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第47話 保護者

 戦いの火蓋は切って落とされた。


 なんてナレーションがつくほどの深刻な状況ではなく、ひとまず出発式が終わった。


 隊列を組んだ騎士たちが11番隊を先頭にぞろぞろと関所を超えて橋の向こう側、天結が殺魔に来るためくぐった長いトンネルの手前で左に上がっていくのだという。その隊列を追いかけるように、冒険者の波もまた流されるように移動を開始し始めた。


 不思議なことに春分と秋分、夏至と冬至の4日間のみその道から山頂の古代建築までの間だけダンジョン化するらしい。


 殺魔國内ではいくつかのそういった場所があって、人々はそれを対処するために魔物と戦う日々を余儀なくされていた。それこそが【殺魔】たる所以なのだろう。


 一団が移動するのを見送って式典に参加していたお偉方は席を立ち案内人に促されるままに移動する。その後ろを側近やら護衛も動くもんだからちょっとした御一行具合である。


 「蓮犬さん、今日は護衛って言ってたっけ。」


 ウェスタンハットがトレードマークの冒険者、蓮犬大介。


 先日山の中で偶然知り合ってからというものガラスの提供やら家の整備などでちょいちょい助けてもらっていて、今日の護衛のことも作業をしながら話を聞いていた。天結が前線に出ると言えば、引率できないのを嘆かれ随分と討伐での注意事項や例年の傾向などを教えてくくれた。


 「親バカな保護者か。」


 と、言いたくなるほどコンコンと真面目に話されたので一周回って面白かった天結だが、言えば怒られそうなのであえて黙って聞いていた次第である。


 そんな蓮犬がちょっと心配そうな視線を向けながらもいつものニヒルな笑みはそのままという器用な表情を向けてきたので、天結は笑顔で返しておいた。


 その一団の後ろ姿を見送ってから天結は椿と麗の元へ足を向けた。その姿を見守っているものがいるとは気づくこともなく。


 「天結ちゃん、おはよぉ〜!」


 ちょっと離れたとこからお気楽な麗がブンブンと手を振ったりするもんだから周囲からの視線がすごい。


 「あ、きたきた〜。おはよう!ごめんね巻き込んじゃって。」


 「今日は一日よろしくねぇ〜!」


 「こちらこそ。どれくらい役に立てるかはちょっとわからないけど、できる限り頑張るよ。すぐに出発するのかな?」


 「ううん。まだだよ。最初は下級魔物しかいないから未熟な冒険者や騎士の経験を積む場として周囲が実力を確認ながら討伐するから。」


 魔物たちは波が打ち寄せるように下級、中級、上級と山を下ってくる。巫女たちの力が必要なのは中級の大物からということで焦って出発する必要はないらしい。



 そんな三人の会話にお耳が大きくなる周囲である。こそこそと聞こえる呟きに思わず同じようにお耳を大きくする天結である。


 「あら、巫女様方と一緒のいるのって。」


 「あぁ、絵描きの子じゃない?西千石郷中の。」


 (あ、あの辺って西千石っていうのか……初めて知った。っていうか住所の概念はあったということも驚き。……ってか私はあの人知らないのに何で向こうは言ってるんだろう?)


 「面白い絵も描けて巫女様方ともお友達なのね。」


 「あら、最近よく一緒にいるのを見かけるわよ。」


 (面白い!?あ、いや……面白いのか?動く絵なんて私以外見たことないし、まぁ、面白いんだろうな見たことない人からしたら。たぶん。……って見かけられてたの?ほとんど屋内作業なのに?いつみられてたの?あの通り夜の飲食店くらいしかなくて昼間人通りほとんどないんだけど?)


 「騎士じゃないのに魔物討伐に行くのかしら?」


 「犬族だから平気なのかしらね?」


 (まぁ、犬族は男女関係なく鍛えれば犬鳴できるけど……え?私、結構注目されてる?見られてる?や、さっきから大分視線は感じるけどなんで?)


