「んふ〜! やっぱり〝ダイナシープ〟の串焼きはたまりませんっ! 特にこの串にかぶりつく感じがなんとも……ほふほふ。
お城では絶対に口にできないワイルドな味とスタイルっ! コレだから冒険者はやめられないんれふっ、はふっ」
柚月が蓮斗と共にベルのもとへ追いついた時には並んで口の周りをタレで汚しており、クロマルに関してはもうベッタベタであった。
確かに王城を出てからのベルは身分ごと城に置いてきた様に雰囲気も姿も一変。
優雅で気品あふれるドレスから、動きやすそうなパンツスタイルに軽鎧と空色の外套。
ガントレットを嵌め、戦士風の装いの上から真っ黒いフードローブを羽織っている柚月とは対照的に明るい雰囲気。
プラチナブロンドの長い髪を大きく三つ編みで纏めている姿は、美麗な印象の強かったベルを可愛らしい雰囲気に変えていた。
「うん、確かに、おいひいけどっ、アチッ! ちょっとクセが強い? ベルさん、これも魔物? 魔獣だっけ?」
「このクセがいいんですよっ? いえ、ダイナシープは〝動物〟ですね。〝魔獣〟にも見えなくはないですけど……ユズキの疑問である〝魔物〟と〝魔獣〟は正直なところ線引きが曖昧といいますか、獣っぽいものを魔獣。人型に近い物を魔物と呼んだり、総じて魔物と呼んだりもしますね。ハフハフ」
「ようはどっちでも良いってことだろ? オラ、〝ギルドカード〟の登録終わったぞ。
ったく、なんでオレがテメェの分も登録しなきゃなんねぇんだ」
蓮斗から渡されたカードを手に受け取り柚月は、若干申し訳なさそうに頭を描く。
「あ、どーもです。
いや、《鑑定》って魔力使うし、書き込む文字を《鑑定》しながら文章作るのって、すごく難しくて……にしても阿久津くん、本当にひと月で簡単な読み書きをマスターしちゃったよね?
すごいを超えて、ちょっとキモい」
「ぁあ? んだとテメェコラッ」
「はいはいっ、レントもユズキも喧嘩はお終いです! 特にレント? 今から行く〝ギルド本部〟は血の気が多い冒険者も沢山います! 〝ゴールドランク〟のわたくしと居て絡まれることは無いと思いますが……くれぐれも悪目立ちはしないでください?」
最近、蓮斗に対して妙に迫力の増してきた〝ベルスマイル〟に「うぐっ」と小さく呻き声を漏らした蓮斗は、小さく舌打ちをして大人しくなった。
最初は恐ろしくて蓮斗を直視できなかった柚月も同じ時間を過ごすにつれて「あ、この人、言動が反抗期の小学生と一緒だ」と妙に胸の内を
「はぁあ〜っ! 夢にまで見た〝冒険者ギルド〟にやっと行けるんだね! ボクと阿久津くんのランクは〝ブロンズ〟で〝ダル〟の一つ上で下から数えて二番目だっけ?」
「はい。本当はどんな方でもダルから始まってブロンズ、シルバー、ゴールド、ブラックと昇格試験を受けて行かなければランクアップは出来ないのですが、二人は特例中の特例なので、どうかご内密に」
唇に人差し指を当てて可愛くウィンクするベルに柚月は一瞬ドキっとさせられ、しかし、蓮斗がやはり一言余計なことを言う。
「兄貴のコネクションか、職権濫用だな」
「んん? なにか言いました? レント? その悪いお口をわたくしがお口で物理的に塞いであげましょうか?」
「いらねぇよッ!? なんでテメェはいつもソコに持っていくんだ!」
今のベルにならちょっと塞いで欲しいかも、とは口が裂けても言えない柚月は、最近恒例となっているやり取りを横目に「ふふ」っと陰鬱な笑いをこぼす。
最近、蓮斗のコレは好きな女の子にちょっかいをかける小学五年生男子にしか見えない。
可愛いらしいと思う反面、うざ、と感じないこともないのだ。
「あ〜っと、ボクの〝職業〟はとりあえず〝戦士〟で、阿久津くんが〝拳闘士〟ベルさんが〝白魔導師〟だったよね? ベルさん、これって決める意味あるの?」
「もちろんですっ! 職業を設定することで、〝冒険者ギルド加盟店舗〟に限り、職業に関連する武具や魔道具が、なんと一割もお安くなるんですっ‼︎」
「……あ、ああ、へぇ、すごいなぁ」
「……微妙じゃねぇか」
身分と一緒に以前のキャラもお城へ置いてきたらしいベルはドヤァっと鼻を高くし、柚月と蓮斗は意外と庶民的な感覚を持っているのだなと感心する。
