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第65話 止まらぬ呪い

「……ミーティア、あんたタマゴとか産む予定ない?」

「ブッ!」

キューーーーー!!!! 


 公園の水道で顔を洗ったわたしは、念のためと思い、濡れた顔をタオルで拭きながら愛鳥の巨大ヒヨコ――ミーティアに聞いてみた。

 アルが吹きだし、ミーティアが慌てる。


「エリン! こいつオスだぞ? 大丈夫か!?」

「……分かってるわよ。あー、お腹すいた。ひんすればどんすとはよく言ったものだわね」


 さて。

 いくら気候が温暖な土地柄とはいえ夜ともなるとそれなりに冷える。

 結果、この超高級リゾート地の公園で新聞にくるまって野宿をするという屈辱体験をしたわたしは、朝早く共同馬繋場きょうどうばけいじょうからミーティアを引き取るとすぐ、また公園に戻ってきた。


 財布を落として一文無しになったわたしには、ミーティアに乗せておいた携帯食料だけが栄養補給の手段だからだ。

 乾燥して硬くなったパンとチーズしか残っていないが、ないよりはマシだ。


 すっかりり固まってしまった身体をほぐしつつ火を起こしたわたしの視線が、ふと公園の注意看板を捉えた。火気厳禁と書いてある。

 ガン無視して火を起こす。


 若干荒じゃっかんすさんだ目をしたわたしを、早朝散歩の人たちが横目で見つつ通り過ぎる。

 やめろ! わたしに憐れみの目を向けるな! わたしは可哀想な子なんかじゃない!


「それで? アイツの居場所は分かったの? アル」


 火で温めて少しだけ柔らかくなったパンを食いちぎりながらジト目で睨みつけたわたしに、アルが申し訳なさそうに答えた。


「いや、やってはいるんだが全くヒットしない。クィンは能動的な特殊能力をいっさい持たない代わりに、呪いの自動発動とか気配を感じさせないとか、妙な生態をしているんだ。よほど近くまで寄らないと、ボクでも判別できない」

「あんなでっかい図体ずうたいしてるのに。……まぁいいわ、地道に探すから」

「どこに行く?」

「決まっているわ。まずは昨夜の飛び降りの人のとこよ。場所、サーチできるわよね。案内してくれる? アル」


 わたしは立ちあがって、服にこぼれたパンくずを払い落とすと、アルに向かってニヤっと笑った。


 ◇◆◇◆◇ 


 アルに案内されて着いたのは、マリーナの端にある大型船舶用の船着き場の辺りだった。

 海岸沿いの木製遊歩道ボードウォークに沿って、船員たち用の専用宿舎アパートがズラっと並んでいる。


 小さいながらも部屋ごとに庭も完備されている上に、子連れ用なのか共同のこぎれいな公園も設置されていて、結構豪奢な作りをしている。

 さすが超高級リゾート地所属の船員だけあって、お給金もかなり高いのだろう。

 その内の一戸にノックする。

 ……返事がない。だが気配は感じる。居留守を使っているのだ。 


 わたしはアルと目を合わせると、スっと右足を上げた。


「うぉりゃぁああ!」

 ドカァァァァァァァァアアン!!


 木製のドアの真ん中あたりを蹴ると、ドアは木っ端みじんに吹っ飛んだ。

 そのままズカズカと土足のまま上がりこむ。

 中にいたのは、栗色の髪で、顎にチョビヒゲを生やした三十代くらいの男だった。

 焦燥しきった顔で、ソファの後ろに隠れている。


「ひぃぃぃぃ! 金なら本当にないんだ! 自殺して保険金でなんとかしようとしたんだが、なぜだか失敗しちまった! もう手段がない! 何とか次の給料日まで待ってくれっぇぇぇぇ!」

