目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

そんな、悲しいことってある?


 ……頭が痛い。


 私、どうしたんだっけ?


 ああ、そうか。

 私と同じ魔術士の子供が居て、それから……?


 ボーッとしながら考え事していたら騒がしい声が聞こえた。


 もう少し静かにしてほしい。そう思いながら上半身を起こす。


「あのーーっ!?」


『静かにして』と言おうとしたら誰かに抱き締められた。


 何!? え、どういう状況??


「ああ、良かった。目を覚まさないのかと心配していましたのよ。痛いところはありません?」

「え、はい。……えっと??」


 私を抱き締めた相手はお義母さま。

 普段は気持ちを全面に出すことはないというのに、お義母さまの目の下が赤く腫れていた。

 今にも泣き出しそうな目をしているし、私の顔をペタペタと触ってくる。


 それがちょっと、くすぐったくて笑ってしまった。


「お義母さま、くすぐったいです」

「……私ったら、はしたない」


 私の一言でお義母さまは恥ずかしそうに頬を染める。


 お義母さまは気品のある人だ。

 感情が乱れてるところは見たことがなかった。


「ソフィア様」

「……アイリス」


 私はアイリスの方を向いた。

 アイリスもお義母さまと同様に目の下が赤く腫れていた。


 私はどのぐらい寝ていたんだろう。

 みんなに心配かけちゃったな。


「し、心配させちゃって、ごめんなさい」

「ソフィア、それは違いますわよ」

「え、違う?」


 申し訳ないと謝ったら、お義母さまに違うと指摘されてしまった。


 何が違うのかわからず聞き返すと、お義母さまは優しい笑みをした。


「ただいま戻りました。と、言うのですよ」

「た、ただいま戻りました……?」


 お義母さまの瞳から一粒の雫が頬を伝い下に落ちる。


 『愛される』ってこんな気持ちなんだ。心配させて申し訳ない気持ちと優しい気持ちになる。

 その気持ちは前世で、親に求めていた。

 こんな形で実現するなんて思わなかった。


 転生して、後悔の連続だけど……。

 なんか、良いな。こういうの。


 私の肩にそっと誰かが手を置いたので、振り向くと手を置いたのはお義父さまだった。


 お義父さまは目の下は赤くなっていなかったけど、涙ぐんで鼻を啜っていた。


 慣れないせいか、照れくさくてくすぐったい。


 とても恥ずかしい。


「私はどのぐらい寝てたんですか?」

「一日ぐらいですよ」


 アイリスはクスッと笑って答えてくれた。


 ん? 一日??


「その、私が連れさられてからは?」

「はい、二日ぐらいですよ」


 二日……って。


 思ってたよりも短い。私は一週間とか、それぐらいだろうと思ってた。


 短い間だったのに、この騒ぎよう。

 さすがだわ。


 扉越しからノック音が聞こえ、私が返事をすると扉を開けて入って来たのはアレン王太子殿下だった。


「ソフィア嬢。良かった、目が覚めて」

「殿下」


 殿下が部屋に入るなり、お義父さまとお義母さま、それにアイリスは殿下に一礼して部屋を出ていく。


 入れ替わりにノア先生が部屋に入って来た。


「痛みはありますか?」

「いいえ、どこも痛くありません」


 ノア先生は心配そうに聞いてきたので首を横に振った。


「良かった。ソフィア様は、あの屋敷での記憶を忘れたいですか?」


 なんでそんなことを聞くのだろう。


 忘れたい?


