「今、良いところなので邪魔しないでくださいよ」
低く、冷たい声で言い放つのはカースさん。
なんか、友達と話すようなノリで言ってるけど、多分……いやきっと、敵キャラです。
今まさに魔法陣の中に入ってる私と子供たちの魔力を吸い取ろうとしてたよね!?
カースさんはかなり不機嫌だ。それもそうだろう、魔法は失敗したと思ったら代わりに貴族様やら騎士様が現れたのだから。
眉間に皺を寄せていると私の肩を抱いている殿下の手に力が入っている。
殿下の顔を見ると、目が合ってニコッと微笑まれた。
私はこんな状況で笑うことが出来なかったので、固まってしまった。
「大丈夫?」
そんな私を見て、殿下は心配そうに首を傾げる。
言葉が出なくてコクコクと勢いよく頷いた。
殿下は私をゆっくり立たせると、そのまま震えている子供たちの元に行ってしまった。
私は「ふぅ……」と、息を吐いたらイアン様と目が合った。
私の元に来たかと思ったら、軽く頭を撫でられた。
「やるじゃん」
ニッと笑うイアン様。
流石は攻略対象者の一人。整った顔立ちで優しく笑いかけられるとドキッとしてしまう。
もちろん、アレン殿下にもドキッとしちゃうんだけど。
いや、この世界の人たちは攻略対象者じゃなくても顔が整ってるんだけどね!?
この世界に転生してわかったこと。それは、私がものすごく面食いということだ。
だけど勘違いしてほしくない。私は面食いだけど、誰彼構わず恋をしたり、外見だけで判断して相手を落とそうとは思ってない。
こんなイケメンで綺麗な顔立ちをした人が目の前にいれば、誰だってトキメクじゃん。
憧れのアイドルが目の前にいるみたいなトキメキよ。
この微妙な感情を誰かわかる人いないかな。
『わかってほしい』じゃなくて『共感してほしい』、なんてそんなことを呑気に考えているが、今は戦闘になりそうな雰囲気。
「カース・コールド。この前の借りを今返すぜ」
オリヴァーさんは指をゴキボキとわざと鳴らしている。よく見ると擦り傷だらけだ。
そんなオリヴァーさんを見たカースさんは鼻で笑った。
「はっ。手も足も出なかったのに、負け惜しみかい? 憐れで泣けてくるな」
「何度でも言えよ。この前のは油断しただけだ」
「護衛騎士が油断しちゃダメですよぉ~?」
オリヴァーさんの言葉にすかさずキースさんが穏やかな声で注意する。
キースさんの言葉にオリヴァーさんは「お前にだけは言われたくない……」と、呆れていた。
この前……の借り?
「オリヴァーさん、もしかしてあの後」
「ソフィア様が気にすることありません。全ては自分の未熟さが招いた結果です。お守り出来ず、申し訳ありません」
この前というのは、私が攫われた日のことだろう。
それは私にも非はある。というよりも私が一番悪い。
イアン様に忠告されたのに会いに行って、大変なことになってるんだから。
信じられなかったんだもん。クラレンスさんは良くしてくれたのだから。そんな彼が危険を及ぼすなんて……そんなのあるはずがないと思ってた。
それは、クラレンスさん本人だったらの話。
彼が偽物だったら話が変わってくる。
イアン様はクラレンスさんを知らないけど、違和感があるから忠告した。
そのことに、なんの疑問も持たなかったのは私。
「謝らないでください。悪いのは私ですので」
みんなを巻き込んで、本当に私はダメだな。
かなりへこむ。
この世界で生きて、幸せな老後を迎えるのが目標だから下を向いてばかりではいられない。
「あの!」
「!? 来ます!」
口を開いたが、ノア先生の切羽詰まった声と重なり私の声は誰の耳にも届かなかった。
カースさんを見ると手を上にしたと思ったらピラミッド型のような黄緑色の魔法陣が現れる。
一番上が小さい。下になるにつれ、大きくなっていく三段式魔法陣。
これは、上級魔法!?
