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第19話:不良といじめられっ子の戦闘訓練

 蓮斗と柚月がこの世界に召喚されて、ひと月が経とうとしていた。



 二人はベル指導のもと、ほぼ毎日、魔法と戦闘の訓練を行い著しい速度で成長を——していたのは蓮斗だけであったが、柚月も必死に置いていかれまいと努力し、王国の基準でいう一般兵程度には武器と魔法を使用しての戦闘が出来るに至っていた。


「いくよ、クロマル! 今日こそボクが勝つからねっ!」


「くぅん? わっふ、ワンっワンっ!」


 王城内の演習場で佇む小柄な人影と更に小さな一匹の影。


「……おう、三下。胸かしてやっからどっからでもかかってきな——だとよ」


「阿久津くん!? 本当? 本当にソレ、クロマルが言ってる!?」


 向かい合う柚月とクロマルの横に柚月の知る限り人間とは思えない速度で接近し、立ち止まったのはどう見ても陰キャ筆頭の柚月とは正反対の道を行く、悪い笑みしか似合わない長身の男。


「あ? オレの通訳が適当だって言いてぇのか? テメェ——」


 言いかけた瞬間、蓮斗は本能に従いその場を強く蹴って後方へと飛び退いた。

 一条の光が駆け抜け、蓮斗が先ほどまで立っていた地面が爆ぜる。


「はーい、レントっ? わたくしから誰が目を逸らしていいと言いましたかぁ?」


「——っち、上等だコラァ! 今日はぜってぇ捕まえてやんよっ!」


「うふふっ! わたくしを捕まえられたら、とっておきのご褒美をあげますよ?」


「いらねぇっつってんだろうが!」


 蓮斗目掛けて当たれば爆死確実の容赦ない一撃を見舞ったグラントール王国第一王女マリィベルこと——冒険者名〝ベル〟は地面からふわりと宙に浮かび、吹き荒れる風を従えながらマーメイドのドレスをなびかせて、激しく、それでいて優雅に、演習場の中を楽しげに飛び回る。


 その後を追うのは、文字通り鬼の形相をした蓮斗だ。


「——っち! ちょこまかとっ‼︎ 《我纏う雷の鎧、迅雷風烈の如き速度を成させろ———鳴雷(なるかみ)》」


 瞬間、蓮斗の内側から迸った雷の膨張が圧倒的質量を持って空気を揺らし轟音を打ち鳴らす。


 あまりの衝撃に柚月が耳を塞ぎ蓮斗を見やると、そこには青白い光を全身に纏い、バチバチと電流を四方に走らせる蓮斗の姿があった。


「まだまだ〝魔力〟の操作による〝身体強化〟が甘いです! スキルでの強化にばかり頼っていてはいつまでたってもご褒美はお預けですよ〜」


「ハッ! 上等だ! 褒美はいらねぇが、今日こそぜってぇ追いつくからなッ‼︎」


 可憐な所作で滞空する美女を獰猛に睨みつける野獣。


 柚月が一瞬瞼を閉じた刹那、二人の姿が掻き消え、空中で、地面で、空気を切り裂く風と雷鳴が柚月の認識可能な速度を超えてぶつかり合う。


「ん〜、本当にいたんだねー、戦闘民族ってー、どう見てもアレはスーパーな2のヤツだよねー」


「ワンッ」


 スンとした無表情で棒読み気味に異次元な戦闘を繰り広げる二人の姿を遠い視線で眺めた柚月はクロマルと改めて向き合い、戦闘態勢を取る。


 この一ヶ月、もともと喧嘩っ早く、戦う事に関して並外れたセンスを有していた蓮斗はベルとの訓練でも「女は殴らねぇ」と昔気質で強気な態度を崩さなかった。


 ベルは何度も「この世界でそんな子供みたいな言い訳は通用しません!」と説得を試みるも蓮斗の態度が変わる事はなく、最終的に持ち前のセンスを底上げするために、今の形『ベルからの攻撃ありの容赦無し、究極命がけ鬼ごっこ』というスタイルでの訓練を行なっている。


 今のところ蓮斗の全敗である。


 そんな二人を余所に、柚月は〝木の杖〟を《空間収納》により虚空から探し出すようにしてゴソゴソと取り出し構える。


 対するクロマルはその可愛らしい姿からはかけ離れた威圧感を放ちながら低くい唸り声を上げて牙を剥いた。


「クロマルに負けっぱなしとか、流石にボクもぎりぎり残っている人としての誇り的なものの限界が近いよっ!? 《|大地よ隆起し敵を刺し貫け《ランドアップヒーヴァニードル》》」