同時に——わざわざ職業を公開するのは戦いにおいて、商品一割引の恩恵を与えられる事よりも遥かにデメリットの方が大きいのでは? などとは、思いこそすれ、言い出すことは出来なかった。
「そんな事をしている内に、じゃじゃーんっ! 到着しました! ココが冒険者ギルドの総本山! グレントール王国ギルド本部です!!」
「……うわぁ、すごいなー」
「……」
ベルのテンションが明らかにおかしい。
実は中の人が入れ替わったのだろうか? と思うほどに、一言で言うと、ハジけている。
思わずそんなテンションに棒読みで返した柚月だが、改めて見上げた〝ギルド本部〟はシンプルながらも品の良い外観と色合いで、想像よりも遥かに清潔感のある建物だった。
地上三階建ては全体的に低い作りである周囲の建築物に比べて明らかな存在感を放っている。
行き交う人々もギルド本部周辺は〝冒険者〟らしき武装をしている者が増えていた。
「では、入りますよ? 今日の目的はわたくしたち三人で新たな〝パーティー〟の申請をする事と、道中で受けられそうな〝依頼〟を見繕う事です!
あ、多分わたくしが二人を連れて〝パーティー申請〟をしたら周りが、ざわざわっと、なると思いますが、二人は堂々としていて下さいね?」
自分で言っちゃうんだねベルさん。
と心の中で苦言を呈するが、柚月も緊張しているせいか舌が乾くような感覚を覚えていた。
ただでさえ元の世界で避けてきた部類の人間……以上にきっと荒くれた方々の中へ飛び込むのだから、今の臆病で陰キャ代表選手的なポジションの柚月にはハードルの高い場所でもある。
だが、なによりも懸念していることは。
(絶対絡まれるよね、阿久津くん……もうお約束的な確率で絡まれるよね)
蓮斗が絡まれることは、柚月の中でもう必中と言うべき確定案件であり、そこから巻き込まれ体質の柚月自身に被害が及ばないか、気が気では無い。
(ただでさえ、ボクの固有スキルに〝絡まれやすい〟とか意味わかんない効果がついているのにさ……嗚呼、やっぱり、入るのやめようかな)
柚月の葛藤虚しく、ギルドに入らなくて済む言い訳を考えつく前にその扉がベルによって開かれ——そこには、天使がいた。
一斉に飛んでくる鋭い視線。
一見ホテルのロービーかと思うほどに重厚で清潔感のある受付には数人の女性が並び受付業務をこなしていた。
フロアの半分は飲食可能なスペースなのか小洒落た雰囲気なのに対し、似つかわしく無い〝冒険者〟達がそれぞれ飲み食いしている。
だが、今の柚月にとってそんな事はどうでもいい光景であった。
ベルが向かう受付の窓口、そこでベルを見つけるなり笑顔で丁寧なお辞儀をしてきた絶世の美少女——青白色の愛くるしい瞳、同系色の髪は左肩に流す様にふんわりと纏められ、小ぶりな口元には童顔な可愛らしさ溢れる容姿に色気を感じさせるホクロがひとつ。
まさに、天使——そんなゆるふわな彼女にスタイリッシュな雰囲気の制服がまた、グッとくる。
柚月の思考は完全に受付の女性へと釘付けにされていた。
「お久しぶりですね、リナリア? 元気でしたか?」
「ベルさまっ! 最近お姿をお見かけしなかったので心配していたんですょ? ベルさまはグレントールの冒険者達にとって、実力も美しさも羨望の的なのですから定期的に来てくださらないとギルドの士気に関わります……もちろん、私にとっても、ですけどね?」
柚月は見た。一瞬にして二人の間に百合の花が咲き乱れていくのを。
だが、むしろ柚月にとってはバッチコイな光景。理性も崩壊寸前の御馳走であった。
「ふ、ふぉおぉぉ……か、かわ、あ……天使ってココにいたのか。推させてください、死ぬまで推させてください、むしろ死なせてっ!?」
「ユズキ〜? 戻って来てくださ〜い?」
「ふぁいっ!」
半トリップ状態の柚月がベルの呼びかけで覚醒する。
「あら? そちらは? ベルさまが誰かと一緒なんてめずらしぃ、ですね」
柚月は見逃さなかった、リナリアの瞳に一瞬陰りが見えた事を、そして本当は声を大にして言いたかった。
自分は敵ではない、むしろ志を同じくする同士だと!
