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第49話 狐の親子

 そんななかで見慣れた狐の親子が屋台船を出している。


 「こんにちは。」


 「いらっしゃい。久しぶりやなあ。元気にしとったかか?」


 ちょっと前までよく聞いていた肥後訛り。


 「おねぇちゃんげんきぃ?」


 すっかり懐かれてしまった狐の幼子。どうやら父親の真似をしているらしい。


 「うん。元気だよ。ありがとね。」


 「また豪勢な顔ぶれやなあ。いったいこん二か月程度で何があったんやい。巫女様方とお近づきなんて凄かじゃなかか。」


 「ん~。なんかいろいろかなぁ?巫女様たちは偶然なんだけど、すごくよくしてもらってます。そろそろ住むところも完成しそうだし。」


 「おねぇちゃんおうちカンセイしたの!?あそびにいってもいい?」


 「ん~ネネちゃん呼ぶにはまだ散らかってるから、次にネネちゃんが殺魔に来る時までは片づけてご招待できるようにしておくよ。」


 「ぜったいね!ぜったいだよ!おいわいもちゃんともっていくから!」


 さすがしっかり者ネネである。ツネヨシの教育が生きている。


 (やるな6歳児。麗よりしっかりしてるんじゃ。)


 唐突に浮上した疑惑に思わず麗を見てしまう。


 「ん?なぁにどうしたの?」


 「いやなんでもない。」


 焼き芋はもう食べ終わったようで六本目の人参グラッセを食べている。


 「麗よりこっちの狐のお嬢さんの方がしっかりしてるから心配されてるんじゃない?」


 「えぇ~!そんなことないもん!……て、凄い植物の苗がいっぱい!」


ネネと比べられてちょっとお冠だった麗だが、ツネヨシの売り物に目が言って急に機嫌を直す。薬師なのでやはりそういうのは目がないようだ。


 「うちは肥後でん珍しか花から野菜、薬草まで扱うとるばい。こけのうても欲しかとがあれば次ん討伐には持ってくるばい。」


 「じゃ、じゃぁ!」


 どこに仕込んでいたのか麗は植生図巻を取り出していた。しかしそれはあくまで殺魔の植生図巻なので肥後にないものや逆に肥後にあって殺魔にないものもあるらしく、植物だけではなく肥後の植生図巻まで注文していた。


 「絵ん注文ばしよごたるばってん肥後に帰るまでにまたいくつか頼むるかな。」


 「大丈夫です。私も花の苗が欲しいのでちょうどよかった。」


 天結の絵の具は植物由来のものが多い。自分で育ててしまえば安定してその絵の具が仕えるようになるので助かるのだ。


 「私も植生図巻お願いしようかな……。」


 「絵ん具に使うと?そんならいろんな植生図巻じゃなくて花ん図巻にしようか?」


 「ぜひ!」


 「色ん指定ばしてくれたらそれに近か苗も持ってくるばい。」


 「それじゃぁ……。」


 結局花苗だけじゃなくて野菜苗も買うことになった。


 と、いうのも後ろに控えていたはずの藤右衛門がどうせなら屋上菜園に植える苗を買った方がいいということになった。


 殺魔に置いて最も重視されるのは食料である。当然自分が住む場所に畑を設置するが前文明の遺跡密集地であるこの街では空地を探して瓦礫を運び出すより屋上や窓際を使う方が効率的だという理由が大きい。


 そんなわけで野菜苗も選んでいたわけだがそこで我慢できなかったのが一人。


 「天結ちゃん!人参植えて!おすすめは人参の女王!」


 「根菜はあって困らないからいいけど、ってかなんでうちの畑に麗が乗り気なの?」


 「だってぇ、私はおうちが一番天結ちゃんのおうちが近いものぉ!しょっちゅう遊びに行くのは目に見えてるしぃ。それなら最初から好きなもの植えてもらった方がいいかなって。」


