「ぁあ? なんだガキっ! オメェ、暴風姫の取り巻きだからって勘違いしてんじゃねぇぞ? おぉん?」
蓮斗に絡まれていたのは、わかりやすく強面でガラの悪そうな、柚月に言わせるところの〝異世界モノでギルド行ったら真っ先に絡んでくる奴〟というわかりやすい出立の男。
「ぁんだとコラ? 上等だ、オモテ出ろやゴルァ」
「ハッ! ひょれぇくせにイキがってんじゃねぇぞガキ! お姫様に助けてもらうんなら今のうちだゼェ?」
蓮斗も負けず劣らずのチンピラぶりであるからして、柚月としては何にも言えない。
「ベルさま? まさかとは思いますが……あの品性下劣な殿方と、そちらの地味な冴えない子と、三人でパーティーを組む……なんて仰いませんよね?」
ビリっと肌に感じる殺気に柚月は背筋にヒュンっと薄寒い感覚を覚え、だが、ベルにはリナリアのバイオレンスチックな愛は一切届いていない様子だ。
「はいっ! 流石リナリア、話が早くて助かりますっ! パーティー名も決めてあるんですよ!」
向日葵のような満開の笑顔を向けられ、一瞬リナアナの瞳にダークなハートが浮かびかけたが、段々と俯き気味に沈んでいく表情に。
バンッ! と強く叩かれた机の音によってベルの言葉は遮られた。
「リナリア? あ、クロちゃんもわたくし達の立派なパーティーなので、三人と——」
「更に追加? 私のベルさまに煩わしい羽虫が三匹も……ですか、はい、わかりました。
ベルさまの清らかな笑顔は私が守ります。ええ、誰にも汚させはしませんとも」
リナリアの豹変に気がつくこともなく、むしろ無邪気な様子でクロマルを抱き上げようとしゃがみ込んだベルの横を、スゥーっと幽鬼のように通り過ぎたリナリア。
気がつけば額がぶつかりそうな距離で睨み合う蓮斗とチンピラ冒険者の間に立っていた。
「あ? 受付嬢がしゃしゃり出てくる場面じゃねぇぞおいっ! それとも可愛がってほしぃのか? ァア!?」
先にリナリアの存在に気がついたチンピラ冒険者が、普通の少女であれば身を硬らせて竦みあがりそうな怒鳴り声をリナリアへと浴びせ、しかし、彼女は普通の少女ではなかったらしい。
「ゴミは黙って下さい。今から一言でも喋ればあなたの冒険者登録を即座に剥奪します」
理不尽な職権濫用である。そもそも一受付嬢にそこまでの権利があるのかも疑わしい。
「はぁ!? てめぇいい加減なことぬかしてんじゃ、ね——」
「黙れ、と言ったはずです、ゴミ。〝キュアキュア♪アッシュグレイッ〟をその薄汚い顔面にねじ込まれたいのですか?」
離れていても皮膚が粟立つ程の殺気に柚月は顔を硬らせ、チンピラ冒険者は額をぐっしょりと汗で濡らしながらその場にへたり込む。
「私の用事はこっちの下品な羽虫——ぇ」
だが、柚月はそんな状況よりも、明らかに聞き逃せない〝ワード〟がリナリアの口から溢れた事に驚愕を隠せないでいると。
「——っなんで、テメェがその〝技〟を知ってる……おまえは、誰だ」
なぜか同じ反応を示した蓮斗がリナリアの肩に掴みかかり、しかし、先ほどまでとはうって変わった様子のリナリアは茫然と、蓮斗の顔を見つめていた。
「……なんで——」
リナリアが蓮斗を見つめ、何かを言いかけた瞬間。
「まっふ」
「リナリア、この子がわたくしたちのメンバーのもう一匹目! クロちゃんです!」
空気を読む、という考え自体存在しないのか、それもお城に置いて来てしまったのか、楽しげに二人の間へと割り込んだベルが手に抱いたクロマルをリナリアの顔面に押し付けていた。
————Side阿久津蓮斗
「なるほど、状況は大体理解しました……そう言う事情であるならベルさまのパーティー申請を認めざるを得ないでしょう」
場所は変わってギルド内部にある応接様の個室。
落ち着いた様子で冷静に蓮斗と柚月を見据えながらリナリアはギルドの重役かと思い違える程の空気を纏って告げた。そもそも申請を断る権限すら無いのでは? と言う疑問は、最早〝受付嬢〟と呼ぶべきか憚られるリナリアのマウンティングにより二人とも口に出来なかった。
それ以前に蓮斗の頭の中は今混乱の真っ只中であり、先ほどリナリアが発した〝台詞〟だけでなく、蓮斗を目にした時の反応が明らかに普通ではなかった……が、現在、当の本人は蓮斗達と向き合う形で席に座り、隣にベルを当然のように配置し、さながら役員面接のような様相で何事もなかったように振る舞っている。ちなみにベルは隣で呑気にクロマルと戯れあっていたが朗らかな様子でリナリアの言葉に続いた。
