で描いてはいるものの対面している天結は婦人が一体どこのページを指しているのかわからない。キョトンとして首を傾げる天結にもどかしくなったのか、婦人はスケッチブックをくるっと回して自分が見ているページを見せて指をさす。


 「この服の装飾とかリボンとかフリルとか細かく書いてあるでしょ?それに刺繍の柄だって描いてあるわ!」


 と、大興奮である。どうやら 夫人は根っからの可愛いものが好きなようだ。子供たちが持っていたぬいぐるみやその着せ替えをしていたドレスまでデッサンをとっている。


 「氏族には大体その家を表す模様があるの。ある程度の式典ともなれば男性は嫁や親姉妹がその模様を刺繍した衣装や小物を纏うという暗黙の決まりがあるんだけど。この模様は基本的に家門を表すものと一緒に好きな模様を組み合わせて殿入れのだれってわかるようになってるの。」


 「それはある意味親切というか。」


 「でも何代もたつと好みが似ていたりそのその刺繍がそんなに得意でないから簡略したものとかあるんだけど、モチーフが重なるとどれがだれかわからなくなってしまうのうよ。だから記録を残すために箱に入れてるけどそれが膨大すぎて振り返ったり探すのに凄く時間がかかるの。」


 「はぁ。」


 「だからそれを全部描いてもらった紙を一冊に閉じてしまえば便利だと思って。」


 「なるほど……って、え?」


 「急がないし少しづつでいいの。いろいろなことが落ち着いたらお願いできないかしら?」


 「期限などなくてもよろしいのでしたら。」


 「構わないわ!」


 そんな習慣があるとは天結も知らなかったのでおそらく 先祖が離れている間ここ300年以内にできた習わしなのだろう。


 大変そうではあるが単純にその模様とやらがどんなものか気になったのである。二つ返事でうなずきを返したが、これが後々話題となりその後思わぬ仕事に振り回されることになるとはさすがの天結も予想だにしていなかった。


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