食堂——蓮斗達の感覚から言えばその位の広さはある豪華絢爛な部屋の中心に置かれているのは横長い重厚感のあるテーブルに三脚の椅子と子供用の物よりもやけに座面の高い椅子が一脚。
「昨晩はお二人ともよく眠れましたか? こちらのご準備したお洋服を着ていただけて本当に良かったです。昨日はお召替えをなされていなかったようなので、ご趣味の物がなかったのかと心配しておりました」
「ワッフ、ワッフ! ワンッ!」
グレントール王国第一王女マリィベルこと、ベルが優雅な所作で食後の紅茶を口に含み微笑みを浮かべながら蓮斗と柚月に視線を向ける。
蓮斗が選んだのは洒脱な白いシャツと何かの革で作られた深い茶色のパンツだった。
昨晩蓮斗が取得した〝スキル〟を使えば元の世界で来ていた服も再現可能ではあるのだが、せっかく用意されていた物以外を着る事に僅かだが躊躇いを感じ、元の世界でも違和感なく着こなせる服も何着かあった為蓮斗は一先ず無難でシンプルな二点を選んだ。
蓮斗がふと横に座る柚月へと視線を向ける——黒、茶色、黒。
凄まじく地味な色合いのチョイスではあるものの、シンプルな茶色のシャツに大きかったのか裾を折り曲げたクロのスラックスをサスペンダーで肩から吊るし、体のラインを隠すように上からフードのついたブカブカの黒いローブを羽織っている。
伸びすぎた前髪は相変わらず野暮ったいが、あの学生服姿に比べれば幾分かマシではある。
そんな事よりも蓮斗はベルの隣に配置された座面の高い椅子の上で三人と同じメニューを平らげたあげく、薄い皿に注がれた紅茶を繊細な舌づかいでペロペロと味わう、お犬様——。
上質なフリルの前掛けと尻尾の根本をブルーのリボンでデコられたクロマルを見て何とも言えない表情になっていた。
「……毒されてやがる」
「犬って、ああ言う高い場所苦手なんじゃ……というよりクロマルって何者? 本当に犬なの? なんで普通に紅茶を優雅に頂けているの?」
そんな二人などお構いなしに、
「あらあら、クロちゃんお口が汚れていますよ? ふふふ」
「ワッフゥ」
などと母と子のようなやり取りを繰り広げ散ているベル。
「ふふ、クロちゃんはクロちゃんです。それより、本日はお二人の魔法適性や所有スキルを知る為に《鑑定》の魔道具が設置されている神殿へと向かいます……」
「ぁあ〜でたよ《鑑定スキル》! ボクが起きていたら絶対真っ先にとってたのになぁ〜」
物言いたげな視線でチラリと蓮斗を見遣る柚月を完全に無視して蓮斗は若干言い淀んだベルに問うた。
「なんかスッキリしねぇ顔だな? 〝神殿〟に行くのがなんかまずいのか?」
蓮斗の問いに苦笑いを浮かべながらベルが応えた。
「レントさんには敵いませんね? えぇ……正直に言いますと出来れば神殿、と言いますか、その大元である〝聖イルミナ法国〟にはレントさんたちの存在を感知されたくないのです。
《鑑定》の魔道具を利用すればその情報は全てイルミナ法国に管理されることとなり……おそらく〝勇者〟の称号をお持ちだと思われるレントさんの存在が明るみに出れば、イルミナ法国は間違いなくレントさんをその管理下に置こうと動きます」
「んなことぁ最初っから折り込み済みじゃねぇのか? その口ぶりだと前回の勇者も似たような事態になったんだろ?」
「……半分正解です。本当にレントさんは意地悪ですっ。
口伝では、召喚される大抵の勇者様が《鑑定》や《言語理解》を取得されていたと伝えられており、安易にも期待してしまっていた……というのが本音です」
ツンと唇を尖らせて顔を背けたベルは、フゥと息を一つ吐きクロマルを膝に乗せ替えて真剣な面持ちで口を開く。
「いや、クロマル必要ないですよね?」
「——コホン。改めて説明いたします。まず聖イルミナ法国とはここグレントール王国の東に位置し、転移転生を司る女神〝バビロニル〟を信仰の対象とした大陸で最も影響力のある宗教国家です」
柚月のツッコミを静かにスルーしたベルは、巧みな指遣いでクロマルを至福の表情に誘いつつ話を続ける。
「……表情と手元が合ってないですよ」
「——ちなみに簡単な地理の話をしますとグレントール王国は大陸の最も南に位置しており、東に我が国と同等の国土を誇る聖イルミナ法国、北に〝ダマルガスタ共和国〟西に広がる山脈を超えた先が〝魔国ディスト〟となっています」
