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第20話:いじめられっ子の武器

「さて……二人とも、大分魔法の使い方にも慣れてきましたし、そろそろ本格的に行動を起こす時が来ました———そう、冒険です! 冒険に出かける時が来たのですっ‼︎」


 ババーン、という自前の効果音を口ずさみ、この時を心待ちしにしていたと言わんばかりに瞳の奥からキラッキラと星屑を撒き散らすベル。


「て、テンション高っ……でも、うん。そうだねっ! やっとお城の生活から旅に出るんだっ! ふぉお! ファンタジーっぽくなってきた!」


 クロマルに敗北した事をズルッズルに引きずっていた柚月もベルのテンションに当てられ、冒険という言葉に目を輝かせた。


 このひと月、戦闘の訓練とこの世界の知識を徹底的に教え込まれた二人は完全な軟禁状態で、城外へ出られるのは召喚されて初めてのことだった。


「ったく、うるせぇな……んで? 此処はなんだ?」


 一人平常運行の蓮斗は、一際厳重に管理された通路を抜け、王族であるベルの認証でしか開かない荘厳な扉の前に連れて来られていた。


「ここは王家の宝物庫です。

 今までは模擬戦用の武具を使用していましたが、これから先は命がけの戦い……

 同じレベルの戦いに置いて装備の良し悪しが命運を左右することは絶対にあります!   

 ですから二人は今からこの中で、ご自身にあった武具を選んでください。

 もしかしたら、ユズキに合う武器も見つかるかもしれません」


 言いながらベルはそっと扉に手を触れる。


 ベルの手の平から流れた魔力を感知し、荘厳な扉が重厚な音を響かせながら左右に開かれた。


「随分と気前がいいな? 一応国の宝じゃねぇのか?」


「当然です。この国の行末はわたくし達の肩に乗っているんですからっ! 出し惜しみなんてしませんし、させません! クロちゃんにはわたくしが、かわいぃ〜装備を準備してますからねぇ?」


「ワンッ!」


 気合十分。

 そんな様子でクロマルを抱き抱え扉の先へと進むベルに続いて蓮斗と柚月も足を進めた。


 柚月としては、レアな装備は冒険の中で手に入れた素材を加工して段々と強くなっていきたい的な希望もあるが、現状そんな事を言えるほど自力がないことも理解している。


 ゲーム好きの理想はグッと胸の奥に呑み込んだ。


 宝物庫の中は柚月の理想を完璧に裏切る形で整理されていた。


 台座に並ぶ見た目にも美しい剣の数々、長さごとに整頓されて飾られている槍、透明なガラス?の箱には籠手や胸当て、短剣などが種類ごとに飾られている。


 部屋自体も白を基調とした清潔感のある空間で、飾られている武具や魔道具の中には照明によるライトアップが施してあるものすらあった。


「……宝物庫っていうより博物館みたいだね。ボクはてっきり金貨の山がうじゃ〜ってなっていて、貴重な剣とか装備が散らばっているのかと」


「——? 国宝級ともいえる武具や魔道具になぜそんな扱いをするのです?」


「まぁ、仰る通りではあるのだけど……お約束? 的な」


 柚月の言葉に首を傾げながら、ベルはガラスのケースに専用の鍵を差し込み、ケースを開くと白銀に輝く竜の意匠が施された美しい籠手と指輪を二つ取り出した。


 慎重な手つきでベルは蓮斗に籠手と指輪を、柚月に指輪だけを差し出す。


「レントは拳での戦闘が主体となるので、こちらの〝白煌竜の籠手〟がオススメです。

 それとこちらの指輪は、わたくしも使用しているのですが、一つだけ武器を収納できる魔道具になります。ユズキは《空間収納》を利用できますが戦闘時に使用するには不向きなので、武器はこの指輪に収納する方が良いです」


