蓮斗の強引にすぎる乱雑な励ましによって涙を流すマリィベル、困惑する使用人、若干引きつった表情の柚月というカオスに現れたのはベルの父であり国王のヴァルルスだった。
「お父様⁉︎ も、申し訳ありませんこのように、はしたないっ——」
ベルは涙で乱れた表情を隠すように両手で覆い、ヴァルルスから視線を逸らす。
「良いではないか、父と娘なのだ。なにも気負うことはない……マリィベル、おまえの王族であろうとするその心は気高いが、一人で抱え込みすぎだ。
少しは父たる余——私に、素顔を見せてくれても良いのではないか?そんなにもこの父は頼りないか?」
「い、いえ、決してそのようなこと——」
ゆっくりとベルの前に歩み寄ったヴァルルスは、言い淀むベルの言葉を遮り、そっとその身を腕の中に抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「すまんな、マリィ。私がおまえの責務を負ってやる事ができないばかりか、法国に対しても好き勝手を許してしまった……すまない、本当に、すまなかった」
「——っ、お父、様」
既に涙腺が決壊していたベルは国王と王女ではなく、父に甘える娘としてその胸に顔を埋めて、解かれた我慢を吐き出すように嗚咽を漏らし始めた。
「レント、貴殿に感謝を。娘の重積を共に背負ってくれて、本当にありがとう」
「——っち、そんなんじゃ、ねぇよ」
ベルを片腕に抱きながら、玉座で対峙した時とは別人のように穏やかな雰囲気を纏い真っ直ぐ蓮斗を見つめるヴァルルスの視線に気まずさを感じ、目を逸らす。
「いやいや、本当に感謝しているとも。
心からの言葉だ——だが、私の愛しい娘の胸ぐらを掴みあげ人前で
明らかにベルのソレとは趣の異なる〝責任〟の重圧が、スッと伸ばされ蓮斗の肩に置かれたヴァルルスの手と共にずっしりとのし掛かる。
澄ました態度とは裏腹に蓮斗の背中は結構ぐっしょりと汗で濡れていたのだった。
***
蓮斗の啖呵をきっかけに胸の内を吐き出したせいか以前よりもスッキリとした表情のベルと柚月、蓮斗の三人に国王ヴァルルスも加わり、今後の方針を改めて練ることにした。
「うぉほん! 先だって話しておくが、私は国王ではなくマリィベルの父としてこの話し合いに参加している。故に要らぬ気遣いは不要。マリィもそのつもりで私への面倒な配慮などせず思うまま話し合いなさい。私はあくまで情報を知っておきたいという立ち位置でここにいる」
「はい、お父様」
穏やかに微笑みを返し、娘として接するベルの姿にどこか遠くへと王の威厳を投げ捨ててきたらしいヴァルルスはだらし無く口元を緩めていた。
いつもなら悪態の一つでもついて場の空気を乱してしまう蓮斗も、ほんの僅かだが自分の行動に負い目を感じており、これ以上、ベルの父として居座っているヴァルルスの機嫌を損ねるような愚は流石に犯さない。
「では、改めて——二人には先ほど話した通り、わたくしたちにはあまり時間が残されていない。ですが、何の策も準備も無しに勇者達に立ち向かえるかと言うと、当然無理です」
「ふむ、確かに急いて其方らが向かった所で返り討ちに遭うのは目に見えておる……我が国きっての精鋭——〝竜騎兵団〟から腕の立つ者を数名、刺客として差し向けたが結果はいわずもがな。
レント、ユズキの潜在能力に縋るしか打つ手がないのは歯痒いばかりだ」
静かに拳を握り込むヴァルルス——なにを思ったのかベルの膝から隣に座るヴァルルスの膝へ飛んだクロマルは、慰めるように「クゥーン」と鳴いた。
「おお……なんと愛らしい」と、新たな信者を獲得したクロマルに僅かなあざとさを見出しつつも、話を引き継いだベルと蓮斗、柚月は互いに視線を向け合う。
「先ほどお話しした通り、勇者の行動は間接的に王国の責任となり……イルミナ法国が関わっている以上、大々的に軍を差し向ける訳にもいきません。
なのでわたくし達が冒険者として水面下で活動しつつ勇者討伐へと向かうのですが、そのためにレント、ユズキの強化は必須——ただ、《鑑定》が行えない状態で訓練を行うのは明かりのない暗闇を手探りで歩くようなものです」
才能というものは偶然巡り合った環境や状況により開花することが多い。
蓮斗には対人戦——所謂〝喧嘩〟の才能、センスがあると言っていいが、それも生きてきた環境が違っていたならば一生日の目を見る事がなかった可能性も十分にあり得る話だった。
自分にどんな〝才能〟や〝ポテンシャル〟があるのか、ソレを前もって知る事ができると言うのは知らない者に比べとんでもないアドバンテージとなり得る。
「ですが、そのような時間は有りません! なので、わたくしたちは強硬手段をとってでも神殿へ赴き《鑑定》を——」
「その前に、勇者って奴等の〝鑑定情報〟はねぇのか? 一緒に魔道具ってやつで見たんだろ?」
どんな強硬手段にでるつもりだったのか、ベルがふんすっとやる気を漲らせている所に蓮斗が割って入る。
「え? あ、はい。召喚されて直ぐのものであれば、一応写しはとってありますが……二人とも文字が読めないので——」
言いながらベルは指に嵌められた指輪の一つを光らせ、瞬間虚空から二枚の紙を取り出すも困ったように眉根を寄せたあと、ハッとした表情で。
「あっ、そうです! わたくしが読んで、二人に聞かせれば!」
簡単な事でした! と手を打って張り切るベルを蓮斗は淡々とした声で制す。
「いや、いい。自分で見る——《鑑定》」
「は?」
「え?」
「くぅん?」
「おお、尻尾の毛並みも堪らん——」
ベルの手にした紙の情報が蓮斗の認識できる文体となって、視界に浮かび上がる。
◇
レベル(存在格):20
称号:勇者 神童
魔法適性:聖光魔法 天空魔法 大地魔法 炎雷魔法
魔力値:B
固有スキル:正義心 才能覚醒
スキル:弓術(C) 剣術(C) 槍術(C) 盾術(C) 身体強化(B)
一眼修得(D) 英雄覇気(C) 意識共有(B) 強運(B) 空間収納(B)
スキル成長率向上(C) 取得存在値増加(C) 全状態異常耐性(B) 先導力(C)
読み取った情報を見た蓮斗の額から僅かに汗が流れる。
固有スキルの効果を簡単に書き記した——ベルの筆跡——と思われる文章に視線を向け、蓮斗は更に息を呑んだ。
——固有スキル《正義心》発動条件:常時
効果:使用者が正しいと信じる理想に従い、事象に干渉し改変する。
——固有スキル《才能覚醒》発動条件:戦闘時
効果:固有スキル以外のスキルランクを二段階上昇させる。
使用者が仲間と認めた者に限りこの効果を一つのスキルに共有できる。
「確かに……化物だな」
《鑑定眼》によって自分の持つスキルの効果や意味を早朝から独自に学び理解を深めていた蓮斗であったからこそ、記されている情報の異常性をよく理解できた。