またもや柚月をスルーしたベルはメイドに目配せし、蓮斗たちの知る〝紙〟とは様相の異なる、色はクリームに近く表面に僅かなざらつきが見える〝紙〟と見るからに上質な万年筆に似たペンを手に周辺の大まかな地図を描き二人に説明した。
「元々聖イルミナ法国は初代勇者様が顕現され、当時の人間を魔国から導き彼の地に国を起こした事が始まりとされております。
召喚された後もこの世界で天命を全うされた勇者様は、その後段々と〝神格化〟され、勇者様が残された血筋の者たちが代々教皇を名乗り始めました。
今では勇者様のいた世界こそが〝真なる神の国〟であり、そこよりこの地に救いの勇者を遣わしてくださる女神バビロニルこそが彼らの崇めるべき対象だという教えが広まっています」
「……? なんでいきなりあのクソ——〝アレ〟が出てくんだよ? 神格化されたのは初代勇者だろ?」
今まで静かに話を聞いていた蓮斗だったが思わぬ所で唐突に登場した仮称女神にピクリと眉尻が上がり、しかし、その名を呼び掛けた所で本能が、ダメ絶対っ、と急ブレーキをかけた為あのふざけた笑い声を記憶の中で再現する前に押し止められた。
「ソレが今回の件に関わると言いますか……レントさんの仰った通り最初は純粋に初代勇者様を信仰するだけの教団だったそうです。そこに突如〝女神の巫女〟という〝称号〟を得る事で、固有スキル《転移召喚》を勇者の血筋とは全く関係のない女性が発現しました。
巫女の称号を得た女性がその力と女神バビロニルからの啓示を示した事で明らかとなった〝女神〟という存在は、あくまで〝人間〟であった勇者を崇拝する教理を呑み込み、勇者を遣わすことの出来る女神こそが信仰すべき対象である。と新たな教理を掲げ始めたのです」
話を聞く限りあの仮称女神が全ての黒幕で、アレを倒せば何かしら全部解決するのではないか、と蓮斗は強引にねじ曲げた解釈で何とか仮称女神に仇なそうと考えていた所で、
「ひっ、阿久津くん……顔が般若みたいになってるよ?」
柚月がプルプルと小動物の如く震え始めたので、改めてベルの話に耳を傾ける。
「数世代に一度、あるかないかと言う非常に稀な可能性ではあるのですが、確かに〝女神の巫女〟という称号は存在します。
そんな彼女たちが一生に一度の願いを持って召喚した異世界の勇者による〝力〟や〝技術〟により、人間はその都度、国力を高め多種族に負けない力を得て、ソレらを常に独占し続けた彼らはイルミナ法国という大国へと発展しました」
(なるほど、くだらねぇ……)
なんとなくベルの語る内容の先が読めた蓮斗はどこか面白くなさそうに腕を組んでしかめ面になり、その様子で蓮斗の考えに気がついたベルも、苦笑いを思わず溢す。
そんな微妙に通じ合っている感が漂う二人の間で完全に置いていかれている柚月。
「え? なにこの空気? え、え? ベルさん、続き! 続きお願いします」
なんとか状況を乗りこなそうと食い下がる柚月に微笑みで返したベル。
「ここからが、昨日お話しした勇者討伐とお二人の存在を彼らに知られたくない理由になるのですが」
と、一区切り置いたベルは、メイドに視線で合図しそれに応じたメイドの一人が手早く全員分の紅茶を入れ直し、テーブルの上に昨日とはまた種類の異なる色取り取りのケーキ達が甘い匂いを漂わせ並べられていく。
「……」
瞬間、無言で動き始める蓮斗のフォークと一口大に刻まれてゆくケーキ達を何とも言えない表情で柚月は見遣りながらベルへと視線を戻す。
「法国は簡潔に言いますと〝人間の国〟です。
その教理も全ては人間に向けられたものであり、言うなれば〝人間の聖地〟とでも言いましょうか……勇者を崇め、女神を信仰する彼らからすれば
言い終えた所でハムっとケーキを口に運んだベルは当然のように膝の上で微睡むクロマルの口元にも同じフォークでケーキを運ぶ。
ソレを目の当たりにした柚月は「うっ」と頬を引きつらせると共に、ベルの愛情の深さをしみじみ感じていた。
「ですが、長い歴史の中で魔国と法国との争いが繰り返され、戦場で魔族と関わりを持つ内に彼らをそこまで排他的に見る事ができなくなった者達が現れ始めました。
彼らは魔族だけでなく人間以外の種族全体に強い差別意識を持つ法国の在り方に付いていけず法国を去り、そんな人間達が築いていったのが法国以外の人間が収める国であり、グレントール王国もそんな国の一つ、というわけです」
「ふむふむ、なるほど……」
柚月はわかっていなかった。
今の話がなんで柚月たちの今後と勇者討伐に関わってくるのか全く理解できていなかった。