話には聞いたことあるけど、実際見ると迫力がある。
カースさんとはそこそこ距離があるのに空気が、床が……ヒンヤリとしてきた。
これ、大丈夫なの!?
やばくない!! ねぇ、なんでみんな冷静なのよ!!
はっ! そうだ。子供たちは……って、さっきまで震えていたのにアレン殿下と楽しそうに話してるんだけど、女子なんて頬を赤く染めてるし。
まぁ、無理もないか。王子様オーラ全開だしね。
彼は、オリヴァーさんとキースさんを見て、目をキラキラさせてる。
男子だなぁ。
ノア先生は攻撃に備えて防御魔法を発動した。透明なバリアのようなものがノア先生の手のひらに集中している。
それを盾のように前に出した。
それに続いてキースさんとオリヴァーさんも右腕に付けている魔導具を前に出して「ミラクルフィールド」と言う。
二人の魔導具が声に反応して水色の魔法陣がキースさんとオリヴァーさんの前に出てきた。
それと同時に私や殿下、イアン様とノア先生、それにマテオ様と魔術士の子供たちの身体がオレンジ色のベールに包まれる。
部屋は少しずつ温度が下がっているのに、ベールに包まれてからとても暖かい。
その魔法は一定時間、敵の魔法を弱め、味方全員の体力を回復はもちろんのこと、状態異常・状態変化を治す効果もある。
ーーそして、
「アブソリュート・ゼロ!!」
カースさんは魔法の名前を言うのと同時に床から尖った氷が私たち目掛けて迫ってきた。
それだけじゃなく、部屋全体が凍りだした。
息が白くなるし、魔力のベールに包まれているのにとても寒い。よっぽどこの魔法は強力ということなのだろう。
迫ってくる氷がノア先生の防御魔法にぶつかった。
ぶつかった衝撃で氷の粒があちこちに飛ぶ。
ピキッ、カッキーン!!!?
という効果音が部屋中に響き渡る。
ノア先生は手に力を込め、顔を曇らせる。
防御魔法は、味方全員を包んで守るのではなく、手のひらが向いている方角にしか防御出来ない。
円状になっていて、防御魔法を発動した本人の身長+五十センチ分しか守ることが出来ない。
キースさんとオリヴァーさんの魔法は防御魔法の一種だけど、敵から守る系では無い。味方を助ける魔法。
なので、ノア先生が上級魔法の『アブソリュート・ゼロ』を全身で受け止めているという形だ。
かなり勢いがある氷の魔法を完全に防ぐことは出来ず、氷の粒が容赦なく私たちを攻撃してくるが、ノア先生の防御魔法によりその威力はかなり弱まっていて、怪我をするほどではない。
ーー氷魔法が消える。
カースさんは顔色ひとつ変えずに興味深そうに頷いた。
「あれを止めるのか。さすがだな」
ノア先生は床に手をついて息を荒くしている。魔力が集中していた手は赤くただれているが、『ミラクルフィールド』のおかげか、すぐに回復していく。
一回目の魔法でここまで消耗するほどって……。
これって、やばいんじゃない。
それに守りながら戦うのはかなりリスクが高い。
どうしよう。どうすれば……。
ふと、私は以前にイアン様が言っていたことを思い出した。
『周りを見ろ』
周りを見る……。
見るって目で見ることを示す……ってことはなさそうね。
そういえば、外は真っ暗。
太陽の光は一切無い、闇の世界。
この屋敷には結界が張られている。
結界の種類にはそういうタイプもあるって聞いたことがあった。
だったらこの結界を破壊すれば、状況が変わるんじゃ!?
でも、どうすれば……。
「ソフィア嬢」
突然耳元で囁かれたので驚いた。
さっきまで震えている子供たちの傍にいた殿下が私に近付いて耳元で囁いたんだ。
驚きすぎて悲鳴を上げなくて良かった……。