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第九章 新たな脅威

 それから五年が過ぎた。寿王の村は平和な日々を送っていたが、ある日、東から不穏な噂が届いた。吐蕃(チベット)の軍が辺境を侵し、次々と村々を攻め落としているというのだ。


 村の会議で、寿王は対策を話し合った。


「このままでは、我が村も危険です。防衛の準備をするべきでしょう」


 村人たちは不安な表情を浮かべていたが、寿王の冷静な指示に従った。村の周囲に見張り台を作り、非常時の避難経路を確保した。若者たちには簡単な武術を教え、女性や子供たちには安全な場所への避難方法を伝えた。


 準備を進める中、寿王は息子の明に言った。


「万が一のときは、母さんと妹を連れて山の上の洞窟に逃げるんだ。そこなら安全だろう」


「でも父さんは?」


「私は村を守る。心配するな、必ず後から行く」


 明は父の決意を理解し、頷いた。


 噂は現実となった。ある朝、見張りの若者が息を切らせて村に駆け込んできた。


「吐蕃の軍が来ています! 大勢です!」


 寿王は直ちに非常の鐘を鳴らした。村人たちは準備していた通りに動き出した。女性や子供、老人たちは山へと避難を始め、戦える者たちは村の入り口に集まった。


 寿王は翠に言った。


「急いで子供たちを連れて山へ。私は必ず戻る」


 翠は夫の目を見つめ、短く頷いた。彼女は寿王の決意を理解していた。明と雲を連れ、他の村人たちと共に山へと向かった。


 村の入り口では、寿王を中心に三十名ほどの男たちが集まっていた。彼らの武器は農具を改造したものばかりだった。寿王は彼らに最後の指示を出した。


「我々の目的は敵を倒すことではない。村の女性や子供たちが安全に避難する時間を稼ぐことだ。無謀な戦いはするな。自分の命を大切にしろ」


 皆が頷く中、遠くから埃が上がるのが見えた。吐蕃の騎馬隊だ。数えきれないほどの兵が、村に向かって駆けてくる。


 寿王は深く息を吸い、かつて宮中で学んだ戦術を思い出した。これほどの兵力差では正面から戦うことはできない。


「皆、隠れろ! 彼らが村に入ってから、分散して攻撃する」


 村人たちは家々の陰に隠れた。やがて吐蕃の先遣隊が村に入ってきた。彼らは警戒しながらも、無人の村を見て油断し始めた。


 寿王の合図で、村人たちは一斉に攻撃を仕掛けた。不意を突かれた吐蕃兵は混乱し、数名が倒れた。しかし、すぐに後続の兵が大勢押し寄せてきた。


「撤退しろ! 山への道を塞げ!」


 寿王の指示で村人たちは山への道に向かって後退し始めた。寿王自身は最後尾で吐蕃兵の進撃を食い止めようとした。


 彼は若い頃に学んだ剣術を思い出し、次々と敵兵を倒していった。しかし、あまりに数が多く、やがて寿王も後退せざるを得なくなった。


 山への道を上りながら、村人たちは木を倒したり、石を転がしたりして追手を遅らせようとした。それでも吐蕃軍は迫ってくる。


 そのとき、山の中腹から矢が飛んできた。見れば、数十名の武装した集団が現れていた。その先頭には見覚えのある人物がいた。


「張隆!」


 そして張隆の横には、蒼天の姿があった。彼女は剣を手に、吐蕃兵に向かって飛び込んでいった。その動きは十五年前と変わらず鮮やかだった。


 張隆と蒼天が率いる一団は山の地形を利用して吐蕃軍を混乱させた。やがて日が暮れ始め、吐蕃軍は撤退していった。


 寿王が蒼天に近づくと、彼女は微笑んだ。


「困った顔を見に来たわ」


「なぜここに?」


「偶然ではないわ。吐蕃軍の動きを知って、すぐにあなたの村に向かったの」


 張隆も近づいてきた。


「我々は辺境を旅していたとき、吐蕃の侵攻を知った。すぐに援軍を集めて駆けつけたのだ」


 寿王は二人に深く頭を下げた。


「命の恩人だ。感謝する」


 山の洞窟では、避難した村人たちが無事を確認し合っていた。翠と子供たちも無事で、寿王と再会して涙を流した。


 その夜、寿王と蒼天、張隆は対策を話し合った。


「吐蕃軍は必ず戻ってくる。この村だけでは守りきれない」と寿王は言った。


「近隣の村々と連携して防衛線を築くべきだ」と張隆が提案した。


 蒼天は言った。「私たちの仲間も集められる。かつての無明も、今では南の村で武芸を教えている。彼を呼べば力になるだろう」


 三人は計画を立て、翌朝から行動に移した。寿王は近隣の村々に使者を送り、協力を求めた。張隆は自分の知名度を利用して、各地の豪族に援助を要請した。蒼天は昔の仲間たちを呼び集めた。


 二週間後、吐蕃軍が再び攻めてきたとき、彼らを待っていたのは準備の整った防衛軍だった。近隣五つの村が連携し、各地から集まった義勇兵も加わって、かなりの戦力になっていた。


 戦いは一日中続いたが、最終的に吐蕃軍は撤退していった。彼らの目的は征服ではなく略奪だったため、強い抵抗に遭うと別の標的を探すのだった。


 戦いの後、寿王の村は英雄として祝福された。寿王と蒼天、張隆の三人の活躍は各地に伝わり、その名声は高まった。


 張隆は詩を詠んで戦いを称え、蒼天はその詩に合わせて剣舞を舞った。村人たちは彼らの芸術に魅了された。


 戦いの緊張が解けた夜、寿王と蒼天は二人きりで話をする機会を得た。


「蒼天、もし私が皇子のままだったら、こんな平和は味わえなかっただろう」


「私も同じよ。宮中に残っていたら、あの乱で死んでいたかもしれない」


「あの時、別々の道を選んで良かった」


「でも、また出会えたわね」


「これも運命かもしれないな」


 二人は昔を懐かしみながらも、今の幸せをかみしめていた。

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