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第45話 蓮犬大介視点


 その日は山の様子を見に来るだけのつもりだった。


 春分の討伐を前に例年と変わりがないかを確かめに行くつもりでのんびり山を歩く。


 いつもであれば討伐に参加していつの間にか集まった顔見知りと集まって、普段は得られないような獲物を前に心を躍らせる予定であったが、今年は急遽霧島から氏族の長タケルが視察に来るらしい。


 独り立ちしてからというものの自由気ままな生活をしていたが、血の繋がりってやつはやはり切れないものらしい。地の利があって腕の立つものを。と、上からのお達しとあれば大した理由もなしに断るわけにもいかない。


 長年のしがらみを断ち切ることはできず、当日は騎士団を動かすわけにいかないということで現地案内も兼ねて野良の冒険者に護衛のおはちがまわってきたってことらしい。


 普通逆じゃねぇか?騎士を護衛に使って、討伐は冒険者の仕事だろうが。まぁ、どっちにしたって戦えないやつを前に出すわけにもいかねぇってのはわかるんだが。


 かといって一度は首を縦に振っちまった依頼を放り出すわけにもいかねぇし。


 しょうがねぇからその前に少しでも稼げるものは稼げる時に稼いでおこうってわけだ。


 世間の犬族たちは番だなんだって騒いでやがる。んなもん俺だって見つかっちゃいないが関係ない。35を超えれて番がいなきゃ狂人になるなんて話を聞いたりもするが、んなもん信じちゃいない。なんせ狂ったやつの話を聞いたことがないからだ。


 とはいえ自分は29。眉唾だと思いつつもそれが本当だったらどうなっしまうのか考えずにはいられねぇってのもまた生き物の本能なのかもしれねぇなぁ。あぁ、ばかばかしい。


 そんなどうでもいいことをつらつら考えているとどこからかふわりと香るみずみずしくも甘いその匂い。誘われるままに足を向ければ遠くに見える薄花色の塊。


 あれか?と思いその姿を確認しようと目を凝らす。


 (あれが俺の番?)


 見えたのは百群から薄い露草色へと変化する2つの長いおさげ髪。淡い花群青のくるんと丸い尻尾から柴犬系の獣人であろうことがわかる。何かいいものでも見つけたのか、木の前にしゃがみこんで尻尾を振りながらごそごそやってる。匂いからしてまぁ、メスであることはわかる。


 そんなやつの少し手前でガサガサと茂みが動いて一匹の角兎がそいつの背後を狙っている。どうやらそいつは採集に夢中で自分が魔物の獲物にされていることに気づいちゃいねぇ。頭で何を考えるよりも先に長年染みついた癖でとっさに体が動いた。背負った弓を構え、「危ない」の言葉に犬鳴を乗せる。木々の間を縫うように的確にその急所を狙う。


 正確に魔物射たことも満足感よりも魔物の接近に気づかないそいつの方が気になる。何事かと振り向いた花群青の瞳がキョトンと地面に縫い留められた魔物を見て、三五十五してから自分が魔物に狙われていたことに気づいたらしい。


 そのあどけない表情にドキッとして倒したものを回収に行くのが出遅れた。


 彼女の様子を見るにケガなどはないらしい。獲物を回収してそばに立ったというのに、その女はこちらを見るが番らしい反応がない。


 (一目見て互いにわかるんじゃないのかよ!)


 誰にでもなく悪態をつきたくなるが、もしかしたらこの女は未成年なのかもしれない。よく見れば体が小さい。柴犬種のようだしあどけない表情を見ればまだ子供なのか……。


 (待てよ?)


 子供だというのにこんな奥まで 一人で分け入ってきたのか?そう思えば ひどく庇護欲がかき立てられた。子供なんてこれまでろくに接したことがないのに、これは守らなければならない存在だと本能が訴える。


 ひとまず今一人かどうかを確認するずいぶん遠くに雄の犬族の匂いがする。一定間隔離れているようだが二しかしたら仲間なのかもしれないと確認すれば不思議増な顔で一人だという。この反応からして自分がつけられていることを分かっていないのだろう。


 一人でこんな山奥に来たら危ないだろうと注意するが、なんで注意されているのかわかってねぇ気がする。や。マジでわかってねぇなこいつ。


 目を離すことができなくて、ひとまず一体何が目的でここまでやってきたのかと彼女の行動 理由を尋ねる。すると驚いたことにこの女は成人しているという。なのに危機感もなければ注意力もねぇ。上に俺に対して番らしい反応も見せねぇ。どうなってるんだ?