 柚月は受け取った指輪を左手の中指に嵌めると同時にスッと指のサイズに指輪が調整されたことを理解し、「おぉ〜ファンタジ〜」と感嘆の声を漏らす。


「……」


 その横で蓮斗は受け取った白銀にビカビカと輝く重厚な籠手をジッと見つめていた。


「どうしたのですか? レント? 籠手の性能は間違いなく《Sクラス》の武具ですよ?」


 蓮斗の様子に小首をかしげるベル。そんなベルに蓮斗の口から一言。


「……ダセェ」

「は?」


「いやまぁ、うん。阿久津くん、籠手ってそういうものだから」


 ビッカビカの輝きに拳を握れば竜が口を開いているような意匠。

 コレを〝カッコいい〟と思えるのは〝中二〟までが限界だろう。


 蓮斗の言葉に唖然とした表情で、しかし、次の瞬間にはプルプルと震え始めたベル。


 柚月は嫌な予感を覚え「ぼ、ボクは、自分に合う武器がないか探してみるねぇ……」と、言葉を残してソッと距離を取り、次にはベルのお説教に対して反抗期の子供の悪態のような反論という騒がしい言葉の応酬が始まっていた。


「はぁ……巻き込まれなくてよかった。武器、武器か〜」


 柚月は蓮斗達から離れ更に奥へと進んでいく。


 壁や棚に飾り付けられた数々の武器を横目にしながらポテポテと歩いていると、剣の台座の奥に一つだけ、煌びやかな装飾の武器達から距離を置くようにポツリと置かれた縦長い木の枠に収められていた武器に思わず目を止めた。


 それは、平時なら気に止めることもなかったであろう種類の武器。


 戦斧——と呼ぶには槍のように長い柄、湾曲した刃は確かに戦斧ではあるのだが、先端は槍の様に鋭く湾曲した戦斧の背面には、鋭利な返しが付いている。


「……ハルバード、だっけ」


 まるで吸い寄せられるように、その武器のもとへと歩み寄る柚月。


 黒と金の螺旋が中程まで描かれた柄、漆黒の刃は艶がなく光を反射することもない。


 遠目にはわからなかったが、湾曲した戦斧の中心には、薄黒い玉が嵌め込まれており、見ようによっては禍々しくも見えるその武器は柚月の目にどこか物悲しさを纏っているように見えた。


「……ひとり、ぼっちなの? ?」


 どこか、ひとり悲しく佇んでいるようにも見えた〝ハルバード〟を柚月は胸の内にこみ上げる寂寥を感じながら、思わず手に取っていた。


「え? 軽い……」


 ハルバードを手にした柚月は、その重厚な見た目からは想像もつかない程重さを感じない事に目を見開き、ジッと刃に施された薄暗い水晶のような玉に視線を向ける。


「ぅわ——っ!? 光った?」


 瞬間、薄暗かった水晶玉は翡翠色の美しい輝きを放ち、同時に柚月は内側から魔力が抜けていく感覚を覚える。


「——ユズキっ!?そ、それは! え? 宝玉が……主人として、!?」


 ベルの声にびくりと肩を跳ねさせた柚月の手の中で、ハルバードは更に薄らと光を放ち、光沢の失われていた刃は黒曜石のような美しさを纏い、刃先は金色に縁取られていた。


「ふわっ!? 綺麗……じゃなかった! ごめんなさい! コレ、まずかったですか?」


 ベルの反応に柚月はやらかしてしまったと感じ、おずおず聞き返す。


「いえ、この宝物庫にあるものはどのような武具であってもお渡しする予定でしたので。

 そのハルバードは、名を《プグナレギィナ》と申しまして別名を——」


「まぁ、いいじゃねぇか。元々コイツはだしゃあ性格的にはだ。

《鑑定》でみる限り相性も良さそうだしな」


 ベルの声を遮ってかけられた蓮斗の言葉に、ベルも「ま、まあ、確かに、いいのですけど……」と訝しむ様子で柚月の手に握られているハルバードを見つめていたが、とりあえず諦めたように肩を竦める。