 拙いながらも柚月は必死に考えた自己流の詠唱を紡いだ、瞬間魔力の流れが地面に伝わり、クロマルの足元から針のように鋭く隆起した地面が襲い掛かる。


「ウァオーンッ」


 柚月の魔法が発動するよりも早くその場を飛び退いていたクロマルは遠吠えと共に自身の周囲へ拳大の火球を五つ出現させ、柚月に向けて放つ。


「う、うわっ⁉︎ 《大地よ立ち上がり我を守れっ! いや守って、本当にッお願い⁉︎

——大地の城壁ランドウォールっ》」


 柚月は必死の形相で言葉を紡ぐも、焦ってイメージを詠唱に乗せきれなかった魔法は大地の壁どころか半端な泥の山。


「うわっ、ちょっ! 待って⁉︎」


 五つの火球、二つはなんとか泥の山にぶつかり防げたが残りの三つが柚月を襲い、ボテボテと無様なダンスを踊らせられた柚月はそれでも必死で火球を回避した、直後。


「グルゥアっ!」


 牙を剥いたクロマルが火球から生じた煙幕の隙間を縫って跳躍し柚月の喉笛に噛みつく。


 ——寸前の所で手にしていた杖をクロマルの口に噛ませたがそのまま押し倒されてしまい、組みついた体勢でクロマルが周囲に追加の火球を出現させた時点で勝負あった。


「ま、負けっ! ボクの負けですっ!」


 半泣きの柚月が敗北を宣言すると、同時にクロマルが勝利の遠吠えをあげる。


「ウォオオオオンッ」


「うぅ、うわぁああああんっ! 次、次は絶対勝つもんっ! 今日は初めての武器だったから、負けただけだもんっ‼︎」


 被せるように負け犬の遠吠えを上げる柚月。流れる涙の味は大変にしょっぱかった。


 蓮斗とクロマルが着実に成長を遂げていく中で、柚月は一人思い悩んでいた。


「戦うのって難しい……どんな風になりたいか、なんて聞かれても、阿久津くんやクロマルと違って、ボクにはイメージもできないよ」


 柚月とて理想はある。


 当初は、魔法の戦いを主軸にした〝魔導師スタイル〟を目指そうとした。


 だが乏しい魔力値で行使できる魔法には限りがあり、ならば戦術の幅を広げようと様々な武器を試しはしたが、どれも結果は今ひとつ。


 一応スキルを有している〝武器技能〟も試してはみたが、《投擲術》は真っ直ぐ投げれても的に届かず。

《鎌術》に至っては「そんなマニアックな武器は用意できない」と、武具を管理している兵士に首を振られ、《戦斧術》はその見た目から使う気すら起こらない。


 結局、魔法っぽさを求めて現在の〝杖〟にたどり着いたが、その前には、剣、槍、弓、短剣、刀……どれも壊滅的な技量。


 遠く長い長い目で見たとしても欠けらの可能性も見出せないレベルだった。


 杖に関しても柚月が持てばそれはまさしく〝杖〟であり、武器ではなく歩行具の一種。


 もっと言えば、常時手に持っているだけの——長い棒。


 この世界に柚月がよく知るところの〝ジョブ〟や〝クラス〟というステータスは存在しない。


 それでもギルドカードに冒険者情報を登録する際には、自己申告ではあるものの一応〝職業〟というカテゴリーを記入する必要がある。


 蓮斗であれば《拳闘士》、ベルなら《白魔導師》といった具合に、各々にあった戦闘スタイルを確立しているわけだが、柚月は未だに迷走していた。


「はぁ〜……異世界来ても前と変わんないじゃん。それに、ボクだけ〝状態異常〟っておかしくない? 《精神的外傷》ってさ……ほんと、笑えないよ」


 段々と虚ろに陰っていく柚月の瞳は、を続けている二人の方を見据えた。


 柚月には視認できない速度で駆け巡る青白い閃光と、空気を切り裂きながら優雅に舞うプラチナブロンドの長い髪。


 間も無く制限時間の終わりを、柚月もよく知る十二進法が用いられた時計の針が告げようとしていた。


「……阿久津くんも連敗確定かな? ボクとは次元が違うんだけどさ」


 そうなると蓮斗の機嫌が最高潮に悪くなるので嫌だな、と額から汗を流しつつも、半ば蓮斗が負けることを確信していた柚月の視界にいつもとは異なる光景が映し出された。