 そいつは子犬族であること、最近よその国から殺魔に移ってきたこと、普段は画家をしていて絵を描いて過ごしているということ、定住するために家を整えている最中であること。


 これまで他人のことなど気にしたこともなかったのに、彼女のことなら何でも知りたいと思う自分に驚きを隠せず、これまで自由にしていた自分にも首輪のかかる時が来たと若干の諦めにも似た感覚と捕らわれるのも悪くないと思う自分にため息が出る。


 家の整備をしていると言っていたから自分が手慰みで始めたガラス作りを思い出す。最初は狩りに向かない時期の暇つぶし程度だったが、まぁそれが意外と熱中してしまったわけだが。今ではなかなかのものになり、商業ギルドで取引するくらいにはなった。


 案の定ガラスが欲しいようで一般的には砂浜で採取した砂を使うが、この娘はそれを知らなかったらしい。まぁ、山の中でも取れなくはないがある程度掘らなきゃならんし、不純物も多い。いいガラスは作れるがその分手間がかかる。


 普段なら聞かれない限り交換なんてしないし、ましてわざわざガラス板の設置場所を確認してまで作ろうなんてしない。ほかにも作れるやつはたくさんいるし、言われた通りに作るのはめんどくぇ。


 そんなことを思っているというに事欠いて討伐に参加するってんだから驚きだ。この調子なら魔物の波にのまれてやられるってぇよりもふもとまで押し流されそうだ。とか考えて笑いそうになるのを帽子の下で隠す。


 だというのにガラスを理由にして通う口実を作ろうとするなんざぁ、俺も立派な雄だったようだ。これで少しでも彼女のそばに行くにができればと下心を丸出しな自分に呆れる。


 ガラスを譲るというと絵意外に取引するものがないと言い出した。動きだす絵には驚きもしたが、それが今自分に必要とは思えないし、ましてや自分よりもずっと年若い娘から何かを搾取しようとはおもわえねぇ。


 等価交換といえば 確かにこの国では当たり前のことではあるが、歳の離れた番から何かを得るとするならば、それはもう一つしかないだろう。別に番の住まいを整えるのは雄としては当然のこと。ではあるが、相手にはそれがぴんと来ていないようだ。


 なんにしてもガラスの設置個所を確認せんにゃ話にならん。と、歩き出せば嬉々として後ろをついてくる姿は可愛らしいと思わなくもない。


 だが……初対面の男を自分の家に引き込むなんて意味分かってんのか?こいつ。若干呆れるつつもあまりの無警戒に心配にもなるが、何よりもメスの巣穴に誘い込まれる喜びがほの暗く灯りいろいろな感情が一気に押し寄せる。ひとまずこれでおしまいでという縁にははないという安心が胸を掠める。


 彼女のこえで名を呼ばれるのも悪くない。これまで誰かに名を呼ばれるのにそんなことまで考えたことはなかったが、甲高くもなく低すぎない声は耳に心地いいからついそばだたせてしまう。


 やっぱり離れたとこにいる雄の気配が移動する自分たちについてくるのは気になるが、なぁに、いざとなれば俺がどうにかすればいい。それくらいの腕は持ってるからな。


 山から下りて番の家の様子を見に行った。


 今日のところは手元に持っているものを一階と二階の窓枠にはめてやって、三階は適当ないたをはめて獣人といえど簡単に侵入できないようにして、ついでに一階に二か所と二階に一つある玄関扉を施錠できるようにしてやった。カギは得意な奴を紹介してもらって準備はいしていたが自分で設置ができなかったらしい。これで施錠できるからすこしづつ引っ越すための荷物を運びこめると世論出る姿が可愛くて頭を撫でれば甘えるように頭を擦り付けてきた。


 (こいつ。まさか無意識でやってんのか?)


 腹の奥にある甘い疼きを気づかないふりをして誤魔化す。


 ついつい欲が出て撫でた手を滑らせて頬と首まで撫でて拒否されないので柔らかな首に自分の手首をこすりつけて匂いをつけておく。


 なんせこの家天結以外の匂いがする。薄いものは手伝いで一度か二度入ったやつの匂いだとして、中でも濃い二種類の匂いは牛と兎のメスだから良いにしても、濃いうちの1つは嗅いだことのあるあの有名人。そういえばあの男も狂人手前のこじれたやつだったと思いだす。それから遠くにある気配と同じ匂い。


 まぁ、整備している間に器用なやつや土地の者が手伝いで入ってしまうのはよくある話。そう思って見えない何かを振り払うよに頭を動かせば。不思議そうにこちらを見る蒼い瞳。


  まあいい。しばらくはガラスを理由にちまちま通い詰めて他のオスの匂いは消して回ろう。無意識になんなに甘えてくるならば番だとそのうち自覚するだろう。その時おれはただそんなことを考えてにやりと笑うのだった。


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