「非常に強力な武器であることに変わりはないですから、良しとしましょう。

 ……でも、なぜ? もしかしたら、ユズキがからでしょうか?」


「へ? か、かわ、かわわっ!? ……か、可愛くなんてないです、はい。

 それはむしろ可愛いと言う言葉に対する冒涜です」


「——?」


 ベルが思案しながらポロリと溢した呟きに柚月は慌てふためき、しかし、瞬時に我に返った柚月は陰鬱な空気を垂れ流し始める。


「……とりあえず《鑑定》しとけ。武器の性能は知っとくべきだ」


「う、うん——《鑑定》」



 ◇プグナレギィナ 種類:斧槍 ランク:S  所持者:松浦 柚月


 武具スキル:注いだ魔力に応じて重量増加


 補助効果:使用者の身体強化・物理耐性強化・魔法耐性強化・魔力値上昇


 大地魔法(樹木)威力向上・魔力値半減 天空魔法(風)威力向上・魔力値半減



 柚月は鑑定結果をスキル《意識共有》で——視界情報、思考を共有できる——ベルと蓮斗に共有した。


「……なるほど。どうやらユズキの〝適性〟は樹木と風を操る魔法のようですね? この〝宝玉〟は持ち主と定めた者の魔力を取り込み、適性に応じた強化付与をもたらすと言われています。

 ——ユズキ、なにはともあれおめでとうございます」


「そ、そっか……ボクは土じゃなくて樹木の——え? ってことは」


「はい。大地魔法も土と樹木を同時に操れる術者は限りなく少ないでしょう。なによりこの《プグナレギィナ》は持ち主を選ぶ〝意志を持った武器〟です。

 この武器に選ばれたという事が、ユズキが非凡な才の持ち主であり、まさしく〝特別な力〟を持つという何よりの証明です!」


 ベルの言葉に柚月は少なくない感動を覚え——改めて手にしたハルバードを大切に胸に寄せるとベルにもらった指輪の中へと収納した。


「レントも、籠手以外に良い武具はみつかりましたか——っ!?」


 ベルが蓮斗の様子を伺うように振り返り、硬直。

 柚月も視線をベルの後ろに立つ蓮斗へと向ける。


「え〜っと、どこのギャングの方ですか?」


「あ? なんだとコラ?」


「いえ、なんでもありません……やっぱり、カタギじゃないよこの人」


 蓮斗の凶悪な相貌にプルプルと震えながらも呟き溢す柚月の目の前には、襟高の真っ白なロングコート——手首と襟元に白い何かしらのファー仕様——を纏った蓮斗の姿。


 ピッタリと体にフィットした黒いインナーの上には灰色の革?の様な胸当て、手には同色の、指先から手の甲までを覆う様に銀色の素材で補強されたナックルグローブが装着されていた。


「れ、れれ、レント? その、その素敵なコートと、グローブは……」


「籠手とその辺の防具で錬成したんだよ《スキル》で。スマートじゃねぇが、マシになったろ?」


「王家由来のこ、ここ国宝……こ、国宝ぅうっ、うっ、うぅ、うぇえええんっ」


「はっ!? な、なんで泣く!? も、もらったもんをどうしようがオレの自由だろっ」


「ふっ、ふぇっ、レントは馬鹿です、大馬鹿ですっ、うぇえええん」


 柚月は半眼で蓮斗をジトーっと見据えながら平坦な声で告げた。


「阿久津くん? そういうのはさ? 後々結果を出した後に、この国の王家より賜った武具のおかげ〜とかってさ? 宣伝するのがスポンサーに対する当然の行いじゃないのかな? 

 確かにくれるとは言ったけど、それはボクらがこの国の使者として機能している間だけだと思うょ〜?」


「うっ、うぐ——わ、わる、かった、ベルっ! 悪かったから、泣くな」


「う、うぅっ、じゃあチューしてください。それで許してあげます」


「いや、それは、出来ねぇ——」


「うっ、うぅっ!! ふぅぇえええぇえぇえっん」


 いつも蓮斗に言い負かされる柚月としては、ざまぁ——と中指を立てながら舌を出したい欲求に駆られるが、命大事に、ここで死ぬ様な愚は犯さない。


 そこでフッと一瞬、ひと月前部屋の前に置かれていた——今も愛用している——下着の事を思い出した。


(錬成? って、まさか……阿久津くんが)


 海底の黄色いスポンジよろしく、珍しくもベル相手にアワアワしている蓮斗を見る。


(うん、ないない。阿久津くんに限っては絶対にない)


 いまいち締まらない雰囲気ではあったが、この日装備を整えた蓮斗、柚月、ベルの三人は王城を立ち、勇者討伐の旅を開始したのだった。


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