 あの屋敷の出来事を思い出し、背筋が凍った。


「ソフィア様がお望みならば、記憶を消すことは出来ますが、あの屋敷でのこと以外でも何らかの記憶は忘れてしまうでしょう」


 それってつまり、前世の記憶も忘れるかも知れないし、今までの大切な思い出の一部を忘れてしまう。


 そういうことかな。


 私は下を向くと、手が傷だらけだった。


 ゲームでは、悪役令嬢ソフィアは誘拐された時の記憶が無くなっている。


 もしかしたら、ノア先生が記憶を消したのかも。


 正直、記憶を消したい。でもシナリオ通りになるなんて、そんなの嫌。


 あの出来事はトラウマになるかもしれない。というか、トラウマになってるだろう。


 逃げるのは簡単で、向き合うのは難しい。


 記憶を消せば、フラグから逃げたことになる。

 消すのを拒めば、トラウマと戦うことになる。


 逃げたい。ものすごく逃げたい。


 ーーだけど、


「け、消さないで。お願いします」


 もしも、前世の記憶が無くなり、傲慢な性格になって死亡フラグ真っ逆さまにでもなったら……。


 それこそ、私の中では大問題。

 シナリオ通りになんてさせたくない。


 トラウマと戦うのは怖い。けど、死亡フラグを回収する方がもっと怖い。


「……なるほど、殿下の言ったとおりですね」


 ノア先生は一人で納得して、カース・コールドという男について話しだした。


 その間、殿下は黙って聞いていた。



 今から二十年前。カース・コールドさんは、三代目皇帝専属の護衛騎士だった。


 当時、犯罪者が多発していて、それを少しでも減らすために見せしめとして民衆の前で罪人を公開処刑していたのが彼だったらしい。


 護衛騎士として働いていた彼だったが、皇帝が鬼畜な変人(パワハラ上司)だったのもあり、部下の中でも一番優男が処刑人にさせられた。その理由なんて、皇帝の暇つぶし。なんとなくで選んだそうだ。

 その時についたあだ名が罪人のクリミナル


 なんで矛なのかというと、彼は独断で処刑される人を調べ、本当に罪人なのかどうかを見極めていたからだそう。


 だけど、皇帝が罪人だと言えば罪人になる。皇帝の判断が全てだったのだから。


 そこで、カースさんは皇帝や配下にバレないように調べ、無罪だった人はこっそりと逃がしていた。

 処刑台に連れてこられるのはダミー人形だった。そのダミー人形に魔法をかけ、本人であるかのように見せかけていた。


 そんなある日、カースさんがしてきたことが皇帝に知られてしまったが、カースさんは処刑にはならなかった。


 その代わり、彼に待っていたのは生き地獄。


 とある田舎の片隅にある研究施設で実験材料となってしまったのだ。


 その五年後にその実験により命を失った


 カースさんは生きていたのだ。


 その理由までは分からなかったみたいだけど。


 カースさんは、帝国を恨んでいた。

 それはそうだろう。ちゃんと調べずに罪人だと決めつけた皇帝。

 そんなことを繰り返していたのなら民衆が怒り、クーデターを起こしかねないのだから。

 そう思ったカースさんはこっそりと罪人がどうかを調べてたんだろう。

 処刑人に選ばれてしまったのはたまたまだけど、それでも自分の仕事に誇りを持っていた人だった。


 誇りを持っているからこそ、ちゃんとしたかったのだと思う。


 帝国を思っての行動が、皇帝の怒りに触れてしまった。

 カースさん本人は納得出来なかっただろう。


 元々呪術士でもあるカースさんの心は一気に闇に染まり、帝国を滅ぼそうと考えた。


 それが深紅の魔術士を人工的に創り出そうとしていた理由。

 深紅の魔術士は治癒魔法が強力でもあり、攻撃魔法も強力だから、本気を出せば国一つ、いや世界を滅ぼしかねないほどの強大な魔力を持っている。


 今では、皇帝が変わったのもあり、その公開処刑は廃止になった。今では行われることは無い。


 現在は四代目皇帝。


 初代は、高潔で敬虔な人。

 二代目は人望が厚い人だったと聞いている。


 その流れでどうして三代目だけがあんな性格になったのだろう。


 四代目は、慈悲深い人。


 ノア先生は、四代目の命令で三代目皇帝が行ったことの尻拭いをさせられていたそうだ。

 だが、事態は思っていたよりも大きく、気付いた時には私が誘拐されてしまった後だった。


 ノア先生は頭を下げてくれたけど、ゲームで誘拐されることをわかってたのにそれを回避出来なかった私も悪い。


 だからなんとも言えない気持ちになってしまった。


 カースさんの屋敷に居た人達は、貴族の養子に出され、マテオさんは貴族から虐められていたのもあり、落ち着くまで私の屋敷に滞在するらしい。


 イアン様はクリスタ家に戻り、キースさんとオリヴァーさんは骨が何本か折れてたけど命に別状はないらしい。

 今は王宮の医務室で治療を受けているとのこと。


 私が一番気がかりだったクラレンスさんは、亡くなっていたらしい。


 カースさんには同情するけど……許せそうに無い。

 クラレンスさんのこと、大好きだったもの。

 それなのに、亡くなった?


 禁術で?


 そんな、悲しいことってある?


 なんだろう。黒い気持ちに、心を支配されそうな。


 ……私じゃない、別の何かが生まれそうな……。


「ソフィア嬢!?」

「……え」

「大丈夫?」


 殿下の声に私はハッと我に返ると、黒い気持ちが一気に鎮まった。


 なんだったんだろう。……今の気持ち。


 少し怖い。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?