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第21話:不良の旅立ちと王都

 活気のある街並みには多種多様な人々が溢れ、元の世界では比較的都心に近い場所に住んでいた蓮斗と柚月の二人にとっても圧倒される程の賑わいを見せていた。


 なによりも前世界では絶対に見ることのない、まさに何の比喩もなく多種多様な人々に、


「ふぉおおおっ!! リアルケモ耳っ、リアル悪魔っ子っ!? くぁわ、超絶激かわっ!! 

 あ、あの子っ! かわよすぎ! めっちゃ推したい……推し上げていっそ死にたい」


 主に柚月が反応していた。


 口元にヨダレを垂らし、獣族の少女、魔族の少女を視線で追いながら呪詛の如く欲望を垂れ流す光景は、蓮斗であっても触れるのを躊躇う圧力を感じさせた。


「ゆ、ユズキは、意外と直接的な好意表現をするのですね?」


「コイツのはそういう類のモノじゃねぇ——呑まれるなよ? 堕ちるぞ」


 一歩引いた場所から豹変した柚月の様子を見守る蓮斗とベルの額には少なくない汗が溢れ、しかし、ふと視線と動きを止めた柚月に反応し蓮斗もその先を追う。


「——ユズキ? ああ、ここは〝娼婦奴隷〟の店ですね……」


 柚月が反応しているのを見て、一瞬シラーっと表情を消したベルは、同じく視線を向けようとした蓮斗に凄まじい笑顔を向ける。


「レントはっ! 興味ないですよね? ですよね!?」


「あ? 別に、興味はねぇが……」


「当然です。あったら王女の胸ぐらを掴み上げた罪で極刑です」


 蓮斗も男だ。もちろん興味はある。


 だが、妙にキャラを作り上げてきたせいで若干拗らせ気味の蓮斗は、今更素直になれない。

 なった所でベルの笑顔の死刑宣告を受けるだけなので特にメリットもない。


 ベルの悍しい笑顔の隙間から見える柚月の視線の先には、ショーウィンドウ越しに貼り出された姿絵——写真といっても差し支えない——の数々で、どの女も小綺麗な衣服を身に纏い挑発的な表情とポーズで映し出されていた。


 パッと見、夜の店に並んでいる〝写真無料〟のアレである。


「文明レベルは確かに違うが——あの姿絵……想像よりも進んでいるな」


「え? レントは〝写真〟をご存知ないのですか? 確か、異世界からの技術ですよ?」

「……」


 内心では舌打ちをしつつも、特に表情は変えず蓮斗はやり過ごす。


 改めて辺りを見回せば、道路は硬質な素材で整備され露店で賑わう区画もあるが、店によっては当たり前のように〝ガラス〟を使用した店づくりをしていた。


 雰囲気は中世の趣を残してはいるが、立ち並ぶ建物や街ゆく人々の服装、身につけている物は〝現代っぽさ〟を感じさせる。


「……イルミナ法国へいけば、更に驚くと思います。ここ〝王都サームン〟も周辺の国々に比べれば発展してはいますが、法国の発展具合は別次元です」


「異世界の知識を独占している、か……ハッ、オレ達からすれば滑稽にも見えるがな」


 小馬鹿にするように鼻を鳴らす蓮斗に「ふふっ」と怪しげな笑みを浮かべたベル。


「それはレントがわたくしの側で末長く、法国を圧倒する知識をこの国のために与えてくれる。

 ——という解釈でいいのですか?」


「過大解釈がひでぇな……」


「ワンっ! ワン! ワンっ‼︎」


 蓮斗がベルの言葉に額の汗を拭っていると、ベルの足元にいたクロマルが鼻腔を擽るタレの匂いに釣られるように〝ダイナシープの肉串〟と看板を掲げた屋台へと走りだした。


「あ、クロちゃんっ! 待って——レント、ユズキをお願いしますっ! くれぐれも、あの写真をレントは視界に入れない様に!」


 大分無茶な課題ではあるが善処する所存ではある蓮斗。

 未だに写真の前で惚けている柚月のもとへ歩み寄った。


「奴隷を買うのか?」


「……合意の上なら異世界の定番的に夢ではあるよね。かわゆいケモ耳の子に日々ヒラヒラ、フワフワな格好をしてもらって眼福——尊い。って阿久津くんっ!?  び、びっくりしたぁ! 

 危うく爛れた欲望を垂れ流すトコロダッタョ」


 蓮斗の問いに欲望という呪詛を既に垂れ流していた柚月が大きく肩を跳ねさせて振り返ると、徐々に先ほど垂れ流した言葉が蘇ったのか目を泳がせてぐっしょりと前髪を汗で濡らす。


「手の施しようがないな……」


「諦めないで!?」


 柚月の人生を半ば諦めた蓮斗はなるべく写真には目を向けない様に柚月を見た。


「めっちゃチラ見してるね阿久津くん。ちょっとだけキモいよ?」


「テメェにだけは言われたくねぇな!?」


 蓮斗も男である。気になるものはきになるのだ。


 だが、昨今喧嘩に明け暮れる不良少年を心配する幼なじみ的なヒロインは減少の一途を辿る今。


 わかりやすく〝テッペン〟を目指していそうな蓮斗の高校生活にラブコメ要素をもたらす少女もまた皆無だった。



 ——いなくなった。と表現するべきかもしれないが。



 要するに蓮斗は〝女子〟に対する免疫が著しく欠如している。


「この子たちは、なんで奴隷になったのかな」


「——あ? そりゃ色々あんだろ。大半は〝安定した衣食住〟と〝金〟じゃねーのか?」


「この国で〝娼婦奴隷〟を買うにはきちんとした身分と、収入……この子たちには規程以上の生活と金銭を与えないとダメ、だったっけ? あまりにも扱いが酷い時は女の子側からお店に通報できるんだよね」


「……奴隷っつぅより、愛人の斡旋所だな。まあ、奴隷の権利がしっかりしてんのは良い国の証拠だろ」


 奴隷制度というのは、その時代によって立場や見え方も大きく変わってくる。

 国の在り方、宗教的価値観等によっても大きくその形を変えるものだ。


 蓮斗が頭の中で冷静な分析をしつつ最早堂々と蠱惑的なポージングの写真に視線を向けていると、ジトっとした視線が真横から向けられていた。


「いや、見過ぎ。阿久津くんって、なんか〝奴隷〟って言葉に寛容だよね? ボクはあんまり聞いていて気持ちの良い話じゃなかったけど」


「あ? バカかおまえ。オレらの社会も原理は〝奴隷〟だろうが」


「え? なんで?」


「奴隷なんてのは資本主義の原点で、〝サービス〟の語源——」


「ああ〜、はいはい。わかった、わかりましたぁ〜! どうせボクはモブですよぉ〜っ!!

 ベルさーんっ! 阿久津くんがこの子たちを買おうとして——むぐっ! むもももっ!?」


「おま、おまえっ!? テメェ、コラァ」


 遠目に見る限りよくわからない肉の串焼きを幸せそうに頬張っているベルとクロマルの姿から、柚月の報復が失敗に終わった事を安堵する蓮斗。


 口を塞がれてモゴモゴと暴れる柚月に少しだけを感じた蓮斗は小さく肩を竦めたのだった。


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