「どうも。巫女です。」
明日の天気は晴れるでしょう。くらいなんてない事のように言ってペコリと頭を再び下げる。
殺魔において真実役割を持った巫女は三人のみだ。その巫女が仲間と称し、そしてはっきりと巫女と紹介するということをこの娘は分かっているのか。
さもそれは当然のように、なんでもないことのようにしているが周りからしてみれば貴重な巫女がまさか國外からやってくるなど前代未聞である。
さすがにこの事実は以前より知り合いの藤右衛門も知らなかった事だし、その後ろの小犬丸に至っては予想外の出来事に言葉も出ないようである。ぽかんと口を開けて動かなくなってしまったし、周囲の騎士は唖然呆然である。
「は?、ちょっ……。」
さすがに普段冷静な藤右衛門も二人の氏族長も何と言っていいのか状態。しかしそこからいち早く立ち直ったのはさすがの藤右衛門だった。
「ひとまずその話は夜にでも詳しく聞かせてほしい。」
「夜……?」
『夜!?』
今度は別の意味で驚愕の周囲である。
期待と驚きで視線を集める本人はいたってまじめな表情を崩すことはない。
「天結、すまないが今夜の夕食は我が家に招かれてほしい。当主である兄上と我が大犬族の氏族長、キミが保護者としてあげていた小犬族の氏族長がキミの話が聞きたいので場を設けてほしいとのことだ。」
「あぁ。そういうことですか。わかりました。」
いつかは説明が必要なことは分かっていることなので、いい機会かもしれない。なんて漠然と考える天結である。
まさかの会談のお誘いで周囲は安心したような残念なような気もするがそんなことに気づく天結ではない。ついでにいうと分かってないやつがもう一人。
「えぇ!今日の夜は私と椿ちゃんと三人でご飯食べてお泊り会する予定だったのにぃ!!」
「まって、麗。それは私も聞いてない。」
「だってこの前天結ちゃんのおうちほぼ出来上がったからお泊り会したいねって言ったもぉん!今日は街を挙げてのご飯会なんだよっ!討伐お疲れ会しようと思ってたんだよぉ~!」
「あぁ、お疲れ会ついでにお泊りしたいってことだったのね。」
「そぉ!なのに横からきてそんなのずるいぃ!!女子会したかったの女子会ぃぃ!」
「なんか色々増えてるけど……。」
「なるほど、それなら巫女二人も招くのはどうでしょうか?三人での食事会は次回に楽しみが伸びたということで。」
「ええぇぇぇぇ。」
「麗~。私にも天結にも前もって伝えてないのが悪いよ。ここまで狛犬さんが譲ってくれるんだから今日は譲りなさい。」
「はぁい。」
何か思うところもあるのだろう。もっとうだうだ言いそうな麗も椿に諭されて大人なしく……いや、しぶしぶ?ここは譲るようである。
「麗。お友達と年頃の娘らしくしたい気持ちはわからないでもないが、物事には準備と根回しが必要だ。ここは誘っていただけるだけ良しとしておきなさい。」
「はぁい。」
「狛犬殿、孫が迷惑をかけてすまないね。」
「いえ。」
「迷惑ついでに儂もお邪魔してもよいかね?」
「は……?」
「代々巫女を輩出し守る一族として彼女の話を聞いておくべきだろうと思うがいかがか?」
「それは……。まぁ……。」
「なるほど、それで言うなら我ら大牛も参加させていただきたい。今後を左右する内容なら一大事だ。」
(なんかやたら話が大きくなってきたな。藤さんも大変だな。)
どこまでも他人事の天結である。保護者 2人の目つきが変わったように感じたがあえて それに気づかないふりをした。
「わかりました。そのようにいたしましょう。」
藤右衛門は近くにいた騎士に話しかけると一言二言用事を言いつけて戻ってくる。一歩言われた騎士は一目散に駆けだした。
(お使いか……。ガンバッテ。)
心の中で声援を送る天結である。
「天結、確認なんだがキミは魔物と戦えるのか。」
「問題なく。」
「今日の討伐はただの魔物退治ではない。魔物津波だ。倒しても倒してもキリがない持久戦だ。もしも自信がないなら……。」
自分より頭二つも大きい相手である。手を伸ばしたところで届かないのは目に見ているので、まだ作って一度も使っていない筆を取り出してその口先に当てる。
「断言します。私は殺魔で一番強い。足手まといなら捨てていただいて結構。巫女達と騎士の安全を市優先して下さい。」
どこまでもまっすぐに見つめる視線は揺るぎないもので、少女が自信を持てる確固たる何かがあるのだろう。だが、藤右衛門は別な意味で瞬間的にそれを認めることができずにいるわけだが、そんなことは天結が知るはずもなく。
「あんなことできるわけが……!」
「それがあなたの今日の仕事では?」
「それは、そう、です…が……。」
予想外の言葉に返事に詰まる藤右衛門。
「大丈夫です。あなたの大事なものは私が守りますから。」
「え、あ、あの。」
どこか遠くで「惚れてまうやろぉぉぉぉ!!」と聞こえたがきっと気のせいだろう。
「男前か。」
「ここにきてまさかの口説き文句。」
「これまでそっけなかっただけにこのタイミングは狡い。」
「一回下げてからの持ち上げとかテクがエグい。」
「それなのに本人自覚なくてその気がないとかひどすぎる。」
「副隊長つらぁ。」
「負けるなぁ。」
何やら言いたい放題の副隊長班である。当人たちに聞こえないようこそこそしてはいるが顔と態度は一切の変化を見せないのはさすがである。鍛え方が違う。