「え? 炎の、柱? 炎雷魔法は、炎か雷のどっちかしか扱えないはずじゃ……」


 〝天空魔法〟で操る風と一体化するように飛行していたベルの前方に巨大な四柱の炎が立ち上りその進路を塞いでいた。


 柚月は思わずクロマルを見るが、蓮斗に手を貸している様子もなく、大きな欠伸をしている最中だった。


「……どんだけキャラ盛るんだよぉ。ヤンキーで、喧嘩も強くて、実は頭も良くて、魔法も天才? おまけに……ちょっと美形ってさ、少女漫画の主人公かっ!」


 魔法の系統によっては同じ属性のカテゴリーでも適正が分かれ、わかりやすい例で言えば炎雷魔法の適正があっても、炎か雷どちらかしか使えない。


 そのようにベルから教わっていた。

 ただし「稀に、どちらも操る〝天才〟もいますけどね」とベルの呟きを柚月は思い出していた。


「——っ!!」


 これには流石のベルも驚いた様子で、炎の柱を前に動きを止めざるを得ない。


 昨日まではその事実の片鱗も見せなかった、所謂蓮斗の〝奥の手〟だろう。


 しかし、ベルもまた非凡な才を持つ者の一人であった。


 真っ直ぐ手を伸ばし突貫してくる蓮斗に対し、炎の柱を背に向き直ったベル。


「ふふ、流石はレント。でもコレならどうです? あとわずかな時間で破れますか?」


 刹那、柚月は“魔力の流れ”を注視するように——これだけは蓮斗よりも上手——目を見開いた。


「阿久津くんの炎を、ベルさんの魔力が支配した!?」


 やがてベルの進路を遮っていた炎の柱はその形を変える。

 ベルが操る風によって、その周囲を守るように球体状に取り囲み、最後にはベルに熱傷を与えることなく球体状に変換され炎の障壁となった。


「——ふぁ……ベルさん、カッコよすぎ」


 思わずそんなベルの技量に見惚れていた柚月は、演習場に設置された時計へと視線を移し、その時間が1分にも満たないと理解、勝負あったと完全に確信した所で。


「ハッ、テメェなら、そのくらいやるよなぁ——上等ッ」


 蓮斗は諦めていなかった。


 だけでなく、全身を覆う青白い光を右の手に集中させたと思った瞬間、稲光の軌跡を描きながら燃え盛る炎の障壁を思い切り殴りつけ——掻き消した。


「炎は電気を通すんだよっ! 知らなかったか? ベルッ」


 柚月同様に勝利を確信していたベルも驚愕に目を見開き、だが、直ぐにどこか誇らしい表情で頬を緩め、ベルの肩を掴もうとしていた蓮斗に自ら飛び込み抱きついた。


「——はっ? バカ、テメェっ何のつもり」


「……ご褒美、です。もっと素敵なレントを、これからも、沢山見せてください」


「——っ、ちっ。知らねぇよ……勝手にしろ」


「ふふっ、レントが望むなら、もっと刺激的なご褒美でも、いいですよ?」


「だから、そういう重てぇ奴はいらねぇって」


「もう、ちょっとは興味を示してくれてもいいじゃないですかっ」


 蓮斗に抱きついたまま頬を膨らませてそっぽを向くベル、だがその表情はどうみても恋する乙女のソレである。


 蓮斗も悪態をついて険しい表情こそ浮かべるもののベルを無理に引き離そうとはしない。


 つまり、イチャコラである。


 不良とお姫様のラブコメがまさに今繰り広げられ、つまりはリア充。リア充は。


「——爆発してしまえよ」


 柚月の瞳がどろりと濁る。


 恋愛なんて言葉は語源から滅びてしまえ、くらいの怨嗟を纏いながら柚月はイチャイコラを展開している二人の姿を見る。


 ツーっと、無意識に滴が一つ頬を伝って、抱えた膝の上に落ちた。


「あれ、なんだろ——これ、なんで……」


 ゴシゴシと服の袖で強く目元を擦り、何かを誤魔化すように擦った瞼へ赤い跡を残した。


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