「リナリアはギルド内で兄を除いて唯一わたくしが〝本当の姫〟である事を知っています。ただ、誰か知りませんけど、わたくしに〝暴風姫〟なんて二つ名をつけたせいでギルドでも〝姫〟なんて呼ばれて困っているんです! せっかく職業を白魔導士で登録したのにですよ⁉︎ 見つけたら絶っ対、文句を言ってあげます!」
ふんす、と鼻息を荒くするベルの横で、サーっと青い表情に変わり、手にした紅茶のカップをカチャカチャと震わせている人物がいた。犯人は確定したようだ。
「……こほんっ、ベルさまが危険な役目を自ら負われるというなら、私も陰ながらお手伝いさせて頂きます。ギルドの情報網があれば〝勇者〟の動向も探れるでしょう。あと、私もベルさまのピンチに駆けつけられるように、〝外勤〟へ移動申請をしておきます」
真剣な表情で取り繕い、強引に話を変えたリナリア。
「ふふっ、リナリアが協力してくれるのはとっても心強いです。二人には説明していませんでしたが、ギルド職員には〝外勤〟といって、新米冒険者のサポートや、行方不明になった冒険者を捜索したりなどの支援部隊があるんです。リナリアは元々そちらの所属で、実はとっても強いんですよ?」
「——っ、褒めすぎです、ベルさま。さ、ベッドはあちらですょ?」
「え? リナリア眠いのですか? あ、慣れない事務で疲れているのね……」
「っく、口惜しやベルさまの純真さ! ですが、だからこそ、イイ」
一方的に爛れている想いを見せつけられながら、蓮斗はジッとリナリアを見続けていた。
明らかにあの〝台詞〟は蓮斗の知るもので間違いない……だとしたらなぜ。
偶然の一致は、あり得ない——その時フッと蓮斗の脳内に〝ある可能性〟が頭を過ぎるが、それもまた荒唐無稽に過ぎる。事もないのだが、あまりにも、それはあまりにも蓮斗にとって。
「……私の顔に何かついていますか? レントさん」
蓮斗の視線に気が付きながらも敢えて逸らし続けていたのが丸わかりなリナリアの目線が真っ直ぐに蓮斗を受け止め問いかけて来た。
「——っ」突然の振りに思わず言葉を詰まらせる蓮斗。だが、グッと拳に力を込めて口を動かす。
「……さっき、オマエがあの男に吐いた〝技名〟は、オレのいた世界(、、、、、)でしか、知り得ない情報だ」
「————ッ⁉︎ あ、ご、ごめんなさい……」
突然、なぜかあり得ないものを見たような表情でガタッと立ち上がった柚月。だが、全員の視線を集めている事に気がついた瞬間、俯くように再び座り直した。
蓮斗は仕切り直すように間を置いて、力強くリナリアに問いかける。
「おまえは、もしかして————」
「偶然ですね」
蓮斗が言い終える前に、リナリアは感情を感じさせない表情で蓮斗の言葉をピシャリと遮った。そのまま二の句が継げないでいる蓮斗に言葉を被せる。
「この世界には〝勇者のお二人〟がいた異世界の知識が多く伝えられています。それが、いつどの時代モノなのか私にはわかりませんが、異世界の概念が溢れている以上、似たような思想(、、)が偶然(、、)生まれても不思議じゃない……あの技名は私が考えた完全にオリジナルの体技です。お二人が(、、、、)何を想像しているのか知りませんが、それはきっと、間違いです(、、、、、)」
これ以上の問答は不要、と断言するように言い切ったリナリアは視線を再びベルへと固定し別の話題を降る。
「ベルさま、ではお二人を加えたパーティーの申請手続きを行いましょう。ベルさまはゴールドランクですが、お二人がまだ〝ブロンズ〟ですので、パーティーは〝シルバーランク〟からのスタートになります——ッチ——次に、パーティー名ですが」
説明しながら、なぜか盛大に流し目で舌打ちをされた蓮斗と柚月はピクっと肩を跳ねさせるが、何事もなく会話を再開したリナリアにパーティー名を尋ねられたベルがキラッキラした瞳で、時が来た!と言わんばかりに宣言する。
「わたくし達のパーティー名は‼︎ 〝チームクロちゃんず〟で——」
「却下だ」
「却下ですね」
「あなた達、ベルさまに意見するなんて億年単位で早すぎですょ?」
結局この場でパーティー名が決まることは無かった。蓮斗は複雑な心境を孕んだまま、しかし、以降視線すら合うことなくリナリアとの会話は終わり、旅の道すがらこなせる依頼を数件見繕ってもらうのに一日待てと言われ、蓮斗たちは一先ずギルドを後にし、王都の宿で一晩を明かす事にした。