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第24話:蓮斗と柚月の過去

 夜の闇が視界に映る世界を満たし、騒がしかった街の喧騒も鳴りを潜める頃。


 蓮斗達は王都の中でも高級に類するであろう宿に泊まっていた。


 勿論、蓮斗と柚月は実質無一文である為払いは全てベル便りになる。


 だが、資金も無尽蔵と言う訳ではないし、何よりこのままベルに甘え続けるのは蓮斗としても不本意なので、冒険者として依頼を受けながら自分たちの食い扶持くらいは早く稼ぎたいと考えていた。


 蓮斗達は三人と一匹での夕食を終えたあと、それぞれに借りた部屋へと各自戻り自由な時間を過ごしていた。


 相変わらずクロマルはベルと同じ部屋に寝ているが、一応契約者は蓮斗。


 ただ、思い返せば気まぐれで世話をしていただけで、蓮斗の犬という訳でもない。

 訳でもないが、やはり釈然としない。


 だが今はそんな不満よりも蓮斗の頭の中はギルドでの出来事でいっぱいだった。


 恐らく——いや、確信に近い形で蓮斗はリナリアが蓮斗の知る人物と、同じ人物だと考えていた。容姿も名前もまるで違う、だが、確かに彼女は蓮斗の——。


 思考の先に、フッと過去の光景が脳裏に蘇ろうとしたその時、コンコン、と小さく扉をノックする音が響き、訝しみながらも扉の前に立つ人物の気配を察した蓮斗は確認することもなく扉を開ける。


「こ、こんばんは〜、なんちゃって」


「なんだそりゃ……取り敢えず入れよ」


「へ? は、はい。お邪魔します……」


 どこか照れたようにぎこちない笑顔を浮かべる柚月がそこには立っていた。


 すんなりと招き入れられた事が意外だったのか一瞬ポカンとした様子をみせたが、すぐに恐る恐る蓮斗の部屋に足を踏み入れる。


 部屋に入った柚月は促されるままソファーに腰掛け、向かい合うように蓮斗も腰を下ろした。


「……」

「……」


 柚月は何かを口にしたそうな、きっかけを探すような雰囲気でキョロキョロと部屋を落ち着きなく見回し、蓮斗も特に何も言わず柚月を見ていた。


「あっ、あの、あのさ!」

「あ? なんだよ」


「いや……その、ご飯! 美味しかったよね!! でも、そろそろイベント的にアレが欲しくなる頃じゃない? 異世界の定番的にさっ! 日本人としては絶対外せないお米の調達的な……」