爛れた情事を傍観エンジョイしたい勢なのだと。
「ユズキ〜? この子はリナリア、わたくしが駆け出しの頃からサポートしてくれている、やり手美少女職員ですっ! ふふふ、可愛いでしょう〜? でも、あげませんよ? リナリアはわたくしの専属です」
「——ベルさま……そんな、永遠を誓ったパートナーだなんて」
「そこまでは言っていませんけどね〜」
ベルはリナリアの熱っぽい視線など気にした様子もなく、久しぶりに再会した友人のように触れ合う。
ただ、ベルの手がリナリアの肩や手に触れる度、ビクッ、ビクッと怪しい反応を示しているだけだ。
柚月的にはもうこの光景だけで至福である。
「ハァ、ハァ、ハァ……コホンッ、それでベルさま? 本日のご用件は?
一番望ましいのは〝私に会いに来た〟です」
見た目のおっとりした雰囲気からは想像できない程に前のめりなリナリア。
そんなリナリアのグイグイ顔も尊い——と柚月が見惚れていると、先ほどからざわついている周囲の声がやっと耳に入って来た。
「お、おい、あれってゴールドランクの〝暴風姫〟だよな?」
「バカ野郎! 〝暴風姫のベル様〟と呼べ! ベル様とっ‼︎」
「ぅおおおっ! ベル様っ‼︎ オラァ、あのお方に憧れて冒険者になっただよぉ!」
「ハァ、ハァ、う、美しい……あの御御足で、じ、自分の、自分の卑しい体ぁあっ! ぁ」
「聖光魔法を操る白魔導師でありながら、天空魔法をも操る天才的な二属性所持者にして、その荒々しい風を優雅に、力強く操る姿から聖光属性よりも風使いとしての印象が強く、ついた二つ名が〝暴風姫〟風の中を舞う舞姫——うん、いいね最高だ」
非常に濃ゆい層の方々がベルにはファンとして付いているらしい。
パーティー申請を出したら周囲がざわつくと言う言葉もあながち過大評価ではなさそうだ。
そんな風に考えていた柚月は、はたと気がつく——蓮斗がいない。
まさか早速誰かに絡まれたのか、焦って周囲を見回すと羨望の眼差しを向ける濃ゆい層の方々の後ろに目立つ真っ白な襟高のコートが見え、
「あ、ベルさん! 阿久津くんが——」
「え? レント? いつの間に——」
ベルと柚月の視線が同時に蓮斗の姿を捕捉する。
「テメェ、コラ、何ガンくれてやがんだ? ぁあ? やんのかゴルァ」
「「自ら絡みに行ってらっしゃる……」」
スーっと二人の表情が途端に冷めていく。
絡まれるかもしれないとは考えていた柚月だったが、蓮斗自らモブチンピラ的な絡みをしに行く可能性は失念していた。