そこは、言ってしまえば魔境。
血に飢えた魔物共が人間を食い、そして同じ魔物を食い。辺りには血の匂いが鼻について気分が悪い。頭が痛くなってくる。
「おらあッ!!」
目についたデカトカゲの首を両断。続いて死骸を漁っていた馬型の魔物を首を突いて殺す。
悲鳴、雄叫び、泣き声。色んな叫びが俺を出迎える。
「クソどもがっ!!」
血と臓物をまき散らして化け物共を殺す。目に付いたヤツは一匹も逃さねえように徹底的にだ。
死体で足元を埋め尽くす化け物共。
それでもなお一斉に俺へ襲い掛かって来た。それは大振りの一撃を避けると、凄まじい勢いで吹っ飛んで壁に激突する。
また血で染まった。
周りに生きてる人間の気配を感じない。あるのは肉の削ぎ取られた原型の分からないナニかだ。
それがかつて人間だったってのが分かるのは、高そうな布切れを纏っていたから。
もうほとんど殺されちまったか、運よく逃げ出せたか。
オークションに参加したヤツが一人でも生きてりゃ、多少は情報も聞き出せるだろう。
でも、正直そんな事はもうあまり考えられない。
視界の外から牙を立てて襲い掛かる化け物がいた。
短槍に切り替えて脳天に叩きつける。そして地面に転がったそいつを刺して殺す。
何でまだこんなに居るんだろうなァ?
檻の数と魔物の数が合わない。地下かどっかに閉じ込められたのでもいたんだろうか。
関係無ぇ、全部潰せばいい。
人間よりも二回りデカい一つ目の化け物が、耳障りな足音を立てながらそこら辺に転がってた檻を持って近づいてきた。
「グガァアアッ!!」
叩きつけて来る前に跳ぶ。
地面が凹み、けたたましい音を鳴らす檻の一撃を真下に聞きながら、短槍を斧に切り替えて魔物の頭蓋を叩っ切る。
「グオオ!? ……」
ドシンと倒れ込んで……それで終わらない。
デカブツの死体を巻き込むように火炎が放たれた。
斧にオーラを纏わせて、その火炎ごと横薙ぎに斬る。
飛んで行くオーラの一撃が、生意気にも火を放った鳥野郎の体を二つに分ける。
断末魔と血飛沫、それを見るのはもう慣れた。慣れても気分が悪くなるが。
もう何匹殺したか数えてない。でもまだまだ居る。
背後から飛び掛かって来た猫型の魔物。そいつの首を刎ねるが……その隙に別のヤツが俺の懐に入り込みやがった。
「ズワアアア!! ――ッガズ!?」
「それで俺のタマを獲れたつもりか?」
左手に短槍を出して、逆手持ちで突き下ろす。
ご自慢の爪が届く事も無く、脳天を串刺しにされたまま死んだ。
……ズゥン……ズゥン。
他の魔物よりも重い足音を鳴らしながら近づいてくる。
「そうか……。テメェの方も終わったか」
立ち込める砂埃の向こう、血の匂いを全身から濃ゆくまき散らしながら見えて来た影。
ここに来る途中で見た、一際デカい檻の主。
ヤギの頭と黒い体。背中に蝙蝠みたいな翼を生やした魔物。
名前は……俺が知る訳ねえか。
「……ブモォォォ」
「テメェで最後だ。お互いそうだろ? どっちか死んだらこの血祭りも終わりだぜ。――さあ来いッ!!」
「ブモオォオッ!!」
魔物の雄叫びが響く。その声だけで地面が揺れるようだ。
今更ビビリもしねぇが。
「っらあ!!」
「ブモオオオッ!」
ハルバードと爪が激しくぶつかる。衝撃で砂塵が舞う。
(見た目よりも重てェじゃねえか……!)
ある程度の覚悟はしてたが、全身の筋肉が気張って筋立てていくのを感じる。
オーラを体中に行き渡らせてなかったら……今ので引き裂かれてたな。
だが、それがどうした?
鍔迫り合いをしながらハルバードの石突を地面にしっかりと突き立て、そして両足を一瞬浮かせてヤギ野郎の腹に蹴りを放つ。一層のオーラを込めた蹴りだ。
さしもの怯んだソイツ。
蹴りの反動で後ろに飛びのける俺はすぐさまにハルバードを縦に構えて、飛び掛かる。
脳天に叩き込めば必殺。だが……。
(それで終わると思っちゃいねぇ……!)