「そんな理由で自殺なんてすんじゃないわよ! ってアル? コイツで合ってる?」

「合っているよ。停泊中の豪華客船の船員だね」

「そ。あんた、名前は?」

「な、なんだなんだ? お嬢ちゃん、誰と話してるんだ? っていうか、あんた借金取りじゃないのか?」

「い! い! か! ら! 名前を言え!」


 船員の襟を引っつかんだわたしは、その首をがっくんがっくん揺すぶった。

 完全に怯えた様子で船員が叫ぶ。


「お、俺はジャン=ペロー! 停泊中のウェールデン号の二等航海士だ! 金なら本当にないんだ! これ以上はもうどうにもならないんだ!」

「二等航海士……ってどのくらい偉いの? アル」

「けっこう偉いよ。お給料だって高額もらっているはずだけど」


 目を白黒させるジャンを前に、アルと会話をする。

 白猫アルは魔法生物だからジャンには全く見えていない。わたしが一人芝居でもしているかのように見えているはずだ。

 つかんだ襟首を離すと、ジャンがその場に力なく崩れ落ちる。


「ちょっとあんた、ジャンさんって言ったっけ? お金ないって借金? けっこう高額なお給金もらってるんじゃないの?」

「賭場で負けまくったんだ。負けを取り戻そうとしてどんどん借金がふくらんでにっちもさっちもいかなくなって……」

「それで自殺を? 馬鹿ねぇ。あー、わたしはあんたの自殺を止めた張本人よ。生きてりゃどうにでもなるわ。借金は死ぬ気で返すのね」


 わたしはしゃがみ込んで顔の高さを合わせると、とびっきりの笑顔をジャンに向けた。

 部屋の様子から見て独身だとふんだのだが、当たっていたようだ。

 ジャンのヒゲづらが、みるみる赤く染まる。

 はい、惚れたー。


「ね、教えて。あなたの運気が下がったのはいつ頃かしら。きっかけか何かあった?」


 ジャンはわたしの唐突な質問に目をぱちくりしたが、やがて記憶を探るかのように天井を見上げた。


「一週間前、テトラの港で賭けをしたときは普通だったんだよ。そこを出航すると同時に運気が下がり始めて……。三日後このルワントに着いたときにはなにもかにもが裏目裏目に出るようになってた。景気づけにカジノに行ったんだが、案の定すっからかんになっちまった」

「そう……。テトラの港で何か妙な荷物を積んだり、不審な人物を乗せたりとかした? 覚えている範囲で教えてくれる?」

「はて……。あぁ、古美術商が乗っていたよ。ちょっと人が足りなくて俺みずから荷物の運搬を手伝ったんだけど、よく分からない骨とう品やら書物やら実に気持ち悪い感じがしたんだよな」

「書物? 書物があったのね?」

「あったよ? それがどうかしたか?」


 普通なら守秘義務があるのだろうが、心が弱っている……というより本気でわたしに惚れてしまったからか、ジャンは驚くほど素直に答えてくれた。

 目にあからさまにハートが浮かんでるし。

 わたしはそれに気づかないふりをして更に尋ねた。


「その美術商の名前とか、どこに行ったかとか分かる?」 

「名前は確か……ロジエ……とか言ったかな。ここで降りたってこと以外は何も。ほら、俺も自分の仕事があるし、いちいち客の行き先とかまではチェックしていないから」

「そりゃそうね。でも、それだけ分かれば上出来だわ。ありがと、ジャンさん」

「お、おぅ!」


 ジャンを見ると、まるでご主人さまを前にした犬のような表情をしている。

 尻尾があれば絶対ぶんぶん振っているはずだ。


 ふむ。この件を解決するまでにまた自殺でも計られちゃたまらないから、少しはサービスしてやるとしましょうか。 

 わたしはしゃがんだままのジャンの耳に口を寄せ、ささやいた。


「あなたならいくらだってやり直せるわ。頑張ってね」

「お、俺、頑張る!!」


 大興奮で叫ぶジャンを置いて、わたしは宿舎を出た。

 ま、何にせよこれで元気になるでしょ。


「次はどこへ?」

「昨夜行ったホテルよ。さ、行きましょう」


 アルに次の行き先を告げ、颯爽さっそうと木製遊歩道を歩き出したわたしの右足が、不意に感覚を失った。


 ドカバキャっ!

 ズボっ!!


 いたんだ木の板を偶然踏んだわたしは、割れた底板ごと遊歩道から落ちてしまったのだ。

 が、なぜか途中で落下が止まる。

 かろうじて胸で引っかかったらしい。

 だが、おかげで身体は完全に穴にハマり、足は宙に浮いてぷらんぷらんしている。


「くっ! うっ! くぉぉぉぉおおお!」

「……エリン、大丈夫か?」


 必死に穴から抜けようともがくわたしを見る白猫アルの口の端がピクピクと震えている。

 その表情は笑いか? 憐れみか? 答えによったら許さないかんね!!

 一分ほど頑張ってみたが、まったく変化なし。

 これ以上動けば服が破れそうだし、それを避けるなら遊歩道を物理的に破壊せざるを得ない。


「おのれ、クィンめぇ!! 覚えてらっしゃぁぁぁい!!」


 わたしは見事に穴にハマったまま、青空に向かって呪詛じゅその叫びをあげたのであった。

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