「強い巫女の血を取り込むことに成功した小柴は次は殺魔へ血の帰還を目指しました。でもただ血統をついで強くなる素養があっても実際に弱れば娘を送り出したところで意味がありません。血を守り強化しながら殺魔に返せる者の選別を始めました。」
「血の存続はわかる。だが選別とはなんだ?強化とはどうやって行った?今日の山でのあの力は水の巫女でも叶うまい。」
「いや、その前にどうやってそれを維持し続けた?犬種族は番だぞ!?都合よく血統のものだけが番続けるなどありえないだろう!?」
「そうです。我ら犬族は群婚でも乱婚でもない。だから小柴は一つの掟を定めて一つの薬を作りました。」
「掟と薬?……。」
「巫女と定められた女子は13になり修業が明けると禊と称した監禁生活に入ります。」
「は!?監禁!?」
さすがに予想外の言葉に皆唖然と天結を見る。
「一族に定められた雄と女児を設けるまで番と交わってはならない。これが掟です。つまり外界との接触を一切たち、一族が求める結果を見込める女児が産めるまで出ることはかないません。」
まさかの言葉に犬族のものは顔を青くする。ただでさえ番は愛情を注ぎ独占したがる性質がある。そんなことをしてまともでいられるはずがない。
「そのための薬か?本来の番は?」
大昔は他人の手垢の付いた番に我慢ができず独占欲ゆえに番を殺めて自死を選ぶものもいた。だが最近はそんな激しいものは聞かない。つまりはそういうことだ。
「目的が守られれば自由の身です。」
「では生まれた娘は?誰が育てるのだ。親はそれぞれの番のもとへといくのだろう?」
「犬族は愛情深いですからどちらかの親が引き取ることが多いです。」
天結はそれには該当しなかったが。
「それでも見捨てられる子は出るだろう。最悪本来の番に……。」
気が狂いそうな時間を待たされてようやっと手にした番が自分以外の者の匂いを纏った子を抱いてくるのだ。安全などと誰が言えよう。
「昔はあったようですが……最近は聞きませんね。そういう場合は祖父母か一族のそういう子供の専用施設があります。」
「では、殺魔にたどり着いたそなたもそうなのか。」
「そうですね。同じ建物に住んではいましたが父も母もそれぞれの番がいて、それぞれに家族を持っていました。私は物心つく頃には朝から晩まで巫女として修業があったので、片手で数えるくらいしか会ったことはないし会話もした記憶がありません。」
さすがにこれには一同、ドン引きである。そもそも犬族は家族の愛情が深い。むしろちょっと鬱陶しいくらいに愛情過多で表現する。それもあって家族単位はおろか群れの中ですら争いを好まないし親族の子は全部うちの子、何なら群れの中ならよその子もうちの子。これが万國の共通なのである。
それだというのに天結は放置子だ。それがどれほどのことなのか犬族はおろか、鳥族で番婚の統治王でもこの娘の過酷な家庭環境が垣間見えた。
これ以上その話には触れない方がいいだろう。本人はけろりと話しているが、周りも者の顔色は悪いし心臓を抑えている者すらいる。あ、泣いてるやつまでいる。
統治王は深呼吸をして話題転換を試みる。
「では、修業や選別とはどうやるのだ?」
「それはいろいろありすぎてなんとも……。」
「君自身はなにをしたかでいい。」
「まずは座学で巫女としての教養、歴史、殺魔の風土を学びます。あとは体術、登山と滝行護摩行瞑想……あ~私は三歳までに土埋めもしましたね。」
「は!?あんなもんまだやるのか!?」
「殺魔ではあれの廃止を決めたほどだぞ。」
驚愕したのは巫女の保護者である。
「土埋めとは?」
聞きなれない統治王と側近たち、犬族は互いに顔を見合わせる者の首を横に振っ足り傾げたりして天結の説明を待った。
「魔物のいる山中に縦にすっぽり首まで入る穴を掘って埋めるだけです。」
「埋めるだけ?」
「埋めるだけってお前さん!?」
「埋めるだけって言葉では言うが、地面から首だけさらした生首状態で身動きも取れない状態だぞ。魔物に襲われても無抵抗で食い千切られるしかない状況を三日三晩飲まず食わずで放置されるんだぞ!」
「そうですね。」
「そうですね、って……達観しすぎだろう。なんで平気なんだよ。」
「生き残る確率が非常に低い修業だ。良く生き残れたものだ駿河は魔物がいないのか?」
「いますよ。普通に。ちゃんと。……まぁ、確かに生き残れたのは幸運でしたね。」
「幸運って。」
「三度も生き残れば幸運だと思います。」
『三度!?』
たった一度でも生き残れるか怪しい。ましてや言動もたどたどしい三歳未満の子供だ。下級の魔物相手でもなすすべもないまま儚くなるのは目に見えている。だが死の淵を彷徨うような経験から生還したときに身に着ける神通力は目覚ましいものがある。それこそ開眼と呼ぶにふさわしいほどの力が。
「三回もあれをして生き残ったのか……。祭祀王ですら一生に一度だ。そんなやり方をすれば確かに高い神通力が備わるわけだ。」
「だが、ふつうはその前に子供の精神が壊れる。あれの恐怖はトラウマ級……。」
そこまで言って巫女の保護者は口を閉じた。
先ほどからこの少女の落ち着きようはどうしたものか。これほどの大人の男、まして親子ほど離れた年上に威圧されながらずらりと囲まれて見据えられているのに竦み上がる素振りどころかその目に怯えも見えない。
家門の話をしているときもまるで他人事のように淡々としていた。厳ついおっさんが震えあがり泣き出すようなものだっていたというのに。自分の生い立ちに関しても何の感情の起伏も見せなかった。
そこまでしなければならないものなのか?
そうまでしなければならないほど過酷な役目なのか……。
大人たちが困惑の渦に叩き込まれるなか誰よりも早く動いたのは二人の少女だった。
立ち上がるのももどかしいと言わんばかりに腰を浮かせると長机に手をついて飛び出した。
「うわっ!」
前のめりに飛び込んできた二人を受け止めたもの二人分の衝撃までは受け止めることができず、後ろにひっくり返りそうになるところを咄嗟に藤右衛門が支えて難を逃れた。
「なんで二人が泣いてんのさぁ~。」
「天結ちゃんが泣かないからだよぉ~!」
「あんたが怒らないからでしょう!そんなこと淡々と語るな馬鹿!」
「お、おぉ~。」
「私土埋めされたあと半年暴れまわっても埋められた理不尽さに腹が立ってあまりにも手が付けられないっておじいさまにあづけられちゃったくらいだもん。」
「私も一回埋められただけだけど、不眠症になってご飯も食べられなくなって大変だったていまだに周りに言われるもの。」
『そんなつらい目に三度もあわされて平気なはずないでしょ!』
「おぉ~。」
自分のことを自分以上に感情移入してる二人に何と言っていいかもわからず抱きしめてきた二人の顔を見る。
「年の近い女の子に初めて馬鹿って言われた。」
『そこじゃないぃぃ!』
揃った声に思わずふふっと天結が小さな笑い声をあげた。それはここに来て初めて見せる顔だった。
「二人が私以上に反応してくれるからもうそれでいい。それに、私は殺魔に来て二人に会ってから毎日楽しいからそれだけで役得だと思うよ。」
抱きしめてくれた手があたたかい。それだけのことがこんなにも嬉しい。思わず天結は二人を抱きしめ返した。