予想通り、態勢を立て直したヤギ野郎は背中の翼を使って背後へ飛ぶ。
さっきまでヤツが立っていたはずの場所へと振り下ろされる斧。
それは隙になる。このままなら俺が死ぬだろう。
「っダラァ!!」
俺の見せた隙に向けて爪を振り下ろそうとする化け物へ、俺は斧を手放して短槍を取り出して懐へ飛び込む。
背中に風圧を浴びながらも間合いを掻い潜って、そいつのドテっ腹へと槍を突き立てる。
「!? ――ブモァアア!!」
意識してない一撃をモロに食らって、それでもすぐさまにもう片方の爪を俺に向けて放ってくる。
「チっ……」
別にこれで仕留めるなんてこっちも思ってない。
槍を勢いで抜いてそのまま地面を転がるようにして回避する。
起き上がるついでにハルバードも回収し、短槍を戻す。
(有利なのは俺か? その割には、怒らせただけに見える)
腹からどくどくと流れる血を物ともせず、ヤギ野郎は怒髪天を衝く勢いで向かって来る。
「キレてんのはテメェだけだってか? ――ああンッ!!」
迫ってくる奴の巨体を睨みながら、俺は吐き捨てるようにそう言った。
「ブモオオオオオオオオオ!!!!」
俺の言葉に反論するが如く、その目を赤く光らせたと思ったら口からマナの塊が飛び出す。
「クっ……!」
咄嗟に飛びのける事は出来たが、その衝撃までは殺せない。
体中に切り傷が入った上に、態勢を完全に崩してしまった。
野郎が吐き出したあと、メラメラと陽炎が立ち込めながら地面が抉れ、巻き込まれた人間やら魔物やらの死体が黒い炭と化した。
その上に射線上にあった塀も吹き飛んでるときた。
「アチィなァ、ええ? ……お陰様で――余計頭が沸騰したぜッ!!」
第二射を吐き出そうとする。その直前に体を起こした勢いで足にオーラを叩き込んで上空に跳び上がる。
俺の居た場所が吹き飛ぶ。それだけじゃ飽きたらず、野郎はジャンプして飛び掛かろうとしている俺に、ビームを吐きながら口を向けてきた。
「ナメんじゃねぇ!! テメェは下なんだよッ!!」
到達する汚ぇ吐しゃ物にハルバードを振るう。
斧の刃先から飛び出る斬撃がぶつかり、辺りを閃光が支配する。
衝撃だけは俺に届く。――それでも……。
地面に叩き落とされ、体中の骨が悲鳴を上げても。――それでも俺は口を開いて、歯を牙に見立て、ハルバードを振りかぶってヤギ野郎に斬りかかる。
光はまだ死んじゃいない。
視力の戻らないヤギ野郎の胴体へと到達する斧。
「!? ブ、モォ……」
振りぬいた背中に、舞い上がった上半身がボトっと落ちる。
俺の目にやっと光が戻ったようだ。
辺りはもう、反吐を催す生物の成れの果ての悪臭と血と……そして優しい月明りだけだった。
「終わったのか……」
達成感は無い。目的はほぼ失敗、言ってしまえばその尻拭いを済ませただけだ。
コセルアは……、――ッ!?
途端、今までにない強烈な痛みが頭の中をかき回しながら支配していく。
(がァッ! な、なんだ!? 急に――何!?)
いつぶっ倒れても可笑しくないような痛みの中、視界がチラつき始めても、それでも誰かが目の前に立つのを分かる。
黒いローブ姿、顔まで覆ったダレか。見た事は無くても心当たりがある。
「て、テメェが……くっ!」
足が解れそうになるのを必死に抑え、そいつに手を伸ばそうとするも、急に風が吹いて思わず目を閉じる。
次に目を開いた時、そこにはもう誰も居なかった。
奴は消えた。何故か今は感じなくなった頭痛と一緒にスゥと。
足から力が抜ける。しばらく立てそうに無いな。
「何だったんだ本当に……、ん?」
小さい何かがトコトコと近づいて来た。
それは黒くて丸っこい……。
「……犬?」
その犬は、だらりと下がった俺の手の指をペロペロと舐め始める。
「こいつもオークションの商品、なのか?」
まだ生まれて数ヶ月くらいだろうか? 持ち上げたそいつは軽く小さく、顔の近くまで持ってくるとキャンと鳴いた。
「あら? 家を抜けだしてまでやる事が子犬と遊ぶ事なんて……随分と可愛いところがあるのね」
「……ぁあ?」
目の前に急に影が差し込んだかと思えば、いつの間にか目の前にはお袋が立っていた。