 「麗遠慮がなさすぎじゃない?」


 「お友達だからいいんだもぉん!」


 「いつ来てもらっても良いけど……。麗?期待を破って申し訳ないけど、私一切料理できないよ。植えたって人にあげるのが前提で私はそれを調理して振舞うなんて坂勝ちしたってできないよ。」


 「逆に逆立ちで料理なんかしたら危ないわよ。」


 「それはそう。」


 「足で包丁とか持てないから普通にした方がいいよぉ。」


 「あんたも突っ込むのそこじゃないわよ。」


 「じゃぁ、私ご飯作りに行ってあげようか?」


 「麗は巫女なのに料理できるの?」


 「えぇ?巫女関係あるかなぁ?」


 「いや、大口叩いけるけどあんた偏食家で人参と芋と葉物野菜しか食べないじゃない。」


 「だめぇ?人参美味しいよ。」


 「人参も葉物も好きだから良いけど私植えても世話はわからないし料理もできないよ。」


 「さりげなく項目増やしてるわね天結。あ〜もう。……それなら私も手伝いに行くわ。」


 「いっそ椿ちゃんもこっちに引っ越してきちゃいなよぉ。」


 「しないわよ。」


 「つまんないのぉ~。」


 「はいはい。」


 「そういうことなら私も手伝いましょう。男手がある方が捗ります。」


 「そうですか?ん~じゃぁ、藤さんの好きな野菜でも植えますか?何がいいです?私は基本野菜で嫌いなものはないから何でもいいです。ま、料理できるようになるかは別ですけど。」


 (無理だろうなぁ~、無理なんだろうなぁ~。やる気もないしなぁ。料理の神様助けてくれないかなぁ〜。いるかなぁ〜。穀物の神様いるし食事の神様入るけど料理の神様様ってなると誰だ?台所の神は竈三柱神だからそっちに願えばいいのかな?)


 余にも現実味がなくてついつい神頼みしてしまう天結である。


 「私は好き嫌いはないので何でもいいと思う。強いてゆうならその季節のものを食べられたら嬉しい。」


 「たしかに季節のものは単純においしいですよね。…そうなるとなにがいいかなぁ。」


 そうなると、もう一人家の整備仕事を手伝ってくれた黒柴の男を思い出す。


 (よく出入りするって言えば蓮犬さんもなんだかんだで助けてもらってるからツネキチさんが帰る前に好み聞いてみるのもいいかもしれない。)


 日頃の感謝に好きな野菜を植えよう。自分は料理できないけど……。


 「それならもいですぐに食べられる果樹はいかがです?調理の必要はありませんよ。」


 どんなものを植えるかと小舟の前で凝視する娘たちに後ろの護衛役たちも加わってちょっとした賑やかさ……そもそも麗が一人しゃべるだけでよく響くのに、もっとにぎやかになってしまった。


 「なるほど確かにそれはある。」


 「まぁ、食べれるまでしばらくかかりそうでですが。」


 「それまでは外で食べるからいいかな。……ツネヨシさん、果物の苗木ってありますか?」


 「えぇ~だから私と椿ちゃんが遊びに来るからそんなことしなくていいよぉ。」


 「いや、毎日二人に来てもらうってわけにいかないからね?」


 「でも果物は純粋においしいからいいんじゃない?」


 「果樹ん苗木も有るばい。今出す。そうやなあぇ。スイカ、ミカン、梨、いちごにブドウ、キウイなどがあるがすきなものがござるね?」


 「あ、ブドウは欲しい。キウイも欲しいけど……どっちもつる植物だから難しいかなぁ?あ、桃は?桃があればほしいかも。」


 「あるばい。」


 そんなこんなで今回はかなりの量となった。貸借帳を交わしたとはいえとてもよくしてもらえたので二人が肥後に帰る前に渡す絵はもうちょっと増やして渡そうと思う天結であった。


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