「ん!んん!!」
どうやら聞こえていたらしい。一瞬ガン睨みをきかせたが慣れてる班員はどこ吹く風である。咳払いでどうにか場の空気尾を戻したいのに保護者府たちがが生暖かい視線を送ってくる。
「ぐっ……。」
「えぇぇ~!?麗は?麗も守ってくれるよね!ね?」
「いや、あんた巫女なんだから自分の身くらい自分で守んなさいよ。てか、普通は自分の方が強いって憤る場面でしょうに。」
「え?そうなのぉ?なんで怒るのぉ?」
「まぁ、そういうところが麗よね。」
「椿は憤らないの?」
「な!?天結相手にそんなことするわけないでしょ!」
「そうなの?」
「だって、わたしたち、その。友達だもの。」
思わずして天結に正面から聞かれるものだから、自分から言い出しただけに素直に否定するのはできなかったらしい。普段しっかり者の椿がデレる姿もまた珍しいのである。
「ええぇ~!椿ちゃんが可愛いぃ~。」
「わかる。椿可愛い。」
「う、うるさい!」
三人よれば姦しい。どこまでもマイペースな娘たちである。
「では儂はほかの氏族長に一言断りを入れておこうか。行こうか大牛の。」
「相分かった。では椿後で視察に上る。励むように。」
「はい。」
「麗もケガをせぬようにな。」
「はぁい!」
今度こそ立ち去る氏族長の後ろを見送って藤右衛門を振り向く。
「私たちも移動ですか?」
「あ、いや。」
「まだ上らなくても大丈夫だよ。」
どうも歯切れの悪い藤右衛門をみかねたのか小犬丸が寄ってくる。
「小柴さんは殺魔で初めての討伐でしょ?だから少し露店を回ってお腹満たしてから行ったらどうかなって思ってるけどどうだい?」
「私は構いませんが。」
「そうだねぇ。払いまくるとお腹すいちゃうからちょっと食べてた方がいいかもぉ?」
「麗は食べて補給するタイプだもんね。」
「椿ちゃんはすぐ寝ちゃうから周りが大変なんだよぉ~。」
「ごめんて。」
「天結ちゃんは?」
「私は……。最近神通力切れ起こしたことないからどうかな?子供のときは温泉飲んでたけど。そういうのってかわるったりするのかな……。」
「んん?それだけ使ってないってことぉ?」
「いや、描いてるときとか出すときも使うでしょ。」
「使うねぇ~。」
「ねぇねぇ、あるあるだと思うけどさぁ。新しいもの作る時とか試行錯誤して時間忘れちゃうじゃん。」
『あるある。』
「あれって神通力流しっぱなしでどれくらいいけるぅ?」
「それは使う量にもよるでしょ。」
「ん~なんていうかぁ。細く長くぅ?使ったら。」
「あ~私は一日かなぁ。」
「えぇ。そんなに!?私半日が限度だぁ。」
「麗は神通力がとかよりも集中力の問題じゃない?根気強くやればきっと一日いけるよ。」
「そうかなぁ?天結ちゃんはぁ?」
「え……う~んと。」
「ほれ、白状しちゃいなよぉ~。」
「しちゃいなよぉ~。」
「……三徹…かな。」
「はぁ!?」
「それ以上はやったことないから限界はわかんないなぁ。先に眠さが勝つ……?みたいな。」
「それ、神通力枯渇で気絶じゃなくて?」
「や、普通に寝不足で。」
「じゃぁ、神通力枯渇で倒れたことはぁ?」
「物心ついてからはないと思う。」
「そりゃぁ、一番強いって豪語できるはずだ。」
「神通力お化け……。」
「どんなお化けなのよ。」
「神なのか幽霊なのか魂なのかわけわからんから。」
そんなことを言いつつも一行はテルクニを商業ギルドに向かって歩き出し屋台船を見て回る。麗に至ってはしっかり人参グラッセを会話の合間に二本も食べ終わった。
この屋台は何を扱っているとか、雑貨屋に置いてあるこれは名物だとか。若い女の子なら誰しもが一度はする友人との買い物風景。
「楽しいな。」
かみしめるような物言いに巫女二人は優しく笑う。なんとなくだが彼女がこれまで置かれていた状況が好ましいものではないと言葉の端々から感じられていた。
「次の討伐も一緒に来ようねぇ!」
「討伐なんて言わずに買い物くらいいつでも一緒に行けばいいじゃない。」
「え~あれは買い物っていうかぁ。」
まさか普段から買い物?交換できる場所があるとは思っていなかったので驚きの天結である。
「そんなとこがあるの知らなかった。」
「えぇ~。そうなのぉ?それならまぁ、行ってみるのもいいかぁ?」
「半分はおねぇ様方の会議室だけどね。」
「あははぁ~わかるぅ。」
いわゆる井戸端会議か。この周囲は屋台船を出してるねぇ様方(おば様)が多いのでうかつなこと言うと後が怖いというのは天結でもわかる。なのであえてそういう言い方をしてるのだろう。
「あら、巫女様いらっしゃい!これから出陣かい?」
『は~い。』
「いつも討伐ありがとうねぇ!これ良かったら持って行って~。」
そう言って気前のいいおばさんは焼き芋を三人に渡した上に後ろに控えている藤右衛門にも紙袋を渡している。気前のいいおばちゃんである。
「おいひぃ~。」
「もう食べたんかい。」
「だっておいしいよぉ。」
「あはは。ありがとね。これから討伐だろ?頑張ってね。」
『ありがとうございまぁす!』
街の人他の反応は優しい。巫女として顔のしれた二人だけではなくて、気さくに天結にも声をかけてくれる。
犬族なこともあって魔物退治はそもそもできるものだと思われているようだ。実際できるのでわざわざ否定する必要もないからあえて黙っているが。