「オレはパン食だ」


 必死に会話の糸口を見出そうとしている柚月の言葉に、しかし、蓮斗は馬鹿正直に身も蓋もない事を言ってしまい、微妙に気まずい空気が再び場を支配する。


「……おまえは米が食いてぇのか?」

「あ、いや、ボクもどちらかと言うと、パン派かな……」


「「……」」


 なんとかフォローで返そうと蓮斗も頑張っては見たが、結果的にやらかしてしまった雰囲気が両者の間に流れ、しばしの沈黙が訪れる。


 ここで意を決したように、グッと拳を握った柚月が伏目がちにポツリと呟きを溢した。


「もしかして、さ……阿久津くんは、ボクを人、だったりするのかな」


「……は? 意味わかんねぇだろ、今目の前にいる奴を知らねぇって——」

「そういう事じゃなくて! さ、昔の、ボクを、知っている……よね?」


「……」


 蓮斗は柚月と別の意味で内心驚き、逆に呆れていた。


 薄々は気がついていたが、まさか本当にとは思わなかったのだ。


「はぁ——やっぱおまえは昔からだな」

「——っ!?  本当に、本当に……、なの?」


「おせぇよ」


 深く俯いた柚月の肩が小刻みに震え、膝の上に握った手の甲にポツポツと水滴が落ちる。


「だって、わかんないよっ! レンくん、昔と変わりすぎだしっ! あんなに可愛い男の子が、こんなに凶暴な不良になるなんて、思わないじゃん——っ、え」


 昂る感情を抑えるように、震える声を漏らす柚月の顔を両手でガッと挟んだ蓮斗は強引に前を向かせた。


「だから言ってんだろぉが……似合わねぇ前髪で景色隠して、自分も隠れて。

 下ばっか向いて歩いてたら、見えるモノも見えてこねぇってな」


 出来るだけ柔らかく、野暮ったい前髪を描き分ければ、大きなブラウンの瞳が印象的な、の面影を残した懐かしさを感じさせる顔。


 子供の頃と変わらないくしゃくしゃの泣き顔が蓮斗をしっかりと見つめ返していた。


「——本当だ。レンくん……レンくんだっ!」


 感極まった様子のまま、勢いに任せて蓮斗へと飛び込むように抱きついて来た柚月。


「っと、やっと戻って来やがったかよ。バカゆずが」


 それを受け止めた蓮斗も、無邪気な子供をあやすようにその頭を軽く撫でる。


 実際、蓮斗は幼い頃から柚月には兄のように振る舞うことが常だった。

 高校で久々に再会した時も心境に変化はなかった。変化があったとすれば。


「変わったって意味じゃ、オマエにだけは言われたくねぇぞ」


「ん? ああ〜、ははは……そうだよね? 自分でもびっくり、なんちゃって……レンくんはいつから気がついていたの? てか、なんで同じ学年!?」


 すっかり気が緩んだ様子の柚月は、自然に蓮斗から離れると自嘲するような笑みで頬を掻き、興奮した様子で疑問を口にする。


「あ? 高校は……まぁ、ダブったからな。

 いつからって、おまえが入学した時からに決まってんだろうが。柚人ゆうとの野郎からも卒業前にオマエを頼むって、わざわざ連絡あったしな」


「——へ? お兄ちゃんが、ボクのことを……?」


 蓮斗の言葉が余程意外だったのか、呆然とする柚月の様子に蓮斗は改めて問いかける。


「……おまえ、何があった? なんで、してんだ」


「——っ! あはは〜、やっぱそうだよね、気になっちゃうよね? 昔のボクを知ってるんだもんね、レンくんは……あ、ってことはあの〝下着〟ってやっぱり」


 一瞬苦いものを噛み潰したような悲痛にも感じられる表情を覗かせた柚月は、直ぐに取り繕ったような笑みを浮かべ、誤魔化しながら話題を変える。


 蓮斗としても柚月の反応からあまり強引に踏み込むべきではないと判断し、それ以上の言及を辞め、逆にとても応えづらい話題が飛び出したために咳払いを一つ。


「ま、まぁそうだけどょ……それよりおまえ、今までオレの事に気がついてなかったってことは、やっぱりきっかけは〝リナリアの事〟か?」


 再度、話題を変える事にした。対して柚月もどこかホッとした様子で蓮斗に向き直る。


「レンくんのことに関しては、今思えば、ああっ! ってなる事はいっぱいあるけど、完全に確信したのはギルドで〝あのセリフ〟にレンくんが反応したから、勿論リナリアさんが、って事にも驚いたけど……アレはやっぱり」


「ああ、あのセリフはアイツがガキの頃に考えた〝プニキュアアッシュグレイ〟の必殺技。

 キャラのだ。偶然の一致じゃ説明できねぇ、なにより最初に顔合わせた時も明らかに動揺していた」


「ボクのことも、後から気付いていた気がするんだよね……でも、あまりにも性格とか反応が違いすぎていて」


 どう見ても別人、どころか別世界の住人。

 だが蓮斗と柚月がこの世界にいる事と以前、仮称女神から聞いた話を考えれば十分に有り得る可能性。


 蓮斗が喧嘩する事を覚えたきっかけ。

 柚月とその兄柚人、蓮斗と共に幼き日を過ごした一人の少女。

 蘇る記憶が、蓮斗の奥深くに眠らせていた感情を揺さぶり起こす。


「まぁな……けど、間違いねぇ。アイツは——リナリアは俺たちの知っている〝里亜奈りあな〟だ」


「……そうだったら、良いなって、ボクも思う。あの日、里亜奈お姉ちゃんが、この世界に転生して生きていてくれたんだって——でも、だったら。なんであんな」


 態度なのか。柚月の言いたい事を汲み取り、思案するがこの場で答えが出る事はない。


「さぁな。事情があるのか、あるいは記憶を断片的に失くしちまってる可能性も……」


 ふと蓮斗の脳裏に不愉快な笑い声をあげる神聖なビッチの顔が過ぎる、が、直ぐに脳内から叩き出した。


 転生と転移を司るというからには、聞けば確証を得られるかもしれないが、蓮斗の本能がそれを拒否している。出来れば二度と会いたくはない。


「一部だけ記憶がないのは、う〜ん……ボクの知ってる転生モノでも結構ある設定ではあるけど」


 特に求めていない情報源だった。


 リナリアをきっかけに過去の関係性を取り戻したにも関わらず一人称が〝〟の柚月に蓮斗は眉根を寄せるが、今そこを問い詰めても始まらない。


 同じようにリナリアの問題も本人の態度が変わらない以上問い詰めた所で得られるものは少ないだろう。


 と、もどかしい感情を抱えながらも、自分の考えが柚月と一致したことに一先ずの納得を覚えた蓮斗は、自分の思いを口にする。


「アイツがどういう想いでいるにせよ、ベルの話じゃこれからも接触はあるはずだ。当面オレらは本来の目的に専念する……向き合うべき時は、必ず来るだろ」


「……そう、だね」


 蓮斗と柚月は閉ざしていた〝過去〟との邂逅に、浮き足立つ思いを一旦納め、明日から始まる本当の旅立ちに向けて決意を固めるのだった。


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