 一人困惑の天結であったが、その正体はすぐ知れた。


 「椿……。」


 「麗、お友達かな?」


 「父上、移動されたのでは?」


 「あれぇ?おじぃさまどうしたのぉ?」


 三人娘が振り向いた先にいたのはダンディな黒牛獣人と好々爺然とした枯草色の兎獣人。


 (口は笑ってるけど目が笑ってないなぁ。他國でもよくこういうのいたな。値踏みするやつがする目つき。……うちの親族もこのタイプだったけど。あぁ、やなもの思い出した。こういうのは関わらないに越したことはないが……どうしたものか。)


 「おじぃさまっ!」


 「父上っ!」


 『私の友達にそんな目を向けるのはやめてくださいっ!』


 同時に上がった少女たちの声は注意された大人たちとその後ろを凍らせるのには十分な威力だった。


 「あの、椿も麗もそういってもらえるのは嬉しいけど、保護者?が急にできた娘の心配するのは仕方ないと思うよ?だからそんなに怒らないで。ね?」


 「天結ちゃんは優しすぎるよぉ。」


 「失礼な人には怒っていいと思うよ。」


 「それは……。」


 保護者を叱った手前困ったようにいう二人の言葉に天結は複雑な思いになる。だって、失礼なことを怒ってもいいのはそういう立場があって守られた人間だから言える発想だ。氏族の長である年上の者にそういう態度をとられたからと言って指摘してもいいという育て方は去れていない。


 もはや家庭では放置子に近い状況だったし、接したことがあるのは指導してくる立場のものばかりで歯向かうことなんてできないのだ。優しさなんかじゃない。動けないだけ。情けない自分に何か黒いものにのまれそうにもなるのに。


 同時に親や祖父に反抗してまで友人と認められてかばってもらえるなんて人生で始めてだ。嬉しいという感情に何処かこそばゆさもあって、思わず下向き加減で手をもじもじさせてしまう。


 その姿を「ほぅ」と見つめる牛と兎。

 「紹介します。最近駿河から殺魔にやってきたお友達の天結です。」


 そういったのはどちらだったか。せっかく紹介してくれた流れを無駄にするわけにいかなかったので、天結もぺこりと頭を下げる。


 「ご紹介にあずかりました、小柴天結と申します。」


 「駿河とはまた遠方より来られたものだ。」


 「先祖がこちらの出自ですので。」


 「なに?」


 いかにも不信と言わんばかりの牡牛の態度に天結は臆することもなく、かといって不快にするわけでもなくただ淡々と答えた。


 なんなら殺魔の重要人物の巫女でもあり娘である椿の周囲に降って湧いた異國の女を警戒するのは当然である。


 椿と麗、そして天結自身もお互い一目見て分かりあうモノがある。だから当事者は何の違和感も疑いも不快もなく仲間意識から親しくなるが、何も感じ取れない周囲の人たちにはなぜ二人もの巫女を異国の少女が手なづけているのか理解できず、それはまた異様にも見えるのだろう。


 年長者の威圧をもろともしない天結の態度もそれを助長させたのかもしない。


 どう説明したものかと考えていた時である。


 「今日は凪ちゃんが参加できないから、代わりに天結ちゃんにお手伝いをお願いしたんだよぉ!」


 まるでサプライズ発表でもするかのような明るさで、独特の間延びしたしゃべりをする安定の麗である。もちろんこの発表に唖然呆然としたのはおそらく常識人と思われる保護者だ。


 『は?』


 「お話中失礼いたします。」


 「おぅ!狛犬か久しいな。」


 「ご無沙汰しております。氏族長様方。」


 やってきたのは長身で厚みのある犬獣人騎士、藤右衛門。その後ろにはもじゃもじゃヘアで細身の長身小犬丸が控えているし、他にも数名周囲を警戒しながらもこちらの様子をうかがっている。


 どうやら巫女たちの保護者は藤右衛門を知っているらしい。天結に対する険は鳴りを潜めて握手を交わす姿は異國の外交官を思わせるような洗練された所作である。


 氏族長たちと挨拶を交わした藤右衛門は巫女二人をむく。


 「本日巫女様方の護衛となりました狛犬東郷藤右衛門と申します。巫女さま失礼ですがそちらの方も同行される聞こえましたが……。」


 個人的には天結と藤右衛門は知人として付き合いがある。しかしここは公式の場であるからあくまでも一歩引いた位置から話をしているのだろう。


 (公私分けれるのは育ちがいい証拠だな。)


 ここのところ接することが多い狛犬家の面々を思い浮かべてしまう天結である。そんな一人でほっこりしているのを周囲は知るよしもなく。


 「今日は水の巫女である凪ちゃんが巡回で来れないからぁ、代わりに駿河から来た巫女の天結ちゃんがお手伝いしてくれるんだよぉ!!」


 『巫女ぉ!?』



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